ぼんやりとした将来
翌朝、ついに夏季休暇が始まった。正確には、昨日の放課後から始まってはいたんだけど。
丸一日学園がない、という休みは今日からだ。一か月と少しという長期休暇なので、とても嬉しい。ベッドの上であくびをしながら、大きく伸びをすると、ふと昨夜のジルバルトの表情を思い出した。
なぜ、あんな表情をしたのか気になる、けど……。
そればかりを考えていても仕方がない。
時間は有限だ。気持ちを切り替えて、夏季休暇を楽しもう!
「……何をしようかな?」
とりあえず、服を寝間着から休日用の服に着替える。
せっかく女子寮に一人だから、「おひとりさま」な寮生活を楽しむのもいいし、街でも「おひとりさま」として散策するのも楽しそうではあるけれど。
やっぱりまずは……。
「夏季休暇の課題からよね」
夏季休暇あけには、小テストが行われることを考えながら、課題を勉強机に広げる。
そういえば、期末テストの結果はいつ届くのかな。
頑張った、自分に出来ることはやった、という自信はあるけど、やっぱりその結果を見るまでは、どうしても気にしてしまう。
「……考えていても仕方ないわ」
成績表が届くまでは、わからないのだし。とりあえず、課題に集中しよう。
課題の一つである問題集はざっと見たところ、前期の復習が主だった。あと、後期の予習のような内容が少し。
この課題は問題なさそうね。
でも――もう一つの課題である一枚の紙を見る。
紙には、こう、記されていた。
――あなたの夏季休暇を表す芸術作品を何か一つ作成しなさい。
手っ取り早いのは、貴族時代に身に付けた、刺繍かな。
でも、せっかくだし、何か今までしたことがなかったことをするのもいいかもしれない。
たとえば、作曲や作詞をしてみるだとか。絵を描いてみるとか。
芸術、と一言にいっても表現方法は様々だ。
たぶん、そういう方法を模索するのも、課題のひとつなのだろう。
とりあえず、芸術作品のことは忘れないようにして、取り組みやすい問題集から解こう。そしてついでに自主課題として、いつもの問題集もできる範囲を解こう。
「……ふぅ」
窓から西日が差し込む時間になった。
適度に休憩しつつ集中して取り組んだおかげで、夏季休暇の問題集の三分の一は終わった。
いつもの問題集も、かなり進んだ。
今日の勉強はここまでにして、散歩でも行こうかな。きっと、夕方だから涼しいだろうし。
机の上を片付けてから自室をでる。
……今日は、どのあたりを散歩しようかな。
少し悩んだ後、せっかく時間があるのだから、学園が所有する敷地内を一周することにした。
淡いオレンジの光で満たされた世界は、幻想的で、少し寂しい。
――歩いていると、まるで、世界に一人ぼっちになってしまった気がする。
……なんて、感傷的なことを考えていると、学園の校舎から誰か出てくるのが見えた。
は、恥ずかしいー。ぜんぜん、世界に一人ぼっちじゃなかった。
出てきた誰かに、手を振られ、誰だろうと。目を凝らす。
「……あ」
ジルバルトだった。昨夜のことを思い出しながら私も手を振り、ジルバルトに駆け寄る。
「ジルバルト様、こんにちは…
…?」
「こんにちは、ブレンダ」
ジルバルトは、にこにこしていて、とても機嫌がよさそうだった。
……何か、いいことでもあったのかな?
尋ねようとして、ふと、ジルバルトの手に気づいた。何か――筒状の物を持っている。
「ジルバルト様、もしかして、それは――」
「うん。貰えたんだ、推薦状」
ジルバルトが心底嬉しそうに笑った。大変破壊力のある笑みだ。
その素晴らしい成績から考えると、その推薦状がどこか、はすぐに考察ができた。
「おめでとうございます! ……もしかして、天文塔ですか?」
「うん、そうだよ。ありがと、ブレンダ」
さすがジルバルトだ。国内最高峰の研究機関である天文塔の推薦状を本当に貰うなんて。
拍手をすると照れくさそうにしながら、ジルバルトは微笑んだ。
「ずっと行きたかったんだ。だから、嬉しい」
「本当におめでとうございます! あれ、でも……」
推薦状がもらえたってことは、もうテストの結果が出てるってことよね。
でも、まだ、さっき自室を出た時点で成績表が寮に届いてなかった。
私がそのことを伝えると、ジルバルトが教えてくれた。
「……ああ、それは今回の期末テストだけ、三年生の成績を先に出すんだ」
「なるほど」
だって、三年生の前期の期末テストは、推薦状の可否が決まる最後のテストだものね。
「ジルバルト様、一位もおめでとうございます」
直接は聞いてないけどジルバルトなら、今回のテストも一位だろう。
「うん、ありがと」
やっぱり、一位だったようだ。今日は、とてもめでたい日ね。
「お祝いをしましょう! ジルバルト様は何がお好きですか?」
「ブレンダ」
「?」
名前を呼ばれて首をかしげる。
「ありがと。この推薦状をもらったとき、真っ先にブレンダに伝えたいって思ったんだ。だから、ブレンダに祝ってもらえて、嬉しい」
「!」
そんな風に想ってもらえるなんて、こちらこそ嬉しい。
それはきっと、私がジルバルトの「可愛い後輩」だからだろうけど。
「それでジルバルト様は、今何が食べたいですか?」
「ブレンダってさ、料理したことある?」
貴族だったら、あまりしたことがない人が多いだろうけど……。
「はい、ありますよ」
貴族時代にルドフィルと一緒にクッキーを焼いたこともあるし、平民となってからは、学園に通うまでの間に何度かした。
「じゃあ、いつかブレンダの手料理が食べたい」
「今日じゃなくて、ですか?」
「うん。いつか」
いつか、なんて曖昧過ぎる言葉をジルバルトは繰り返した。
そして子供のような顔で、小指を差し出す。
「ほら、ブレンダ」
「……わかりました」
私も小指を差し出し、ジルバルトと絡める。
「約束ね」
「はい」
大きく頷いて、そっと小指を離した。
「……ところで、ブレンダは将来の就職先、考えてる? 貴族には戻りたくないみたいだけど……」
将来の就職先。私が今考えているのは、やはり。
「研究職――特に天文塔に行きたいと考えてます」
「そっか。ボクと同じだね」
なら……、とジルバルトは続けた。
「天文塔に一度見学に行ってみるといいよ。ボクも一年のこの時期に行ったから」
「見学できるんですね。知りませんでした」
ジルバルトによると、学生証の他に成績証明書を学校で発行してもらえば、見学の許可がおりるとのことだった。
ジルバルトと寮に向かって歩きながら――今日の散歩はやめにした――私は、頭の中でまだぼんやりしていた卒業後の自分について、考え始めていた。
お読みくださりありがとうございます。
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発売日・9月20日
レーベル・TOブックス様
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