俺たちの家
「うーん」
まだ、お昼を少し過ぎたくらいだ。
つまり、まだ一日の活動時間を終えるまで、時間がある。
どうしようかな?
「あ、そうだわ!」
そういえば、以前街歩きをしたときに、型抜きをして、ちょっとしたお小遣い稼ぎになったのよね。
今日も、型抜きはやっているかしら。
型抜きはやっていなくても、一人で出かけるのは、それはそれで楽しい。
だから、とりあえず、街に出てみよう。
そう決めて、街に出る。
街は以前よりも活気に満ち溢れている気がした。夏だからかな。
季節の果物や野菜、パンや、お菓子など様々なものが露店で売られている。
でも、私のお目当ては――。
「あっ、水色髪のおねーさんだ!」
型抜きのお店がある場所を探していると、声をかけられた。
「あなたはたしか……」
以前、型抜きを見せた際に、マーガレットを一輪くれた子だ。
「憶えててくれたんだね! ジェイだよ」
「そう、ジェイくんね」
ジェイは、ぴょん、とはねると私の袖を引っ張った。
「ねぇ、おねえさん、またあの型抜きを見せてよ。僕たち何度も挑戦してるのに、ちっともこの国の紋章が抜けないんだ」
「……ふふ、わかったわ」
相変わらずの元気の良さに笑いながら、引っ張られた方向へ行く。すると、以前も訪れた露店がみえてきた。
「よう、ボウズ。今日も、紋章をくり抜きに来たのか?」
「おじさん、今日は、強力な助っ人がいるからね」
店主に向かって、私を指さすと、ジェイはふふん、と得意げな顔をした。
「おや、お嬢さんは……この前、賞金を巻き上げたお嬢さんじゃないか!」
店主は、これは困ったな、といいながら、あまり困ってなさそうな顔だった。
「今回は、古代の隣国の紋章もあるよ。この国の今の紋章よりも複雑だが……」
挑戦してみる? と楽しそうに尋ねられたので、もちろん、と微笑んだ。
「まいどあり―」
代金を払って、型抜きのお菓子を貰った。賞金倍率をみると、やはりこの隣国の紋章が一番高い。
「今まで、成功したやつはいないよ」
「そうなんですね」
「でも、おねえさんなら、きっとできるよ!」
ジェイの言葉に励まされながら、型をくり抜いていく。古代の隣国の紋章は、曲線が多く、なるほど、これは難しい。
でも、貴族時代に培った針捌きは、伊達じゃない。
私は、慎重に時間をかけながら、針でくり抜いた。
うーん、欠けはないように見えるけど、どうかな。
そう思いながら、店主にくり抜いた、お菓子を渡す。
「むむ……」
店主はそれをうけとり、じっくりと眺め、震える手で、ハンドベルを鳴らした。
「お見事!」
やった、やったわー。
「これなら、成功しないんじゃないかとおもったんだが……」
そうため息をつきながら、店主が賞金を渡してくれる。
「ありがとうございます!」
笑顔でそれを受けとっていると、ジェイも一緒に喜んでくれた。
「すっごーい」
「ふふ、ありがとう」
その後も、ハンドベルの音につられた客に型抜きを見せて欲しいと言われ、見せると、何人かからお小遣いを貰った。
「次はもっとむずかしい型を用意して待ってるよ」
「はい。楽しみにしてますね」
その後も、街の人やジェイと交流しているうちに、夕暮れになった。
「はい、おねーさん」
ジェイはどこに隠し持っていたのか、百合を一輪くれた。
「ありがとう」
「ううん。こちらこそ、いいものみせてくれて、ありがとう」
そう言って、かけていく後ろ姿を見送る。そういえば、ジェイは、どこに住んでいるんだろう。
平民よりも身なりが良いし、言葉の発音がきれいだ。
それに少し遠くで、ジェイのことを見ていた、誰かの護衛らしき格好の人もいた。
だからどこかの貴族の子ともが家を抜け出してきたのかと思っていたけれど、今日もそのことを聞きそびれてしまった。
「まぁ、いいか」
また今度、会えたら聞いてみよう。そう決めて、女子寮に戻った。
――翌朝。女子寮の自室で、勉強をしていると、扉がノックされた。
「ブレンダさん、お客様よ」
お客様? 誰だろう。寮母さんにお礼を言って、寮の応接室へ向かう。
応接室にいたのは、ルドフィル。そして……。
「リヒトお兄――」
「ブレンダ!!!!!!!!」
「ぐ、くるし……」
兄だった。兄に勢いよくぎゅうぎゅうと苦しいほど抱きしめられ、戸惑う。
今までこんなに、熱い抱擁をされた覚えがない。
……っていうか、このままだと、窒息死してしまう。
「リヒトくん、ブレンダが潰れてしまうよ」
助け舟を出してくれたのは、ルドフィルだった。
「え、そう? ごめん、ごめん」
その言葉と共に、圧がふっとやわらぎ、ようやくまともに息ができる。
「ふ、はぁー」
……死ぬかと思った。
「ごめんね、ブレンダ。大丈夫?」
心配そうに見つめる金の瞳は、父とそっくりだ。でも、父が私に向けていたものよりも、ずっとずっと優しいそれに泣きたくなる。
「……リヒト様、どうしてここに――」
「リヒト様、なんて他人行儀はやめてよ。俺とブレンダはたった二人の兄妹じゃない」
でも、私はもう、公爵家を出た人間だ。戸籍上は、赤の他人ということになっている。
「……ですが」
「ブレンダ」
兄は、私の肩に手を置き、真っすぐに私を見つめた。
「スコット公爵家に――いや。俺たちの家に、帰っておいで」
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