長い夜
まだパジャマパーティーまで時間がある。お風呂から上がり、髪を乾かし、湯冷めしないように、ガウンを羽織った私は、マインの部屋の扉を叩いた。
「弟君」
「あっちいけ!」
マインは出てきたものの、敵対心むき出しだった。私は、少しでもその心が和らぐように目線をあわせる。
「弟君は、ミラン様のことどう思っていますか?」
「ふん! 関係ないでしょ!」
ばっさりと切り捨てられたけど、諦めないわ。
「では、聞き方を変えますね。ミラン様のことがお好きですか?」
「知らない!」
この聞き方でも駄目か。……なるほど。
「では、ミラン様のことがお嫌いですか?」
「そんなわけ……! もう関係ないでしょ!」
そう言って、怒ったように扉が閉められそうになる。慌てて扉が閉まる前に、少し早口で言った。
「そういえば、ミラン様とパジャマパーティーをするんですよ。気が向いたら来てくださいね」
「行くわけがないでしょ!」
そう言ったのを最後に完全に扉が閉じられる。
うん、プランAは無理だったけど、次はプランBで行こう。
パジャマパーティーの時間になった。
お風呂から上がって少ししたら、パジャマを着て、ミランの部屋に集まり、軽食を食べながらお話をしよう……ということになっていた。
ミランの部屋を訪ねる。
「待ってたわ、ブレンダさん。どうぞ」
扉をノックすると、ミランが笑顔で出迎えてくれた。
私は、扉を少しだけ開けたまま、ミランの部屋に入った。
――そして、パジャマパーティーが始まる。
クッキーをつまみながら、ミランと恋の話に花を咲かせる。
「それでね、クライヴ様が、とても喜んでくれたの」
クライヴは、ほんの数日前誕生日だったらしく、お祝いを二人でしたのだそうだ。
「それは良かったですね!」
「ええ、私も幸せな気持ちになったわ」
――クライヴの話をするときのミランは、とても可愛らしくて、幸せそうだ。
そんなミランを微笑ましく思っていると、ところで、とミランがこちらを見た。
「ブレンダさんは、どうなの? 好きな方がいらっしゃるんでしょう?」
興味津々という顔で、ずい、と顔をよせられる。
「ええと……」
戸惑ったように、視線を泳がせ、扉に視線をやる。すると、青い瞳と目が合った。
作戦成功だ。……そろそろ、話を切り出そうかな?
いや、まだ早いかも。
「ほら、ブレンダさんの好きな方は言えないんでしょう? でも、どんなところが好きかとか、どういう特徴があるか、とか聞かせて下さらない?」
「そうですね」
私は、好きなひとの好きなところを話した。
「綺麗な、赤い瞳や」
「ええ」
「選択の授業――声楽で聞いた歌声がとても綺麗で……」
「ええ」
「それから、豊かな黒髪も」
「……? ええ」
「それから、音楽で聴いた、フルートの音色も」
「……もしかして」
ミランも気づいたようなので、舌をだして白状する。
「私は、ミラン様が大好きです!」
「……ブレンダさん!」
ミランは感激したように、瞳をうるませたけれど、すぐに表情を変えた。
「もう! ずるいわ、話をそらしたでしょう」
「でも、ミラン様が好きなのは本当ですよ」
仕方ないわね、とミランはため息をついて、綺麗な黒髪を触った。
「……ありがとう。あなたは以前もこの髪をほめてくれたわね」
「だって、本当に好きなんです――」
そう言いながら、気づかれないよう扉を確認する。青い瞳と、相変わらず目が合った。
「でも、それは私だけじゃないんじゃないでしょうか」
「……そうね。クライヴ様も好きだって、言ってくださったわ」
それも半分正解だ。でも……。
「弟君も、好きなんじゃないでしょうか」
「マインが? そんなはずはないと思うわ。あの子は、私のことが大嫌いだもの」
ミランが悲しげにそういったけれど、もう少しだけ話を続けさせてもらう。
わざと、わかりやすく悪だくみをしている顔をしながら、相槌をうつ。
「そうですね、弟君はミラン様のことが、大き――」
ばん、と大きな音をたてて、扉が開いた。
「そんなわけない。ぼくは、姉さまのこと大好きだもん!」
マインはそういうと、ミランに抱き着き、私をきっと睨んだ。
「姉さまに、嘘を吹き込もうとするな!」
「はい。私は、このへんで退散いたしますね」
私は頷いて、席を立つ。
「待って、ブレンダさん。え? ええ?」
ミランは、マインが自分を好きだったことに気づいていなかったようだ。
戸惑っているミランも可愛いな、と思いながら、手を振る。
「ミラン様、パジャマパーティーはまた明日開催いたしましょう。今は、お二人の時間を過ごされてください」
――では、おやすみなさい。
まだ戸惑っているミランに、そう続けて、扉を閉めた。
夜は長い。わだかまりが完全に無くなるには、短いかもしれないけれど。
誤解を解くには十分じゃないかな。
そう思いながら、自室に帰った。
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