ひまわり畑
翌朝。小鳥の囀りで目を覚ます。あくびをしながら、ベッドから起き上がり、カーテンを開けた。
まだ、早朝のようだ。
ぼんやりと窓の外を眺めていると、ジルバルトが走っているのが見えた。
別荘なので人と出くわす可能性が低いから、早朝でも走っているのだろう。
「とりあえず、支度を整えよう」
顔を洗って、服を着替え、丁寧に櫛で梳いて寝癖を直す。
「……そういえば」
鏡を見る。
肩の高さよりも少し伸びた髪を、どうしようかと思っていた。
「きるか、伸ばすか……」
もし、兄の誘いに乗って貴族に戻るなら、伸ばす必要があるけれど。平民のままでい続けるなら、髪を伸ばす必要もない。
「う―ん」
将来自分がどうなりたいかわからないから、決めきれない。
ルドフィルは、いろいろと試してみればいいって、いってくれたけど……。
「とりあえず、リヒトお兄様にもう少し保留にしてほしいって、手紙をかいておこう」
せっかく早朝に起きたのだから、今は時間がある。
そう決めて、兄に近況報告もかねて手紙を書いた。
「……ふふ」
兄に、手紙をかく。以前は、どうせ返事はかえってこないだろうな、と思いながら書いていたけれど。兄は、三年越しでも返事をくれた。
だから、ちゃんとこの手紙の返事は返ってくるだろう。そう考えると、嬉しくて口元が緩む。
嬉しさのあまり、文字が飛び跳ねないよう注意して、丁寧に文字を綴った。
完成した手紙を使用人の一人に預けると、いい時間になった。
そろそろ、まだ眠っていた人たちも目を覚ましだす頃だろうと考えつつ、ダイニングに向かう。
ダイニングでは、すでにジルバルトとクライヴが席に座っていた。
「おはよ、ブレンダ」
「ブレンダ嬢、おはよう」
「おはようございます」
私も席に座ると、丁度ミランがダイニングに来た。その後は、ルドフィル、アレクシス殿下の順でダイニングに集合し、朝食会が始まった。
朝食会での話題は、今日は何をして過ごすかだ。
「昼間の予定は、不参加で。少し用事があるんだ」
そう言ったのは、ルドフィルだ。
でも、なぜかみんな残念がることなく、頷いた。用事の内容を知っているのかな。
少し気になりつつも、何をしたいか、を考えた。
「そういえば、別荘から少し離れた場所だがひまわり畑があるそうだ。ミラン嬢たちは興味があるだろうか?」
ひまわり畑! 私も幼い頃――まだ母が生きていた頃、一度だけ家族と行ったことがある。
黄金の海みたいで、とても綺麗だったのを覚えている。
「私は、とても行ってみたいわ。ブレンダさんはどう?」
「はい、私も気になります」
――そうして、今日のお昼はひまわり畑にいくことになった。
ひまわり畑、楽しみだなぁ。暑いだろうから、帽子を持って行った方がいいよね。
ジルバルトが暑そうだからボクは遠慮する、といったので、結局、ひまわり畑にいくのは四人――私とミランとクライヴとアレクシス殿下になったのよね。
先ほどの話し合いを思い出しつつ、ひまわり畑にいく用意をする。
……あ、髪型はどうしようかな。
帽子を被るんだったら、馬のしっぽのような髪型はできないよね。
悩んだ挙句、髪の毛を下の方でふたつに結び、帽子を被った。少し、幼く見える気がするけど、涼しいから、今日はこの髪型にしよう。
準備ができたので、客室を出て、一階に降りるとみんなすでに集まっていた。
「お待たせいたしました!」
「それほど待っていないから、そんなに急がなくて大丈夫だ」
……良かった。クライヴの言葉にほっとしつつ、みんなの下に行く。
「では、全員そろったから出発しよう」
馬車では、私とミラン、クライヴとアレクシス殿下が隣に座った。
「あら、ブレンダさん。その髪型、初めてみたけれど、とても素敵ね」
馬車の中で帽子を取ると、ミランが褒めてくれた。
「ありがとうございます」
他の二人も口々に褒めてくれて、なんだか気恥ずかしい。
幼い、とは言われなかったので、良かった。
ほっと胸を撫でおろしつつ、話題になるのはこれから行くひまわり畑についてだ。
「これから行くひまわり畑では、迷路もあるようだ」
クライヴの言葉に、みんなが興味を示した。迷路かぁ。とても楽しそうだ。
その後も、百万本以上もひまわりが植えられているらしいことなど、様々な情報を聞いて、盛り上がっているうちに、馬車が止まった。
どうやら、着いたようだ。
ミランはクライヴに。私は、アレクシス殿下に。それぞれエスコートされて、馬車を降りる。
「……わぁ!」
目の前を広がるのは、一面のひまわりだ。とても綺麗な光景に思わず歓声を上げる。
私たち以外の観光客も多いみたいだからはぐれないように、気をつけよう。
そう思いつつ、みんなでひまわりを見て回る。ひまわり、といっても様々な種類があるようで、大きいものも、小さいものもあった。
しばらくみんなで見てまわったあと、ミランが看板を指さした。
「迷路はあちらからスタートみたい」
「よし、行ってみよう」
迷路を無事ゴールすると、ひまわりの栞がもらえるらしい。そう聞いて、がぜんやる気になった私とミラン、アレクシス殿下とクライヴがペアを組んで、ゴールを目指すことになった。
「ブレンダさん、ちゃんと仲直りできたのね」
「はい。ありがとうございます、ミラン様」
あの後、ミランと二人きりになる時間が取れず、お礼が言うのが遅くなってしまった。
そのことを謝ると、ミランはいいのよ、と微笑んでくれた。
「一緒に頑張りましょうね」
「はい!」
ミランと一緒に迷路を進んでいると、なんだか、星集め祭のことを思い出した。
あのときは、アリーシャ・ライモンド伯爵令嬢に突き飛ばされたりして、大変だったなぁ。
まだ、ひと月ほどしか経っていないことなのに、もう懐かしく思っていると、ミランが微笑んだ。
「こうしていると、星集め祭のことを思い出すわ」
「! 私もちょうど、そのことを考えて居ました」
「あら、奇遇ね。さすがは大親友だわ」
「……ふふ、そうですね」
ミランの口からでる、大親友という言葉をくすぐったく思いながら微笑む。
「ぜひとも、クライヴ様やアレクシス殿下よりも早くゴールしましょうね」
「はい!」
せっかくなら、二人に勝ちたいもんね!
歩きながら大きく頷くと、ミランは笑った。
「? どうしましたか?」
「いいえ、ただ――ブレンダさんがここにはたくさんいる、って思ったのよ」
「えっ?」
私がたくさん? 何かの謎かけだろうか。
「ブレンダさん、ひまわりにそっくりだもの」
「ええ!?」
髪色や瞳の色からすると、全く似ていないにように思う。どちらかというと、兄のほうがひまわりにそっくりな見た目をしている。そんなことを考えていると、ミランはくすくすと笑った。
「人の心を明るくする笑顔とか、眩しさがそっくりよ」
「ミラン様……!」
そう思ってもらえてるんだ。嬉しくて、ミランに抱き着くと、抱きしめ返してくれた。
「ミラン様は、花にたとえるならバラですね。美しく、気高く、そして、繊細さも胸に秘めているから」
ミランは恥ずかしそうな顔をして、さ、負けないように行きましょうと足早に歩いていった。
慌てて、それについてきながら、夏の空気を吸い込んだ。
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