夏の気配
……それから防音室に移動した。
私は楽器を持っていないので、ミランがフルートの合間に少しだけ習っているという、バイオリンを借りることにした、
調弦や調律をして、それぞれで肩慣らしをする。
「マインくん、お上手ですね」
マインのピアノは元気がよく、明るい気持ちになれた。マイン自身がピアノが大好きなことが分かるほど、楽しそうに弾いている。
「えへへ、そうでしょ!」
得意げなその表情も微笑ましい。
「マイン、ブレンダさん、準備はいいかしら?」
私たちが頷いたのを確認して、ミランが微笑んだ。
「では、合奏しましょう」
最初に合奏する曲に選んだのは、「朝日のワルツ」という曲だ。とても軽やかで、その名の通り、朝にぴったりな曲になっている。
合奏は、本当に幼い頃、兄としたのとバイオリンの先生としたくらいだったので、実はうまくできるか少し心配だった。
でも、ミランとマインがわかりやすく合図を送ってくれるので、とてもやりやすく、楽しかった。
「――……」
最後の小節を引き終わり、みんなで目をあわせる。
とっても楽しかったのと、無事に最後まで弾けた興奮で、頬が熱くなる。
「とても楽しかったです!」
「ぼくも!」
「三人でするのは初めてだったけれど、なかなか楽しかったわ!」
――その後も、適度に休憩をはさみつつ、何曲も演奏し、とても楽しい時間を過ごした。
合奏を終え、楽器を片付ける。
学園の音楽の授業以外で、久しぶりに演奏したなぁ。
そんなことを考えてながら、バイオリンを片付け終わると、マインに話しかけられた。
「ねぇ、ブレンダ」
「どうしました?」
マインは、じっと私を見つめている。その瞳は、真剣そのものだった。
「ぼくね、姉さまが大好き」
「ええ、私もミラン様が大好きです」
私の返答に満足したように、マインは頷いた。
「それでね、ぼくね、ブレンダのことも好きだよ」
「……あら」
大嫌いと言われた翌日に、好きだと言ってもらえるとは思わなかった。
でも、子供って、感情がころころ変わるものかもしれないなぁ。
自分の子供時代を思い出しながら、微笑む。
「それは、ありがとうございます」
「うん。ブレンダ、優しいし、笑顔がお日様みたいだし、だから……」
マインは、急に緊張したように指をくるくるしだした。
どうしたんだろう?
ミランを見ると、苦笑している。まるで、次の言葉が分かっているみたいだ。
「だから、だからね! 大きくなったら、ぼくのお嫁さんにしてあげてもいいよ!」
大きな声で、言い切られた言葉に、瞬きする。ゆっくりと頭の中で言われた言葉を反芻して、理解した。
――まぁ、あなたは平民だものね。つまり、もう私のライバルでもないわ。だから、その、……。ゆっ、友人になって差し上げても、よろしくてよ!
学園の入学式の前日に、ミランに言われたことを思い出した。
「……ふふ」
表情からミランも思い出しているのだろう、それを、頭の中で思い浮かべながら、マインに視線を合わせる。
「マインくん」
「な、なに?」
マインは顔を真っ赤にして、私を見ていた。
「素敵な提案、ありがとうございます。でも、私には好きな人がいるのです。だから――」
「だったら! だったら、そのひとよりも素敵な男になる! 嫌いなニンジンも食べるし、勉強もさぼらない。……それで、いつかブレンダを振り向かせるね」
「……マインくん」
あまりの熱烈さに驚いていると、ミランが苦笑しながら、私たちの間に入った。
「あら、しっかり聞いたわよ。ニンジン、残さないのね」
「うん! えっとね、それからね、お手伝いもする!」
じいやに何かお手伝いすることがないか、聞いてくる! と叫んで、マインは防音室を出て行った。
「……ブレンダさん、しっかりとあの子の気持ちに向き合おうとしてくれて、ありがとう」
「でも、最後まで言えませんでした」
そうね、とミランは頷いて、それから微笑んだ。
「まぁ、未来は誰にもわからないもの。……十歳差で結婚した例もたくさんあるし。それに、あなたが私の義妹になるのも楽しそうね」
冗談とも本気ともつかないことを言いながら、ミランも防音室を出て行く。
「あっ、待ってください!」
慌てて、その背中を追いかけながら、夏の空気をいっぱいに吸い込んだ。
お読みくださりありがとうございます。
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