静電気?
夕食後、お風呂に入り髪を乾かしてベッドにもぐりこむ。しばらくごろごろとベッドを転がったものの、眠気は全くやってこない。
「う―ん」
その理由は明白で、アレクシス殿下の言葉が気になっていたからだった。
でも、その答えを知っているのはアレクシス殿下だけだし、私がどれだけ意味を考えても仕方がないのだけれど。
そう自分を納得させても、眠気はやってこない。そこで、カーテンを開け、窓から見える月を眺めることにした。
今日は満月らしく、とても明るい。
しばらく明るい月の綺麗さに感動していると、外に人影が見えた。
背格好と服からして、ジルバルトだろう。ジルバルトは今日は走っておらず、歩いていた。
――何をしてるのかな。
気になった私は、薄手のカーディガンを羽織り、外に出ることにした。
外は月のおかげで暗くなく、ある程度なら見える。
「ジルバルト様」
私が声をかけると、ジルバルトは振り返った。
「ブレンダ?」
そして、私に駆け寄る。
「どうしたの?」
「眠れなくて、カーテンを開けたらジルバルト様が見えたので」
ジルバルトは、それを聞くと腰に手をあてた。
「いい、ブレンダ」
……あ、この流れはもしかして。
「月が出ているとはいえ、夜遅くに外に出たら危ないでしょ」
「……ハイ」
予想どおり始められたお説教を真摯に受け止める。
「……それにボクだって男だから、ブレンダよりも力はある。もし、ボクが無理やり手を掴んだら、ブレンダは抵抗できないよ」
「……ハイ」
「もし、こういう夜歩きを繰り返して、ブレンダの身に何かあったらと思うと、ボクは心配」
「はい……ごめんなさい。軽率でした」
素直に謝ると、ジルバルトはようやく腰にあてた手を下ろした。
「わかったなら、いいけど」
そう言って、ジルバルトは片腕を差し出した。
「ありがとうございます」
「うん」
ジルバルトにエスコートされて向かったのは、別荘の玄関の方向じゃなかった。
「ジルバルト様……?」
「眠れないんでしょ」
そう言って、今日だけね、と微笑んだジルバルトは優しい瞳をしていた。
ジルバルトにエスコートされながらの散歩は、とても楽しかった。
ぐるりと別荘の近くを一周し、今度こそ別荘の中に入る。
……でも、まだ眠れそうにない。
さすがに、エスコートしてもらった後に、そんなことは言えなかったので大人しくおやすみの挨拶をして、自分の客室に戻ろうとすると声をかけられた。
「ブレンダ」
「……はい」
ジルバルトは微笑んでいる。
「まだ眠れそうにないんでしょ」
「!」
図星をつかれてぱとぱちと瞬きをする。
ジルバルトは苦笑して、おいで、と手招きした。
ジルバルトについていくと、厨房に着いた。
「料理でもするんですか?」
あれ、でも、ジルバルトは料理できる人じゃなかったような。そう思って、首をかしげる。
「料理じゃないよ」
ジルバルトはそう言うと、ココアを淹れてくれた。
「ありがとうございます」
「うん」
甘いココアは、ほっとする。体に染み渡る甘さを堪能しながら、話しかける。
「ジルバルト様は……」
夏季休暇の間、一度も実家に帰らなかったのかな。
そう聞こうとしたところで、思い出した。ジルバルトの家は、ジルバルトの弟が継ぐことが決まっている。それに、ジルバルトは貴族籍を抜けるとも言っていた。
「ん?」
ジルバルトは、呼びかけたまま、次の言葉がない私に首をかしげた。
「あ、いえ……」
「もしかして、ボクの家族のこととか考えてた?」
「!」
びっくりして、カップを落しかけ、慌ててぎゅっと握る。
なんでお見通しなんだろう。
「ブレンダって、本当わかりやすいよね」
小さく笑うと、ジルバルトは自分もココアに口をつけた。
「別に……まぁ、他の誰かに詮索されるなら嫌だけど。ブレンダなら嫌じゃない」
甘いね、と言ってカップを置き、ジルバルトは、続けた。
「三日だけ帰ったよ。一応、最後の夏季休暇だし」
「そうなんですね」
「弟は可愛かったけど、相変わらずあの家は――息が詰まる」
息が詰まる、といった時のジルバルトは、本当に苦しそうな表情をしていた。
何といったらいいのか分からずにいると、ジルバルトは表情を変えた。
「……ところで。ブレンダのお兄さんってどんなひと?」
「兄……ですか?」
「うん。前にブレンダの過去の話を聞いたときから気になっていたんだよね」
ジルバルトに私の過去――父が母が亡くなってから狂ったことなどを話したときに、そういえば兄が出てきてたな、と思い出す。
「私は、ずっと嫌われていると思っていたんですけど……実はそうではないみたいで」
「うん」
頷いたジルバルトは、優しい瞳をしていた。
「最近そのことを知ったので、嬉しい反面、戸惑っています」
「そっか」
良かったね、と微笑んだジルバルトは、私の空になったカップに気づいた。
「どう? そろそろ眠くなったんじゃない?」
そういえば、確かに、頭がぼんやりしてきた。
「はい。おやすみなさい。付き合ってくださり、ありがとうございました」
「うん、おやすみ、ブレンダ」
ジルバルトはそう言うと、私の頭に手をおき――。
――バチッ。
「!?」
お互い驚いて、体を離す。
「いた、静電気かな? ……まぁ、いいや。おやすみ、ブレンダ」
「はい。おやすみなさい」
その日の夜は夢も見ないほど、深く、眠った。
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