これが恋じゃないのなら
本日は、2話更新しております。
ご注意ください。
――そして、翌日は穏やかに時間が過ぎ、ついにダンスパーティー当日になった。
鏡を見る。白を基調とした、ドレスも、靴もアクセサリーもそれなりに、似合っている……と思う。
控室を出てルドフィルと合流する。
「ブレンダ、そのドレス似合ってるよ」
ルドフィルに微笑まれ、私も微笑み返す。
「ありがとう。ルドフィルもかっこいいよ」
私の言葉に、ルドフィルは嬉しそうな顔をして、手を差し出した。
「ブレンダ、踊ろう」
「もちろん」
ルドフィルとのダンスは、リードに慣れているのでとても踊りやすかった。
でも、一曲踊ったところで、私たちは女子生徒に囲まれた。
「マ―カス様、私とも踊ってくださいませんか?」
そう言ったのは、確か、二年生の令嬢だ。
「申し訳ないけれど、僕にはパートナーが……」
「マーカス様は、なかなかダンスパーティーに参加されないから……。ほんとうは、ずっとあなたに憧れていたんです! ですから、踊っていただけませんか?」
その令嬢の瞳を見る。
その瞳は、私と同じ、恋をしている瞳だった。
「私は大丈夫ですから、せっかくのダンスパーティーですし踊られては?」
私の言葉に、ルドフィルは困ったように眉をさげると、わかったよ、と頷いた。
「お手をどうぞ」
そして、二年生の令嬢に手を差し出す。令嬢は、頬を染めてその手に自分の手を重ねた。
私は、飲み物でもとってこようかな。
そう思い、移動しようとしたところで、声をかけられた。
「……ブレンダ」
「アレクシス殿下?」
アレクシス殿下の瞳は、強い意志がきらめいていた。テスト直前に見た、ぼんやりとした瞳との差に驚きつつ、向き直る。
「どうされましたか?」
「ブレンダ、よければ私と踊ってくれないか?」
そういって、手を差し出される。
ど、どうしようー! アレクシス殿下からの誘いはすごく嬉しい。
でも、アレクシス殿下と踊って、以前のアリーシャのように、逆恨みされたらと思うと、怖い気持ちもある。
理性と恋心の殴り合いが、心の中で数秒続いた。
「はい、喜んで」
結局、勝った恋心により、アレクシス殿下の手を取る。
「そのドレスは、新しいものだな」
曲にのせて、ステップを踏みながらアレクシス殿下が囁いた。
「え――あ、ああ。兄から貰ったんです」
アレクシス殿下に贈ってもらったドレスもあるのに、少し気まずい。でも、アレクシス殿下の瞳には、失望は映っていなかった。
「そうか。似合ってる」
そう言って、細められた瞳には、どこまでも強い意志が宿っていて。私は、その輝く瞳に魅入られた。
「……ブレンダ?」
「いえ……少し、見惚れてしまいました」
何に、とは恥ずかしすぎて、言えなかった。そんな私を優しく見つめると、アレクシス殿下は囁いた。
「ブレンダ、君に頼みがある」
「!?」
甘いかすれ声に、一気に体温があがった。
「ダンスパーティーの終盤、花火があがる。そのときに、この会場を抜け出して、生徒会室まで来てくれないか?」
「!」
ダンスパーティーを抜け出して、生徒会に……。
どうしよう。ルドフィルの顔が頭によぎる。でも、好きな人の頼み事だ。
私が返事に迷っているうちに、その曲が終わり、握っていた手が離される。
「……待ってる」
アレクシス殿下は返事が出来ないままの私にそう言い残して、去っていった。
邪魔にならないように、ホールの端によって、飲み物を飲む。
「ブレンダ、お待たせ。……ブレンダ?」
その後も一人と踊ったことによって、他の令嬢から誘われ、断りきれずに踊っていたルドフィルがやって来た。
「ごめん、怒っているよね」
アレクシス殿下のことを考えていて無言だった私を、心配そうにルドフィルが見つめる。
「ううん」
謝罪の言葉に首をふり、ルドフィルに尋ねる。
「ねぇ、ルドフィル。何時から花火が上がるか知ってる?」
