マーガレット
行き先は下町だった。
ルドフィルはずいぶん慣れた様子で、下町を歩いていく。
「ここだよ」
その歩みをとめたのは、店の前だった。店の前は多くの行列ができている。よほどの人気店らしい。
「菓子パンの店なんだ。ブレンダと一緒に食べたくてさ」
なるほど。でもこれが悪いこと、ということは、美味しいだけでなく、なにかあるにちがいない。
そんな期待を抱きつつ、行列に並び二人でおしゃべりする。
「授業はどう? ついていけてる? ……なんて、ブレンダにする心配じゃなかったね」
「いいえ、ありがとうございます。今のところは大丈夫です」
「……いい友人もできたみたいだね」
ルドフィルの言葉に笑顔で頷く。
「はい」
「彼女と仲良くなってから、ブレンダはとっても生き生きして見えるよ」
ミランはとっても大事な友人だ。もっと早く親しくなれば良かったと思うほど、ミランと過ごす時間はとても楽しい。
そういうとルドフィルは、笑みを深くした。
「そう思える人がいる。それは、とても得難いことだから、大事にしないとね」
「はい」
……と、丁度私たちの順番が来たようだった。
「……わぁ」
「ね、すごいでしょ?」
ルドフィルが得意気に微笑む。
そこで売られていた菓子パンは、つやだしで、光っていて美味しそうだった。行列ができるのも納得なほど、美しく、美味しそうな香りがする。
「でも、僕の一番のおすすめはこれなんだ」
ルドフィルが指差したのは、その中では比較的地味なパンだった。砂糖がまぶしてあるだけに見えるそれ。
でも、ルドフィルがそういうなら、美味しいにちがいない。
「じゃあ、私もそれにします」
お店の設けられたスペースで、パンを食べる。
一口かじると、じゅわっとした油と、砂糖のほどよい甘みが広がった。
「! ……!!!」
なにこれ。とても美味しい。
私が思わず夢中でぱくぱくと食べていると、ルドフィルがにやりと笑った。
「それ、油であげてあるから、あんまり食べすぎると肥満になっちゃうんだ」
一瞬、食べるのをやめようかと思う。でも、こんなに美味しいパンを前にして食べないなんて絶対無理だ!
「……ふふ。背徳感があるでしょ?」
「はい。とても」
そもそも菓子パンの時点で、ある程度の栄養過多は覚悟しなきゃいけないけれど。それでも確かにこれは、罪の味がする。
でも、それがさらにおいしく感じさせた。
◇ ◇ ◇
ルドフィルと一緒にパンを食べたあとは、いろいろな露店を見て回った。
「あ、あのお店、まだありますね」
「寄っていこうか」
私が身に付けているイヤリングを買ってくれた店もまだあった。
さまざまな花を模したイヤリングや、ネックレスなどを扱っている。
ちなみに私が今つけているのは、マーガレットを模したイヤリングだ。
「どれも素敵ですね」
でも、やっぱり一番素敵なのはルドフィルがくれたイヤリングだ。そういうと、ルドフィルは嬉しそうに笑った。
二人であれこれ見ていると、店員に話しかけられた。
「お兄さんついに渡せたんだね。いやぁ、良かった」
ついに、渡せた?
「……ええ、まぁ」
ルドフィルは嬉しそうな店員とは対照的に言葉を濁した。どうしたんだろう。
首をかしげた私に気づかないルドフィルではないのに、ルドフィルはその件について詳しく教えてくれないまま、店を後にした。
◇ ◇ ◇
「今日は、ありがとうございました」
「ううん、こちらこそ付き合ってくれてありがとう」
とっても楽しかった。
女子寮の前まで送ってくれたルドフィルにお礼を言うと、ルドフィルは思い出したように、ポケットからクッキーの包みを取り出した。
「……取引、してくれる?」
ルドフィルの言う取引とは、さっきのアクセサリー店のことだろう。
ルドフィルが、あのお店の常連客だったことは、追求してほしくないみたいだった。
ルドフィルには、あのお店のアクセサリーを贈りたい相手がいるのだろう。
好奇心。そして、私の従兄をとられた、だなんて勝手に傷つく子供っぽい独占欲もあるけれど。
「わかりました」
ルドフィルが苦しそうな顔をするのを、みるほうがずっと嫌だった。
私が頷くと、ルドフィルは安堵とそれだけじゃない何かがないまぜになったような複雑な顔をした。
けれど、その表情はすぐにいつもの笑みに覆い隠されてしまう。
「ありがとう」
クッキーを半分にわって食べる。今日のクッキーは紅茶味だった。
「取引完了。追求はなし」
二人揃ってそういって、今度こそ別れる。
紅茶味のクッキーは少し、ほろ苦い味がした。




