ばーべきゅー
――そうして、下ごしらえが完全に終わり、器にのせて、食材を運ぶ。
「できましたよー!」
キャンプっぽいこと、ということで別荘の外で火や椅子やテーブルなどを用意してくれていたミランたちに声をかけた。
「ありがとう。こっちもできたわ」
金網の上に食材をおいて、それを火で焼くようだ。
トングも厨房から借りてきたので、準備はばっちり。
「では、焼いてみよう」
「そうだね」
まずはお肉六枚と野菜を少し網の上におき、みんなで様子をうかがう。
「美味しそうだね、食べていい?」
「まて、ジル! さすがに早すぎる」
クライヴに止められる、ジルバルトを見て笑い。意外とジルバルトは食いしん坊なのね。
……あ、でも。そういえば、ジルバルトと仲良くなったのは、食堂の特別メニューがきっかけだったっけ。
そのことを思い出し懐かしく思っていると、あっという間に、お肉や野菜がやけた。
「じゃあ、それぞれ、お肉を一枚ずつ取ってくれ」
どれにしようかな。右側のお肉を取ろう。
「! ……あ」
トングが誰かの物とぶつかり、慌てて顔をあげる。
どうやら、狙ったお肉がかぶってしまったようだった。
「ごめんなさ――」
ぶつかったのは、アレクシス殿下だった。
「……いや。このお肉はブレンダが食べるといい」
そう言って、アレクシス殿下は一瞬だけあった目をそらすと、私の左側のお肉をとった。
みんながお肉を取ったのを確認して、席に座る。
手早く全員分の飲み物を注いでくれたルドフィルにお礼をいいつつ、私の心は先ほどのアレクシス殿下の態度でいっぱいだった。
やっぱり、アレクシス殿下は意図的に私を避けてる……のよね。
そんなに、さっきの私の返答はいけなかったかな。
それとも、他のことで怒っているとか?
「よし、じゃあ、乾杯しよう」
クライヴの言葉にはっとして、慌てて飲み物を手に持つ。
「乾杯!」
みんなで乾杯をした後、お肉を食べ始める。
「美味し」
「うん、美味しいな。……ってだから、ジル! もう少しゆっくり、食べなさい」
「……美味しいな。ソースは何を使ってるんだ?」
「このソースは――」
ルドフィルと話しているアレクシス殿下は、とても楽しそうだ。
……ということは、たまたま機嫌が悪かった、ってことじゃない?
「とっても美味しいわね、ブレンダさん」
ミランに話しかけられて、慌てて頷く。
「そうですね」
「あれでも、ブレンダさん、少しもお肉食べてないじゃない。やっぱり具合が――」
「えっ、そんなことありませんよ! お肉美味しいですね!」
慌てて、お肉を口に運ぶ。
「……ええ、美味しいわね」
ミランは何か言いたげな顔をしていたけれど、私の言葉にのってくれた。
心の中で感謝しつつ、盛り上がる場の空気に自分をなじませた。
次々とお肉や魚、野菜を焼いていき、にぎやかに時間は過ぎた。
私も、適度に話に入ったり、笑ったりしたけれど、頭の中はアレクシス殿下の態度のことでいっぱいだった。
……これが、恋なのね。
父のように狂いはしないけれど。こんな風に厄介な感情を少し恨めしくも思う。
「ブレンダはさ、お腹、いっぱいになった?」
「はい」
ジルバルトの言葉に頷く。
盛り上がる場の空気の中で、何度か席を変更し、今の私はジルバルトの隣に座っている。けれど、アレクシス殿下の隣になることは一度もなかった。
「……ブレンダ」
「? どうしました?」
ジルバルトは、なぜか苦笑していた。
「元気になるおまじないをかけてあげようか?」
「……ふふ」
……おまじない。迷信とか信じそうにないジルバルトがそういうのがおかしくて、笑う。
「私は、元気ですよ?」
「うん、今は、少し元気になったみたいだけど――」
ジルバルトは、もっと効果抜群なおまじないをかけてあげるよ、と囁いた。
「効果抜群、ですか……っふふ」
なんでそんなにおまじないにこだわるのかわからないけれど。
「うん。……ブレンダはお姫様だからね」
「あっ、またからかいましたね!」
「からかってないよ」
ジルバルトは微笑むと、じゃあかけるよ、と囁いて、席を立った。
「ボクはまだ食べたりないから――一番お肉に近い席と変わっていただいてもいいですか?」
お肉に一番近い席は、アレクシス殿下だった。
「!」
もしかして、ジルバルトに気づかれた……? アレクシス殿下が好きなこと。
ううん。避けられていることだけ、悟られたのかもしれない。
「ああ、構わない」
アレクシス殿下は、すっと、席を立つと、前のジルバルトの席――つまり私の隣に座った。
途端に、心臓が早鐘を打つ。
どうしよう。なんて話しかけたら、いいんだろう。
お肉、美味しいですね、とか? ううん、私のお皿にはもうお肉は残っていない。
だったら、今日はいい天気で良かったですね、とか? さすがに、この話題を出すには遅すぎるよね。
他にも様々な会話の切り出し方が、思い浮かんでは消えていく。
その間にアレクシス殿下は、向かい側のクライヴとの話で盛り上がっていた。
「……はは」
笑みに胸が締め付けられる。
私には、もう、そんな風に笑顔を見せてはくれないのかな。
「ところで、ブレンダ嬢」
「はっ、はい」
急にクライヴに話しかけられ、緊張する。会話に入って来た私をアレクシス殿下が見ている……のを視線で感じた。
「ブレンダ嬢は、語学が特に得意だったな」
「はい」
語学は好きだ。婚約破棄される前は、将来の第二王子妃として、様々な国の言語を学んでいたのもあって、語学は私の得意科目の一つとなっている。
「最近は、何を学んでいるんだ?」
「そうですね……、メリグリシャ語でしょうか」
隣国の古代語であるメリグリシャ語は、多種多様な表現があって、面白い。
「そうなんだな。……偶然だな、最近公務でアレクシス殿下もそのメリグリシャ語を使う機会があったそうだ。ですよね、アレクシス殿下?」
祈るような気持ちで、アレクシス殿下を見る。
アレクシス殿下は戸惑ったような顔で、頷いた。
「……ああ」
「そうなんですね」
アレクシス殿下は、また頷くと、すぐにクライヴとの会話に戻ってしまった。
……どうして。
その後もクライヴが何度か、会話に入れてくれたけど、アレクシス殿下は私が入ってくると、さりげなく会話を切り上げた。
空虚な気持ちをかみ殺すようにして、飲み物を口に流し込んだ。
いつもお読みくださり、ありがとうございます!
本作の書籍が発売中です!!!
何卒よろしくお願い申し上げます!!!!!