「え? みんなテラスに集まりだしているからもうすぐだとおもうけど――」
確かに、テラスを見ると、たくさんの人でぎゅうぎゅうだった。
「ルドフィル、私、私ね」
なんて話を切り出そうか、と俯く。
――ヒュー。
大きな音で、俯いていた顔を上げる。
――パァン。
歓声と共に、花火が上がった。赤色に輝いて、消えていたそれを横目に、私は早口でルドフィルに言った。
「ごめんなさい。ルドフィル、私、行かなくちゃいけないところがあるの」
「え? でも――」
そうしている間にも、二発目の花火が上がった。
「ほんとうにごめんなさい! 私、行かなくちゃ!」
「待って、ブレンダ!」
ルドフィルの制止を振り切って、ドレスの裾を持ち上げ走りだす。
次々に上がる花火の音を聞きながら、様々なアレクシス殿下の表情を思い浮かべた。
笑った顔、怒った顔、嬉しい顔、嫉妬した顔、そして――さっきみた強い意志を宿した顔。
そのどれもが、愛おしいと感じる。
――これが恋じゃないなら、きっと、私は一生恋なんて、できない。
そう思うほどに、ただアレクシス殿下に会いたかった。あって、理由を聞きたかった。
あの強い瞳の理由を。
靴を脱いで、階段を上り切り、生徒会室についた。
勢いよく、扉を開ける。
「!」
窓側に立っているアレクシス殿下が振り返った。
深呼吸をして息を整えながら、花火で照らされ、様々な色が反射している緑の瞳を見つめる。
「ブレンダ……」
アレクシス殿下は、先ほどとは打って変わり、泣きそうな、顔をしていた。
思わず近寄ろうとして、手で制される。
「アレクシス殿下?」
その様子を不審に思いながら、首をかしげる。
アレクシス殿下は、ふぅ、と息を吐きだすと、私を見つめった。
その瞳は、涙の膜で覆われている。ゆらゆらと揺れながら、様々な色に照らされるその瞳は、息を呑むほど美しかった。
「ブレンダ、私、私は――」
しぼりだすように、出された声に、耳をかたむける。でも、いつまでたってもその続きは紡がれない。
無言に耐えかねた私が声をかけようとしたとき、アレクシス殿下は続きを言った。
「私は、君が好きだ。君に、恋をしている」
「え……」
私の頭の中で、一昨日話した話が蘇る。
――そうそう! なんでも、花火を一緒にみたカップルは、恋が叶う……かもしれないっていう噂があるんですって。
もしかして、アレクシス殿下は、私に想いをつたえるために、私を呼びだしてくれたの?
期待と緊張がまじった複雑な気持ちで、アレクシス殿下を見つめる。
「……ブレンダ」
アレクシス殿下は、胸元をぎゅっと握りしめると、泣き笑いを浮かべた。
「私は、君に、恋を、している。だから……」
だから、とゆっくりと繰り返し、アレクシス殿下は、息を吐いた。
「君にかけた呪いを、解かなければいけない」
「のろい……」
呪いなんてかけられた覚えはちっともない。しいて言うなら、うるさいくらいになる心臓がやっかいなくらいで――。
――ヒュー。
一際大きな、音が聞こえた、おそらく、これが最後の花火だろう。
「君が、今、私に感じている、恋心。それはすべて――私が植え付けたニセモノなんだ」
――パァン。
「……え?」
大きな音をたてて弾けた光は、緑だった。
アレクシス殿下と同じ、その色が窓の外から消えていくのを、眺めながら、私は呆然と立ち尽くしていた。
これにて、3章は完結です!
ここまでお付き合いくださり、ありがとうございます!!
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また本作の書籍が、2月10日に発売予定です。
あのときの登場人物たちは何を考えていたのか、それぞれの恋に対する番外編を5本書き下ろしたので、WEB版を既読の方にも楽しんでいただける内容になっていると思います!
何卒宜しくお願い申し上げます。




