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【書籍2巻2/10】感情を殺すのをやめた元公爵令嬢は、みんなに溺愛されています!【コミカライズ】  作者: 夕立悠理
三章

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きっかけ

 翌朝、昨日のように朝食をとりながら、何をして過ごすか話し合い、その結果、今日は別荘の近くにある湖に行くことになった。

「湖かぁ……」

 ボートもあるし、魚釣りもできるみたいだ。

 客室で準備を整えながら、今日はどんな髪型でいこうか考えていた。暑いだろうし、帽子はいるよね。


 悩んだ挙句、髪を切ることにした。

 私は、今のところ平民でい続けたい気持ちの方が強い。

 まだ、確実に平民だ、とは決められないけど。やっぱり今は自由を満喫したいから。


 だから、中途半端な長さまで伸びた髪をそのままにしておくのは、なんだか違う気がする。

それに、貴族に戻るならまたそのときに伸ばせばいいもの。

 ミランに以前切ってもらった時のことを思い出しながら、髪を切った。

「よし!」

 今日も夏を満喫するぞー!

 ワクワクしながら、客室から出た。


 今日は全員参加することになったので、みんなで話しながら、湖までを歩く。

「魚は、どんなものが釣れるんですか?」

 隣にいた釣り道具を運んでくれているルドフィルに話しかけると、ルドフィルは笑顔で教えてくれた。

「パイクなどの淡水魚がとれるみたいだよ」

「そうなんですね!」

 私も釣りに挑戦してみようかな……。

 ちなみに、ボートは基本二人乗りか一人乗りらしい。

 ミランとクライヴはおそらく一緒にのるだろうけれど……。一人で漕ぐのも楽しそうだ!

 みんなでわいわい話しながら、歩くとあっという間に、湖についた。

「綺麗だわ!」

「綺麗ですね!」

 日の光できらきらと輝く水面は、とても美しかった。

「マーカスくん、ボクも釣りしてみたい」

「もちろんですよ、ローリエ殿」


 ルドフィルとジルバルトは釣りをするらしい。

「ミラン嬢、一緒にボートに乗らないか?」

「はい、もちろんです」

 やっぱり、ミランとクライヴは一緒にのるみたいだ。私も邪魔しないように、少し離れて一人乗りボートに乗ってみようかな。


 そう決めてボートの方へ向かっていると、声をかけられた。

「ブレンダ」

「はい。なんでしょう?」

 胸を高鳴らせながら、振り返る。思った通り、その声の主はアレクシス殿下だった。


「よければ、一緒にのらないか」

「私で良ければ、よろこんで!」

 満面の笑みを浮かべる。好きな人と一緒にボートに乗れるなんて、夢みたいだ。

 アレクシス殿下が先にボートに乗り込み、私に手を差し出してくれた。


「わっ!」

「大丈夫か?」

 意外と揺れたので、体重移動に気をつけながら、そーっとボートに乗り込む。

「はい。ありがとうございます」

 二人乗りといっても、オールはアレクシス殿下側にしかついてないので、私は漕げそうもない。

 ……少し残念だ。

 ゆっくりとオールを漕いでいる、アレクシス殿下を見つめる。

 

「……アレクシス殿下」

「どうした?」

 新緑の瞳は、穏やかな色を湛えている。その瞳を見つめ、どきどきしながら尋ねた。

「アレクシス殿下は憶えていらっしゃいますか?」

 ……憶えてるかな。憶えているといいな。

「もしかして、昔、ロイと君と私の三人でボートに乗った日のことか?」

 良かった。憶えていてくれた!


