濃い一日
「愚かさ……ですか」
なんだろう。今のエピソードに愚かな部分があっただろうか。
アレクシス殿下は紅茶に砂糖を入れて、くるくるとかきまぜた。
「……ああ」
頷きながらしばらくかきまぜた後、紅茶を飲み干す。
「……甘いな」
小さく呟いて、アレクシス殿下は私を見つめた。
「あの日――確かに、私は君の優しさに触れたんだ。……だが」
――その優しさを、見ないふりをした。ただの偶然、ということにして。
顔を顰めてそう続けたアレクシス殿下を見つめる。
「当時から、ブレンダは私にとって、特別な存在だった」
「!」
……そうなのかな。アレクシス殿下は、私を嫌っていたように思っていたし、実際に以前嫌っていたと言われた。
でも、嫌い、というのもある意味では特別なのかもしれない。
「以前話した……水色をきっかけに、好き、という感情を認識した私は、ようやく意志が芽生えた。ブレンダは、私に彩りをくれたんだ」
だが……、とそこで言葉を止め、アレクシス殿下は目を伏せた。
「私は、君を嫌いの箱に閉じ込めた。本当の君を――感情豊かな君を見せてくれないなら、一緒にいる意味がないと思った。理由を、ただ聞けばよかったのに」
「いえ、でもそれは――」
私にも責任があった。理由を伝えられていたら、私たちはもっと理解しあえていたのかもしれない。
いや、とアレクシス殿下は首を振って、私の言葉を遮った。
「ブレンダ、ダンスパーティーで君とダンスを踊ったときも思った。かつての私はあんなに何度もダンスを踊る機会があったのに……」
――ダンス中、一度も君と目をあわせなかった。
まるで、懺悔するかのような言葉に、私は言葉を失った。
その後も、アレクシス殿下の静かな言葉は続いた。
「ほかにも……君に贈るものさえ、いつもロイに任せて、一度も選んだことがなかった。初めて私がした贈り物は、ダンスパーティーのドレスだった」
確かに。いつも、手紙の文字や贈り物のセンスがアレクシス殿下とは違っていた。まさか、ロイが選んだものとは思わなかったけれど。
「私は……最近、よく考えるんだ。あのとき、ああしていたら、こうしていたらって」
「……アレクシス殿下」
でも、過去は変えられない。だから――。
「では、今を変えませんか?」
私の言葉に、アレクシス殿下はぱちぱちと瞬きをした。
「今、を?」
「はい。過去を変えるのは、魔法を使いでもしないかぎり、無理ですが。今なら、まだ、変えられます」
「!」
アレクシス殿下は、目を見開いた。私、変なこと言ったかな?
「……そうだな。私は……」
アレクシス殿下は、そこで、言葉を止めた。
「アレクシス殿下?」
「いや、なんでもない」
何でもないわけないと気づいたけど、それを指摘できずに、話を続ける。
「アレクシス殿下、さきほど、今を変えようと言いましたが……」
私も過去を思い返す。
「私も、過去――特にアレクシス殿下との過去に反省すべき点がたくさんあります。ですので、一緒に、今を改善していけたら、と思っています」
そう言って微笑むと、アレクシス殿下はなぜか、瞳を揺らして、頷いた。
「……ああ」
「アレクシス殿下?」
「そう、できたらいいな……」
何とも含みのある言葉に、首をかしげる。
「すまない、私の問題だ」
そう言われたら、納得するしかない。
「……ところでそういえば」
気を取り直して、アレクシス殿下に尋ねる。
「?」
「アレクシス殿下はこの後、用事があるんですよね」
長い時間を貰ってしまって申し訳ないな。
そう思っていると、アレクシス殿下は微笑んだ。
「そのことなんだが……、ブレンダさえよければ一緒に出掛けないか?」
「え?」
「私の用事は、探し物なんだが、君と一緒ならすぐにみつかりそうだ」
「……お役にたてるなら、それはもちろんですが――」
探し物? 私と一緒なら、すぐに見つかる?
謎の言葉に、首をかしつつ頷くと、アレクシス殿下は嬉しそうに笑った。
「決まりだな。早速でかけよう」
アレクシス殿下と、馬車に乗り込む。一応足元を確認したけれど、虫はいなかった。
ほっと胸を撫でおろしつつ、馬車内に入ると、アレクシス殿下が苦笑していた。
「確認してくれて、ありがとう」
「……いえ!」
バレてた!
