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【書籍2巻2/10】感情を殺すのをやめた元公爵令嬢は、みんなに溺愛されています!【コミカライズ】  作者: 夕立悠理
三章

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あの日のこと

昨日一話更新しています

 数日、体が重くて動きたくない、動けないという男子たちの要望により、大人しく別荘の中で過ごす日が続いた。……といっても、ジルバルトはなぜかたまにいない日もあったけど。

 私はあの日から、アレクシス殿下と二人で話をする機会を窺っていたのだけれど。


 大人数で過ごす中で、そんなに都合よく、二人きりでゆっくり話せる場所も時間もなかった。

 いつもように朝食をとりながら、今日の予定を決める。

「さっき、新聞で見たんだけど。ホラーハウスが近くにできたらしいよ」

 そう言ったのは、ジルバルトだった。

 アレクシス殿下を除いて、みんなその話に食いついた。

 今日の予定は、ホラーハウスになるに違いない。

「今回はご遠慮させてください」

 私がそういうと、一斉に、みんなが振り向いた。


「幽霊が苦手なので……」

 苦笑いを浮かべて付け加えると、納得した顔をしたみんなは、今度は誰が残るか、という話になった。どうやら、私ひとりだと退屈だろうと、気を遣ってくれたみたいだ。

 それなら……、と私はひそかに、心の中で願った。


「私が残ろう」

 まっさきに、手を挙げてくれたのは、願い通りの人だった。

「ブレンダさんが残るなら、私も……」

「いや、ミラン嬢。私だけで十分だろう。丁度、しなければならなかったこともあったし、君は楽しんでくるといい」

 アレクシス殿下の言葉に、ミランはそれなら、と手を引っ込めた。

 それで、話し合いはまとまり、朝食会は終わった。


「いってらっしゃいませ」

「気を付けて」

 私とアレクシス殿下の言葉に、笑顔で手を振ったミランたちは、馬車に乗り込んだ。

 馬車を見届けてから、二人で別荘の中に入る。


「……アレクシス殿下」

「どうした?」

 私は、微笑んだ。

「ありがとうございます。残ってくださって」

「いや、私もすべきことがあったから」

 すべきことって、何だろう?

 不思議に思いつつ、アレクシス殿下に尋ねる。


「アレクシス殿下、もしよろしければ、一緒にお茶を飲みませんか?」

「もちろんだ」

 その笑みに、胸が熱くなるのを感じながら、応接室に行った。

 使用人に紅茶を入れてもらい、カップに口をつける。

 温かい紅茶は、体にじんわりと染み込んだ。


「ところで、アレクシス殿下は……」

「?」

 瞬きをしたアレクシス殿下を見つめる。

 新緑の瞳、意志を宿したその瞳を眺めながら、私は続けた。

「まだ、幽霊が苦手ですか?」

「!? ごほっ」

盛大に咳き込みだしたアレクシス殿下に慌てて駆け寄り、その背中を摩る。

「……ありがとう。もう、大丈夫だ」

 涙目になっているその表情はとても貴重で、心のなかにしっかりと刻み込んだ。


「どうして、そのことを――……」

 思い出してくれたかな。そうだといいな。でも、昔のことだし、忘れられてるかも。

 期待と不安がごちゃまぜになった気持ちで、言葉をとめたアレクシス殿下を、見つめる。

目を見開いて、そのあとぱちぱちと瞬きをしたアレクシス殿下は、息を吐き出した。


「そう、だったな……」

 アレクシス殿下の唇が懐かしむように小さく弧を描く。

「だが、ブレンダに言ったのは一回だけだったはずだ」

 そんなの。元婚約者で、現好きな人の言葉を聞き漏らすはずがないわ。

 でも、そんなことは言えないので、代わりに、記憶力はいいんです、と微笑んだ。


「記憶力……たしかにブレンダは、暗記がある必要な語学が得意だったな」

「! そうですね」

 私の得意科目憶えてくれていたんだ!

 嬉しくて、口角が緩む。

「……ブレンダ」

「? はい」

 名前を呼ばれ、首をかしげる。


「だが、あのとき、君は――」

 アレクシス殿下は新緑の瞳で私を見つめていた。

「幽霊なんていないといっていた」

「……そう、でしたか?」

 とぼけてみる。

 けれど、アレクシス殿下の穏やかな瞳に見つめ続けられ、とぼけ続けても意味はないな、と悟った。

「……はい。私は、幽霊を信じていません」

 だって、本当に幽霊がいるのなら、私の母は――必ず現れるはずだ。


 愛情深い人だった。兄や私のことも心配だろうし、狂った父を放っておくはずがないわ。

 そう思いながら、アレクシス殿下の瞳を見つめ返す。


「もしかして、私が不参加を選びやすいようにしてくれたのか?」

 一人欠席すれば、欠席しやすくなるから。そう付け足して、アレクシス殿下は、首を振った。

「いや――そうだ。君は昔から、そういう人だった。だって……」

 アレクシス殿下は語りだした。――私たちの過去のことを。


◇◇◇


 私たちが、一緒にでかけた日のことを憶えているだろうか。丁度、婚約して一年が経った頃のことだ。

 王城で会話をしながら、紅茶を飲んだ。いつもならそれだけで解散なのに、その日は気まぐれを起こした。

 私から君に一緒に出掛けよう、と誘ったんだ。君はいつものように微笑をはりつけ、頷いた。


 そこで外に出て馬車に乗り込もうとしたとき、私は、あるものに気づいた。『それ』から目が離せなくなり、足が止まった。『それ』はどうしようもなく、私が苦手なものだった。

 首をかしげた君に理由を説明することも出来ずに、無言で城の中に入った。


 どうしよう。馬車の位置をずらしてもらうか? いや、そんなことをすればなぜ――と理由を説明しなければいけなくなる。


 しかしそれは、私にとってこの上ない苦痛だ。

 ぐるぐると悩んだ。だが、しばらくして理由も言わずに、君を置いてけぼりにして、城の中に戻って来たことを思い出した。


 慌てて、また外に出て君の姿を見たんだ。

 君は、それを――虫の死骸をハンカチで包むと、近くの花壇の中に埋めた。

「……ブレンダ?」

 私が呆然と君の名前を呼ぶと、君は相変わらずはりつけた微笑でいった。

「花を眺めておりました。アレクシス殿下、もうご用はすまれましたか?」

 虫を片付けたことなんて、口に出さずに、君は首をかしげた。


「……ああ。忘れ物をしてな」

「そうなんですね」

 特に何も持っていない私の白々しい私の嘘を、君は追求することなく頷いた。

「では、いきましょうか」

 そういった、君に手を差し出した。

「……ああ。ありがとう」


◇◇◇


 ――アレクシス殿下の語った過去は、私も憶えている。

 でも、虫を除いたことを知られているのは、知らなかった。てっきり、気づかれていないと思ていたのに。

 アレクシス殿下は話し終わると、ため息をついた。


「アレクシス殿下?」

 私に虫が嫌いだと気づかれていたことが、嫌だったのかな。

 そう思い、首をかしげると、アレクシス殿下は首を振った。

「ああ、いや……。過去の私の愚かさについて考えていた」


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