「はい!」

 嬉しくて、声が弾んでいるのが自分でもわかる。

 そう、昔――私とアレクシス殿下がまだ婚約者になりたての頃。一度だけ、アレクシス殿下とその侍従のロイとボートに乗ったことがあるのだ。

「懐かしいですね」

「そうだな」

「……ふふ」

 あの頃の様子を思い出して、笑う。

 アレクシス殿下は、目を伏せた。

「どうしましたか?」

アレクシス殿下を見つめる。


「あの頃の私は、君にどう接すればいいかわからなかった。私たちの間に挟まれたロイが伝書鳩のような役割をしていたな……」

「そうでしたね」

アレクシス殿下がロイに話しかけて、その内容をロイが私に話しかけて。

婚約者時代はそもそもいつだって仲が良いとは言えなかったけど、それでも婚約したばかりというのもあって、一番ぎこちなかった。


 ロイが必死で、私は(表現しなかったけれど)緊張していて、アレクシス殿下は――ぼんやりとした瞳だった。


「……ブレンダ」

「はい」

 アレクシス殿下は、湖の真ん中の辺りで、オールを止めた。

「あの頃の私は意志というものがまるで、なかった」

「……そうですね」

 あの頃のアレクシス殿下は、無感動な表情が印象的だった。それこそ、感情を殺していた私よりも、無表情だったかもしれない。私は、一応微笑をはりつけていたし。


「私は、当時、個というものがなかった。きっかけは――海だった」

 それは、初めて聞く話だった。

 周囲の音が聞こえなくなるのを感じながら、アレクシス殿下の話に耳を傾ける。


「君も知っての通り、私はあまり期待されずに育った。兄という、輝かしいばかりの存在がいたから、私はスペアとしてさえも、興味を持ってもらえなかった」

 確かに昔からアレクシス殿下の兄である、王太子殿下は多芸多才な人で有名だった。

「そんな父がある日、公務以外で、初めて私を連れて二人で外出するといった」


 アレクシス殿下は、そこで、細く長い息を吐きだした。

「行き先は海だ。私は初めて期待、というものを覚えた」

 微笑を浮かべ、アレクシス殿下は続ける。

「まぁ、その期待も意味はなかった。結論から言うと――海には行かなかったんだ」

「!」


 ひゅっと、喉が変な音をたてた。

 期待をしたアレクシス殿下の落胆を想い、胸が痛くなる。

「兄が……熱を出したんだ。ご想像の通り、兄を優先した父によって、海への外出は無くなった」


「……」

「それ以来、私の中で人なりに存在していた、感情も希薄になった」

 当時のぼんやりとした、アレクシス殿下の瞳を思い出す。あれは、全てを諦めた瞳だったんだ。

「その後も兄には、溢れんばかりの愛も贈り物も側近も、全てが与えられた」

 アレクシス殿下は続ける。


「対して、期待を全くといいほどされていない私に与えられたのは、兄がいらないと切り捨てたお下がりだった」

「……そんな」

 アレクシス殿下は微笑を消し、目を伏せた。

「だが、もうそれでよかった。悔しいだとか、悲しいだとかそんな感情も浮かんでこなかった」

 悲しい。……過去はどうにもできないとわかっているのに。

どうしようもなく、悲しくて、悔しい気持ちが、私の中に広がる。 


「……自分は何が好きで、何が嫌いかさえわからなかった。だが――」

 アレクシス殿下は、目を開けて、ふわりと微笑んだ。

「そんな私に、初めて好きなものができた」

 アレクシス殿下の好きなもの。ピアノ、ポワレ、それから春など様々なことを思い浮かべる。


「私が初めて好きになったもの。それは、水色だ」

 確かに、アレクシス殿下は昔から水色が好きだった。いつから、好きだったのかわからないけれど。


「水色が好きになったのは」

 ――アレクシス殿下の瞳にはしっかりと意志が宿っていた。


「君の色だからだ」

「!」

 激しいほどの熱を帯びた視線に見つめられ、胸が高鳴る。

 私は思わず、アレクシス殿下に手を伸ば――。

「ブレンダさん、アレクシス殿下!」

 急に、世界に音が戻って来た。


「……ミラン様、クライヴ様」

 こちらに振られた手を振り返す。

 ミランとクライヴがのったボートが徐々にこちらに近づいてきた。

「そろそろお昼休憩にしないか?」

 クライヴの言葉にアレクシス殿下が頷いた。

「たしかに、もういい時間だな」

「……え?」

 空を見上げると、太陽が高い位置にあった。

「では、戻ろうか、ブレンダ」

 アレクシス殿下は微笑んで、私を見る。


 本当は、あの話の続きを聞きたい。でも、もう聞けるような雰囲気ではなくなってしまった。

「はい」

 なので頷くしかなかった。

 ボートを漕ぐ、アレクシス殿下を見つめる。

「? ブレンダ?」

 みつめすぎてしまったようで、アレクシス殿下は首をかしげた。

「どうした?」

「いえ……」

 そうか、と微笑むアレクシス殿下からは、先ほどの熱は感じられない。穏やかな光があるのみだった。

 あの熱を帯びた瞳を胸に中に刻み込むように。私は、そっと目を伏せた。


お読みくださり、ありがとうございます!

本作の2巻が予約受付中です!

たくさん書き下ろしの番外編をかいたので、何卒宜しくお願い申し上げます!!!!!!

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