君とデート
「わかったよ」
兄が頷いてくれたのを確認して、ほっと息をつく。
「ところで、ブレンダ」
「どうしたの、ルドフィル?」
私が首をかしげると、ルドフィルは微笑んだ。
「僕とデートしない? 呪いも無事にとけたことだし」
「ひゅうー、ルドフィルやるね」
からかいの言葉を浮かべた兄を一睨みして、ルドフィルに向き直った。
私は、アレクシス殿下に恋をしている。でも、その気持ちと同じように、ルドフィルとも向き合おうと決めていた。
「もちろん」
大きく頷いて見せると、ルドフィルはほっとした顔をした。
「じゃあ、ブレンダ。行こうか」
ルドフィルにエスコートされながら、街を歩く。
「……ブレンダ」
名前を呼ばれて顔を上げると、ルドフィルが柔らかく笑った。
「悩み事がある顔だね。……公爵家に戻るかどうか以外のこともありそうだ」
「どうしてわかったの!?」
私が思わず大きく目を見開くと、ルドフィルは得意げに言った。
「わかるよ。だって、僕は――」
君の従兄だもの。そう続けると思ったが、その予想は、覆された。
「君に恋をしてるもの」
「ルド……!」
ルドフィル、と名前を呼ぼうとして、声にならなかった。
「ふふ、ブレンダったら、照れてるね」
可愛い、と微笑む姿は甘々だ。
――そうだった。すっかり忘れていた。
夏季休暇に入って、ルドフィルと登校することがなかったから、忘れていたけど。
最近のルドフィルは、『こう』だった。
「な、な、な……」
久しぶりで耐性がすっかり無くなってしまった私に、ルドフィルは追い打ちをかける。
「ブレンダ、大好きだよ」
「!」
頬が熱い。おそらく、私の頬は、りんごのように赤く染まっていることだろう。
「……参りました」
素直に降参するとルドフィルは、じゃあ、今日はここまでねと笑った。
「ところで、ブレンダ」
ルドフィルはすっかりいつもの調子だ。
温度差についていけずに、風邪を引きそう……。
「……うん」
「悩み事のことだけど、あんまり考えすぎも良くないよ」
確かに、そうかもしれない。
いや、でも将来のことは、しっかり考えないと。
「ほーら、また眉間に皺が寄ってる」
ルドフィルは手でぐりぐりと、私の眉間の皺を伸ばした。
「また?」
さっきもこんな顔してたかな。
「うん。街に来るまでの間も、何度か眉間に皺が寄ってたよ」
……そうなんだ。気づかなかった。――というか。
「ごめんなさい。せっかくルドフィルとの時間なのに」
深く反省しながら謝ると、ルドフィルは、首を振った。
「ううん。怒ってないよ。ただ――」
ただ、なんだろう。
「ただ、ブレンダが疲れてないか心配になっただけだよ」
「……ルドフィル」
ルドフィルの表情は本当に心配しているときのものだった。
「ブレンダにとって、今日はとても大きな一日だったでしょう?」
「……そうですね」
兄がやってきて、公爵邸に帰ってこいっていわれて。兄に手紙が届いてなかったことも、兄が私に手紙を書いていてくれたことも初めて知った。
「だから、気分転換が必要かなって。もちろん、ブレンダとデートしたかったのは本心だけど」
「ありがとう」
ルドフィルは私のことを考えてくれたんだ。
その気遣いが、とても嬉しかった。
「あ、丁度ついたね」
ルドフィルは歩みを止めると、行列を指さした。
「ここの氷菓が有名なんだ。だから、ブレンダと食べたくて」
「わぁ、確かに美味しそう」
看板によると、その行列の先で売っているのはシャーベットのようだった。
すれ違うお客さんみんな、幸せそうな顔をして、シャーベットを口に運んでいる。
「買ってくるから、ブレンダはあの木の陰で待っててくれる?」
「でも――」
暑いのはルドフィルも一緒だし、ルドフィルだけに並ばせるのは申し訳ない。
「ううん、大丈夫だよ」
ルドフィルのその顔は、絶対にゆずらないときの顔だった。
なので、諦めてお礼を言う。
「……ありがとう、ルドフィル」
大きく頷いて列に並んだルドフィルを見届けて、木陰に行く。木陰は思った以上に涼しかった。
ぼんやりしながら、列を眺める。
わりと、回転率は良いようで、すぐに次のお客さんの番になっていく。
「……そこのおねーさん」
なるほど、味は、いちごや桃のような果物の他に、チョコレートもあるのね。
「おねーさん?」
トッピングにもいろいろあるみたいだ。私が一番好きなのは――。
「おねーさんってば!」
「!?」
急に手を掴まれ、意識がシャーベットから、周囲に向く。
私の目の前には、大きな男性が立っていた。
「……あの?」
この人は、私に何か用事だろうか。そうは見えなかったけど、この木の下は私有地だとか?
「やっとこっちむいたね、おねーさん」
「ええと……」
にたにたと笑うその姿は、どこか不気味だ。
「良かったら、オレと――だっ!」
私を掴んでいた手がぱっと離される。
「悪いね、その子は僕の連れなんだ」
「ルドフィル?」
ルドフィルがその男性の手をひねり上げていた。
「……なんだ、お前! 優男のくせに力が……いっ!」
男性は、ルドフィルを一睨みすると、舌打ちして、どこかへ去っていった。
「……ブレンダ、大丈夫? 怪我はない?」
「う、うん。私はどこも――ルドフィル?」
ルドフィルは、とても落ち込んでいた。
「ごめんね、ブレンダを一人にして」
もしかして、さっきの男性に絡まれたのが、自分のせいだと思ってる……?
「ううん。変な人に絡まれたのは、ぼんやりしてた私が悪かったの。……だから、助けてくれてありがとう」
「……ブレンダ」
ルドフィルは表情を和らげ、手に持っていた袋を見せた。
「買ってきたから、近くのベンチで食べようか」
「うん!」
ベンチに座ろうとすると、ルドフィルがハンカチを広げてくれた。
「ルドフィルは、本当に優しいね」
「誰にでも優しいわけじゃないよ。ブレンダだけ」
「! ルドフィル!」
恥ずかしさのあまり、じとりとルドフィルを睨んだけど、ルドフィルには全く効果がなかった。
「ほら、食べよう。それとも、食べさせて欲しい?」
「! 自分で! 食べます!」
そういって、差し出されたシャーベットを、受け得とる。
シャーベットは、チョコレート味にナッツのトッピングがされてあった。
「わぁ、一番食べたかった組み合わせだわ。ありがとう、ルドフィル」
「どういたしまして」
ルドフィルは桃味に、フルーツソースをトッピングしていた。それは、それで美味しそうだ。
シャーベットを付属のスプーンで口に運ぶ。
「んー!」
チョコレートの甘みとナッツの香ばしさが合ってとっても美味しい。
「美味しそうだね」
「うん、冷たくて美味しい!」
「それは良かった」
そう言いながら、ルドフィルも口に運ぶ。
「ん、たしかにこれは美味しいね」
「うん。とっても美味しい」
二人で美味しい、と言いながら、シャーベットを食べ進めた。
――その後は、花をモチーフにしたアクセサリーを扱っている露店に行ったり、街を散策したりして楽しい時間を過ごし、ルドフィルが門まで送ってくれた。
「ルドフィル、今日はありがとう。シャーベットもとっても美味しかったわ」
「ううん、こちらこそ。とても楽しい時間だったよ」
ルドフィルにもう一度お礼を言って、手を振る。
「じゃあ、おやすみなさい」
「うん。おやすみ」
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