喫茶店
アレクシス殿下が選んだのは、平民には少し高めの値段設定のお店だった。
一応お金は持ってきてるけど、足りるかな……。
頭の中で所持金を計算しつつ、メニューを開く。
……わぁお。
思わず実際に声として出そうとなった心の声を、寸前で抑える。
描かれている絵からして、ケーキがとても美味しそうだ。……でも、今の私の所持金では、帰りの乗合馬車の代金が心もとなくなる。
仕方ないので、ケーキの美味しそうな絵から視線をささっとそらし、代わりにコーヒーを注文する。
「ブレンダ」
「? はい」
アレクシス殿下は、なぜか、とても眩しいものを見るような瞳をして、微笑んだ。
「私に任せて、君が食べたいものを食べればいい」
「い、いえ、そんなの申し訳なさすぎます!」
さすがにおごってもらうなんて、気が引けるし、それに、お返しを考えるのも大変だ。
慌てて首を振ると、アレクシス殿下は、さらに笑みを深くした。
「いや、そうしてくれ。そうでなければ、対価に見合わない」
「対価?」
私は、アレクシス殿下に何も渡していない。だから、対価なんて発生しないはずだけど……。
むむ、どういうことかな。
私が考え込んでいると、アレクシス殿下は、私の顔を指さした。
「ほら、私はまた、君の表情が変わるところを見られた」
「え――」
私の表情をまるで得難いもののようにいう、アレクシス殿下に戸惑う。
「……とにかく、好きなものを頼んでくれ」
なんで、どうして、という言葉は、口の中で消えた。それを言葉にして、明確に答えを貰ってしまったら、もう、何かから引き返せなくなる気がしたから。
「わかりました、ありがとうございます」
尋ねる代わりに、笑顔でお礼を言って、私は、レモンケーキを注文した。
しばらく、他愛ない話――夏季休暇の課題がどこまで進んだかなど――に花を咲かせているうちに、注文した商品が届いた。
アレクシス殿下は、マドレーヌと紅茶を頼んでいて、マドレーヌもとても美味しそうだ。
「……ところで」
私はコーヒーに口を付けた後、ずっと気になっていたことを切り出した。
「なぜ、アレクシス殿下が天文塔に?」
アレクシス殿下は、第二王子。つまり、王族だ。王族が国内最高峰の研究機関たる、天文塔を視察することは、別におかしいことじゃない。
でも、ケイリーさんは、アレクシス殿下を第二王子として扱っておらず、私と同じ見学生として扱っていた。ということは、アレクシス殿下は、生徒として天文塔を訪れたことになる。
だから、ずっと疑問に思っていた。
「ブレンダ、私は――」
アレクシス殿下は、そこで言葉を止めた。
「アレクシス殿下?」
「……いや。ブレンダ、君には様々な選択肢がある。例えば、高給取りを目指すなら、天文塔に就職するのもいいだろうし、侍女として王城に勤めてもいい。学園の教師になるのもいいだろう」
研究職しか考えていなかったので、教師や侍女という選択肢があったことに気づかなかった。
驚きながらも、続きに耳を傾ける。
「誰かを支えることを選ぶなら、結婚する、というのもまた、一つの道だろう」
……結婚、かぁ。元婚約者のアレクシス殿下にそれを言われると、感慨深い。
「ブレンダの数多くある選択肢の一つである天文塔を、私も見ておくべきだと思ったんだ。それに、私だってもしかしたら天文塔で働く未来や研究職に就く未来もあるかもしれない」
「……アレクシス殿下」
第二王子のアレクシス殿下が、そんな未来が本当に来るかはともかく。私が平民になったことを、まだ気にしてくれているのだろう。
「ありがとうございます。でも、もうお気遣いなさらないでください」
今の私は、とても自由だし、それに今の私が一番好きだ。
そのことを伝えると、アレクシス殿下は、困ったように眉を下げて、何かを言いかけ――そしてやめた。
「……わかった」
――その後は、黙々とケーキやマドレーヌを食べ進めた。
お店を出た後、学園まで送る、と言ってくれたアレクシス殿下をやんわりと断り、礼をする。
「今日は、ありがとうございました。ケーキもごちそうになってしまって……」
「気にしないでくれ、私がブレンダに食べて欲しかったんだ」
「……ありがとうございます。では、よい夏季休暇を」
そう言って、乗合馬車に乗り込んだ。
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