思わず羞恥で頬に血が上るのを感じながら、首を振った。
向かい合って馬車に揺られながら、ふと、アレクシス殿下を見る。
アレクシス殿下は、何か考え事をしているのか。ぼんやりとした瞳で、窓の外を眺めていた。
邪魔をしないように視線を外し、心地よい振動に身を委ねる。
私は、今日はとても濃い一日だなぁ。
さきほどアレクシス殿下と話したことを思い出しながら、そっと目を閉じた。
◇◇◇
「ブレンダ」
「ん……」
控えめに体をゆすられ、目を覚ます。
「!」
現状を確認して、頬が熱くなる。目を閉じただけで、寝るつもりはなかったのに。
「申し訳ありません……」
アレクシス殿下とのせっかくのおでかけを寝て過ごしてしまった……!
落ち込みながら謝ると、アレクシス殿下は微笑んだ。
「大丈夫だ。疲労がたまっていたんだろう」
そう言って馬車からおりて、アレクシス殿下は手を差し出した。
「ありがとうございます」
お礼をいって、その手を掴んで馬車から降りる。
目の前に広がっていたのは……高級なお店が立ち並ぶ、有名な通りだった。
「お買い物ですか?」
首をかしげた私に、アレクシス殿下は笑った。
「……そんなところだ。さぁ、ブレンダ、行こう」
アレクシス殿下にエスコートされながら、様々なお店を回った。けれど、宝石店、衣料品店、雑貨店……などのどのお店にもアレクシス殿下の探し物は見つからないようだった。
「……あ」
ふと、ある店を眺めて、私の足が止まる。
「なにか気になる店でも……楽器店か」
「はい。懐かしいな、と思いまして」
私は、バイオリンを貴族時代に習っていたのだけれど、初めての分数バイオリンは、その店で買ったのだ。
そのことを、アレクシス殿下に伝えると、アレクシス殿下は、微笑んだ。
「行ってみよう」
「でも……」
アレクシス殿下の探し物は、楽器店にあるとは思えないわ。
そう思って、首を振ろうとしたら、意外なことを言われた。
「探し物が見つかるかもしれない。だから、行こう」
「そうなんですか?」
「ああ」
それなら私に断る理由はない。頷いて、楽器店の中に入る。
楽器店は様々な楽器が飾ってあったけれど、私の目を引くのはやっぱりバイオリンだ。
「わぁ……‥」
その中でも特に気になったのは、落ち着いた色合いのものだった。
「試奏もできますよ」
お店の人に声をかけられ、首を振る。バイオリンを買えるほどのお金はもってきていないし、また、そんな余裕もなかった。
「せっかくだから、弾いてみたらどうだ?」
弾いてしまったら、欲しくなってしまうかもしれない。
そう思って渋る私に、アレクシス殿下は続けた。
「ブレンダの音色を聞きたいんだ」
「! わかりました」
好きな人に真剣な瞳でそう言われて、断れるはずがなかった。
私は心が弾むのを感じながら、試奏の為に設けられた一角で、弾いた。
「!」
……わ、すごい。
弾きやすく、それでいて上品な音に感動する。たまたま貸してもらった弓との相性もよさそうだ。
一曲弾き終えると、アレクシス殿下が拍手をしてくれた。
「……ありがとうございます」
少し恥ずかしく思いながら、お礼を言う。
「気に入ったか?」
「はい」
頷く。気に入って、欲しい、と思ってしまった。
でも、そんなお金はないし。
気持ちを切り替えて、アレクシス殿下の探し物がないか、一緒に見て回っていると、アレクシス殿下は、言った。
「……ブレンダ」
「? はい」
「ちょうど、探し物がみつかったんだ」
えっ。今見ていたのは、楽譜のコーナーだ。アレクシス殿下は、楽譜が欲しかったのかな。
「会計をしてくるから、少し外で待っていてくれ」
「わかりました」
外でそわそわしながら、待っているとほどなくして、アレクシス殿下はやってきた。
けれど、その手には何もない。
「あれ……」
私がそのことを指摘しようとすると、アレクシス殿下は微笑んだ。
「……ああ、送ってもらうことにしたんだ」
「そうなんですね!」
なるほど。それなら、今は手元にないのも納得だ。
二人で馬車に乗り込み、今日のお買い物で見た物の話をしているうちに、馬車の時間はあっという間に過ぎた。
「ブレンダ、今日は付き合ってくれてありがとう」
「いえ、こちらこそとても楽しかったです。ありがとうございました」
別荘につくと、他のみんなはもう別荘についていた。
「おかえり! もう、ほんとにこわかったよ!」
出迎えてくれたみんなのホラーハウスの感想に耳をかたむける。
「ブレンダさん、今夜は一緒に眠って下さらない?」
「ボクはぜんぜんこわく……」
「嘘だな。ジルの悲鳴が一番大きかっでかかったぞ」
「ちょっと、クライヴ!」
ホラーハウスでの出来事や、私たちのお買い物の話をしているうちに、夜は更けていった。
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