別荘
夢を見ていた。
とても暖かく、幸せな夢を。
その夢が、幸福すぎて、目を覚ますのが惜しいほど、幸せな夢だった。
「さん……ブレンダさん」
声が、聞こえる。私の大好きな人の声だ。
でも、まだ、この温かな夢を見ていたい。
「……あら、起きないなら、楽しみにしていたクッキーはお預けね」
「――起きます!」
体を起こし、大きなあくびをする。
「ふふ、おはよう、ブレンダさん」
「……おはようございます、ミラン様」
馬車はいつの間にか止まっていた。つまり、クライヴの別荘についたようだ。
「ミラン様、起こして下さりありがとうございます」
「いいえ、さぁ、行きましょう」
御者が馬車の扉を開けてくれた。
ミランに続き、私も馬車から降りる。
「……わぁ」
アルバート家の別荘は、本邸と言われても頷けるほど、大きかった。
「わくわくするわね」
「はい!」
こんなに大きな別荘で過ごせるなんて、とても嬉しい。
来客者用のベルを鳴らす前に、扉が開かれた。
「ようこそ、ミラン嬢、ブレンダ嬢」
出てきたのは、クライヴだった。
クライヴは、にこにこと私たちを――特にミランに微笑んでいた――見ると、中へ入れてくれた。
玄関ホールでは、アレクシス殿下、ジルバルト、ルドフィルがいた。その他には、数人の使用人がいるみたいだ。
「やぁブレンダ、ミラン嬢。僕たちはこれからダウトをするんだけど、参加する?」
ルドフィルの提案にミランと顔を見合わせて、頷いた。
「荷物を、置いてきてもいいですか?」
「ああ、まずは先に客室に案内しよう」
そう言って軽やかに、私とミランから、荷物を取り上げると、クライヴは、客室へと案内してくれた。
私たちに与えられたのは、二階の客室だった。私とミランの部屋は隣同士だ。
男子たちの部屋は、全て一階らしい。
「アルバート様、お招き下さりありがとうございます」
今日から、この邸での生活が始まるんだ。楽しみだな。
「こちらこそ来てくれてありがとう。安全に配慮して、夜は君たちの部屋の前に使用人をつけておく」
「クライヴ様、ありがとうございます」
ミランの言葉にあわせて私も礼をする。
細やかな気配りができるクライヴは、本当にできた人だなぁ。
「じゃあ、それぞれ準備が終わったら、一階の階段の右手側にある応接室に集まってくれ。そこで今後の予定をダウトをしながらみんなで相談して決めよう」
私たちが頷いたのを確認して、クライヴは、去ろうとし、ふと振り返った。
「ミラン嬢」
そして、ミランの方へ近づくと、ぽん、と手を頭の上に置いた。
「この前は、私の誕生日を祝ってくれてありがとう」
「い、いえ――」
真っ赤になったミランは、どこからどう見ても恋する乙女だった。二人の世界を邪魔しないように、音をたてないように、客室の扉を開く。
「わ……っと」
思わず歓声を上げそうになり、慌てて口を閉じる。静かにしないとね。
お部屋は、シンプルだけれど、質のいい家具で整えられていた。
私も華美なものよりは、こういったシンプルなものが好きなので、とても嬉しい。
扉をまた音をたてないように、閉めて、荷物を置く。
窓からは、別荘の近くにあるという森とその先にある湖が見える。
「とても、綺麗だわ」
その景色に感動しつつ、もっと詳しく部屋を見て回る。
クローゼットも大きいし、ベッドもふかふかでとても快適に過ごせそうだ。
荷ほどきをするのは後にするとして、感動しつつ、応接室に行く。
「あれ、ブレンダはカトラール嬢と一緒じゃなかったんだね」
私の顔を見て、不思議そうな顔をしたジルバルトは、すぐに納得したようで生暖かい瞳をした。
「……ああ。どーせ、いちゃいちゃしてるんでしょ? 今朝からクライヴは大はしゃぎだったから」
「大はしゃぎ……」
クライヴが大はしゃぎしているところを想像しようとしたけれど、あまりうまくはいかなかった。
どんな風にはしゃぐんだろう。ミランといちゃいちゃしてるのは、本当だけど。
「もう、ほんとすごかったんだよ」
「わぁ、それは見てみたかったです!」
しばらく話に花を咲かせたあと、さすがに遅いから様子を見てくるよ、とジルバルトは二階に上がっていった。
その後ろ姿をぼんやりと見つめていると、話しかけられた。
「……ブレンダ」
静かな、その声に、急に心臓が脈打つのを感じる。
「……っ、ど、どうされましたか、アレクシス殿下」
顔を見ると緊張しすぎてしまう気がして、あえて視線を外していたことに、気づかれていませんように。そう願いながら、アレクシス殿下に向き直る。
「楽しそうだったな」
「え……?」
思わぬ言葉に、ぱちぱちと瞬きをする。……あ、もしかして、ジルバルトと話していたこと?
「そうですね……。普段冷静なアルバート様が、はしゃぐところを想像できなくて」
「……そうか」
言葉と共に、つい、と逸らされた翡翠の瞳に胸が痛む。
どうして? 私の返答が良くなかった?
「あ――」
「ブレンダさん!」
伸ばしかけた手は、明るい声によって、遮られた。
「……ミラン様、準備はできましたか?」
「ええ。みなさまもお待たせしました。……あら、ブレンダさん、顔色が少し悪いわ。大丈夫?」
心配そうな顔をしたミランに首を振る。
二階から、ジルバルトとクライヴも降りてきたので、みんな席に座り、ダウトが始まった。
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