得がたい幸運
女子会――別名女子ぷらす弟さん会――は、大いに盛り上がった。四人でシルビアが持ってきてくれた茶菓子を食べながら、様々な話をした。シルビアは小さい子供の扱いがうまく、話題もマインも入りやすいものばかりだった。
マインは、今ではすっかりシルビアに懐いている。
「ねぇ、シルビアさん」
「あら、どうしたの?」
「ぼくも占って!」
シルビアは、もちろん、と頷いてマインの瞳を見つめた。
「そうね、あなたは……、最近いいことがあったのね」
「うん! 姉さまと仲直りしたよ」
「それから……あなたはとてもいい恋をしているのね。その経験は必ず、あなたの役に立つわ」
そうなんだ、ありがとう! とシルビアにお礼を言ったマインは、きらきらした瞳で私を見つめた。
「あら。あらあらあら」
その視線に気づいたシルビアが、楽しそうな声をだした。
「……そう。可愛いものね」
生暖かい視線がざくざくと私に刺さる。
「ところで」
その視線に耐えかねた私は、強引に話を変えた。
「みなさんは、何色がお好きですか?」
ありふれた、そして今更過ぎる質問だけど、みんなそれに乗ってくれた。
「ぼく、ぼくはねー、緑が好き!」
「私は、赤よ」
「わたくしは、紫かしら」
「そうなんですね。私は……」
意外と。盛り上がったその話は、好きになったきっかけなど、派生した話題で一時間も続いた。
「あら、もう、こんな時間ね」
シルビアが、時計を見て席を立つ。
「ええー、もう帰っちゃうの?」
シルビアは、残念そうな顔をして、微笑んだ。
「ごめんなさいね。あまり、遅くなると家族が心配するのよ」
「そっかー、それなら仕方ないね」
だって、ぼくも姉さまを心配させたくないもん! そう続けて、あっさりとマインはひいた。
「ええ、理解が早くて助かるわ」
たおやかに微笑んだシルビアを、みんなで見送る。
「シルビア様、とても楽しい時間をありがとうございました」
ミランの言葉に、シルビアは笑った。
「こちらこそ、とても楽しかったわ」
そう言って、馬車に乗り込もうとしたシルビアは、振り返った。
「……ブレンダさん」
「はい。必ず、二人で話をします」
きっとこのことだろうな、とあたりをつけてそう言うと、シルビアは安心したように頷いた。
「ええ。絶対よ」
「はい」
そうして馬車が去っていくのを、見届けて、みんなで邸に入った。
「なんか、不思議なひとだったね」
マインの言葉に頷く。
「そうですね」
シルビアが持つ特有の空気感は、神秘めいている。その空気を思い出していると、ミランが微笑んだ。
「さぁ、そろそろ夕食にしましょう」
夕食後、お風呂に入り、ミランやマインとパジャマパーティーをした
そして、数日間、穏やかに時間は過ぎ――……。
「ええー、姉さまもブレンダも本当に行っちゃうの?」
マインが寂しそうな顔で私の袖を引っ張った。
そう、今日はクライヴの別荘に出立の日だ。
「ごめんなさい、マインくん」
「マイン、お父様とお義母様が帰ってから行くから、ひとりじゃないわ」
マインは、私とミランのそれぞれの言葉に、むぅ、と唇を尖らせた。その仕草もとても可愛い。
「お手紙を書きますから」
「お土産も持って帰るわ」
「……わかったよ。去り際にしつこくしないのも『いい男』だものね」
そう頷くとマインは、跪いた。
「マインくん?」
どうしたんだろう。
マインは、軽く咳払いをすると、じっと私を見つめた。
「ぼく、いい男に必ずなるからね! ブレンダが結婚したいってなるような、素敵な男に」
「……ふふ、期待していますね」
うん! とマインは立ち上がると元気に頷く。その笑みに癒されていると、丁度、誰かが邸の中に入って来た。
「あ、お母様とお父様だー!」
慌てて、背筋を伸ばす。
「おかえりなさい、お父様、お義母様。こちら、ブレンダさんよ」
ミランに紹介してもらい、礼をした。
「お邪魔しております。ブレンダです」
「ミランが君と友人になった――と聞いた時は、大層驚いたが。その顔を見ると、良い友人関係が築けているようだね」
カトラール侯爵はそう言って、微笑む。
「ええ、お父様。私たち大親友なの」
ミランは満面の笑みで、私の腕を引き寄せた。
「……ふふ」
それがくすぐったくて、思わず笑う。
……?
視線が集中している気がして、首をかしげると、穏やかな瞳と目が合った。
「あなたのような方がミランさんの傍にいて下さるなら、安心だわ」
カトラール侯爵夫人のその瞳は、確かに、娘のことを想う瞳だった。
「私も、ミラン様に何度も助けられています。たとえば――」
「ぶ、ブレンダさん!」
照れたミランは、真っ赤になってとても可愛い。
それでも、ミランの学園での様子を知ってもらいたくて、開こうとした口を、手でふさがれた。
「そんなことより、早く行きましょう、ブレンダさん!」
「あら、もう行ってしまうの?」
残念そうな侯爵夫人に、はい、行ってきます! とミランは強く頷いて、そのまま玄関まで私を引きずった。
「では、失礼いたします」
玄関でようやく解放された口でそう言って、礼をする。
「またいらしてね」
「ありがとうございます」
一足先に馬車に乗り込んだミランの後に続いて、私も馬車に乗り込む。馬車が出発する間際、マインがかけてきた。
「姉さま、ブレンダ、大好きだよ! いってらっしゃい」
私とミランは顔を見合わせると、大きな声で行ってきます、と手を振った。
がたごとと揺れる馬車の中、ミランがふと、首をかしげた。
「それにしても……」
「? どうしたんですか?」
ミランは、じっと私を見つめると、ふふ、と笑った。
「私がこの先、歩んでいくべきパートナーって、ブレンダさんのことだったのね」
「え?」
一瞬何のことだか、わからず、目を瞬かせる。
数秒経って、シルビアの占いのことだと気づいた。
「そ、それは、アルバート様では?」
とても光栄だけど、ミランを支えているのは、間違いなくクライヴだ。
「クライヴ様も私をもちろん支えてくださっているわ。でも、マインと私の壁が無くなったのは、間違いなくブレンダさんのおかげよ」
そう言って、ミランは私の手を握った。
「改めてありがとう、ブレンダさん。ずっとずっと先、年を重ねたときも、あなたが傍にいてくれたら嬉しいわ」
「ミラン様……!」
好き! 感情のまま、ミランに抱き着いた。
「いくつになっても、私たちの友情は不滅です!」
「ええ、もちろんよ」
そっと抱きしめ返しくれたミランを抱きしめる力を、更に強くした。
こんな風に言える、友達が――大親友が出来るなんて、以前は思ってもみなかった。
得難い幸運に感謝しつつ、抱きしめ続けていると、馬車の揺れで、だんだん眠くなってきた。
「ブレンダさん……?」
ミランの声が遠くで聞こえる。その声に、応えたいのにとても、眠たい。
私は、ゆっくりと眠りの世界に落ちていった。
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