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【書籍2巻2/10】感情を殺すのをやめた元公爵令嬢は、みんなに溺愛されています!【コミカライズ】  作者: 夕立悠理
三章

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お姫様

「……ん、ふわあぁ」

 大きなあくびを一つして、起き上がる。懐かしい、夢を見ていた。

――リヒトお兄様は、いま、どうしているのかな。

 浮かんだ考えを、頭を振って追い出した。

 私は、公爵家から勘当された人間だ。私に気にされても、困るだろう。


 そういえば、まだ明るかったし休憩するだけのつもりだったから、カーテンも閉めずに眠ってしまっていた。

 窓からは、月の光が差し込んでいる。


「……綺麗」

 今日は満月のようで、とても明るい。

「外に、出てみようかな……」

 考えてみれば、この学園に来てから、夜の散歩をしていない。それは、門限があったからだけど、この夏季休暇中は門限はないらしい。


……こんなに明るいんだし、女子寮の周りを歩くくらいなら、問題ないよね。

 

 部屋着から外出着に着替え、外に出る。

 蛙の鳴き声が聞こえるだけで、あとはとても静かな夜だった。

 ……そういえば。

 蛙で思い出した。女子寮の近くに池があるのだ。

 池の周りは草も切りそろえられていて、とても綺麗らしい。でも、いつも人――特にカップルが多いから、あまりいったことはないのよね。


 でも、今学園に残っている生徒はほぼいないから、独り占めできるかも。

「行ってみよう」

 池までの道は、何度か通ったことがあるけど、夜に見るとまた違った道に見えて、とても楽しい。

 それに、この学園には夜に咲く花も植えられていたらしい。白い小さな花は、とても可憐で、いい香りがする。

その花を眺めながら歩いていくと、あっという間に池に着いた。


「……わぁ」

 思わず歓声を上げる。

 月の光を受けきらきらと輝く水面は、とても綺麗だった。

 学園内でも人気の場所だからかベンチがあったので、座って池を眺める。

 ……とても贅沢な時間だわ。

「……?」

 しばらく眺めていると、誰かの足音が聞こえてきた。それと同時に、荒い息遣いも。

 こんな夜中に出歩いているのが、私だけじゃないなんて。

 不思議に思って、立ち上がりその足音の方に、近づく。

「はぁっ、はあっ……」

 深い紺色の髪。月光の光を受けて輝く、赤の瞳。そして美しい顔立ちは、体がきついのか歪められている。

 ……ジルバルトだ。


「ジルバルト、様?」

 必死に――少し怪しい動きで――走っているジルバルトの名を思わず呼んでしまった。

「!?」

 ジルバルトは、私に気づくと、とても驚いた顔をして――。

「ブレン……!」

 盛大に転んだ。

「ジルバルト様! お怪我はありませんか?」

 慌ててジルバルトを助け起こす。

「……ありがと。怪我も大丈夫」


 お礼を言いながら、恥ずかしそうに横を向いたジルバルトは少し早口で言った。

「でもブレンダ、こんな遅い時間に出歩いたら危ないよ――通りかかったのがボクだったからよかったけど」

 確かに、軽率だったかもしれない。でも……。

「そうですね、気を付けます。ところで――ジルバルト様もなぜこんな遅い時間に走っていたんですか?」

「うっ」

 私の疑問に、ジルバルトは言葉を詰まらせた。そして、しばらくうんうんと唸ってから、観念したようにこちらを見た。


「笑わない?」

「笑いませんよ」

 しっかりと、目を見つめて頷く。

「……うん、わかった。ブレンダを信じる」

 ジルバルトは、大きく息を吐いた。

「ボクは非力なんだ。……といっても男だから、ブレンダよりは力があるとは思うけど――」

 確かに、ジルバルトは全体的に細い。

 でも、それを気にしているとは気づかなかった。


「でも、筋力はないよりはあったほうがいいでしょ? そのほうが守りたいものを効率よく守れる」

「効率よく……」

 なんとも、頭のいいジルバルトらしい言葉だ。

「うん、そう。だから、この時期は、毎年走って体を鍛えるってきめてるんだよね」

「……そうなんですね」

 でも、なんで夏だけなんだろう。それこそ、一年中鍛えた方が、筋肉もつきやすいと思うけど……。


 疑問に思っていると、ジルバルトは続けた。

「でも、そもそも、ボクは運動に向いてないらしくて。一年の頃は、季節を問わず朝に走ってたんだけど――……」

 運動に向いていない?

「ボクの動きがどうも他の人の走り方とは違うみたいで……、遭遇した子たちにとても怖がられたんだ」

 悲しそうな目をしたジルバルトは、はぁ、とため息をついた。

 ……確かに。ジルバルトの走り方は、どこが間違ってるとか指摘はできないけど、何かがおかしかった。


「だから走るのは人目に付きにくい、夏季休暇中の夜って決めてるんだ」

「……なるほど」

 走るのは夏だけだけど、そのかわり毎日自室で筋トレをしているらしい。

「でも、なかなかつかないんだよね、筋肉。……ブレンダだから話したけど」


 形のいい唇に人差し指を当てて、ジルバルトは微笑んだ。

「このことは、誰にも秘密ね」

「はい、もちろんです」

 大きく頷く。誰にだって、他人に知られたくないことの一つや二つあるだろう。

 それを話してくれたことが嬉しかった。

 ジルバルトは、ありがと、と言うと、右腕を差し出した。


「……?」

 この腕は、どういうことだろう?

 意味を図りかねていると、ジルバルトが優しく微笑んだ。

「遅い時間でしょ、女子寮まで送るよってこと。ほら、お手をどうぞ、お姫様」

「っ!」


 ……恥ずかしい。

 頬にかぁっ、と血が上るのを感じる。

 でも、これはジルバルトが悪い。誰だってそんな笑みでお姫様、なんて呼ばれたら、照れてしまう。

 腕に手を添えられずにいると、ジルバルトは噴き出した。


「……ふ、あはははは!」

「あっ、からかいましたね!」

 もちろん、本気でお姫様って呼ばれているわけではないのは、わかっていたけど。

「ごめん、ごめん」

 ……全く心がこもってない!

「でも」

「?」

「間違いなく、ブレンダはお姫様だよ」


 ……どういうこと!? まさか、以前言っていた氷姫とかそういう――……。

 そう口にしようとして、やめる。

 ジルバルトの瞳は、あまりに優しい色をしていた。


「……ボクだけ、じゃないのは気に入らないけど。それでもいいよ」

 それでもいい。

 そう言って笑った顔は、どこか諦めも入っていて。でも、それだけではない強さもあった。

「ジルバルト様……?」

 その表情の意味を知りたくて――、手を伸ばす。

「うん……帰ろう」

 けれど頷いたジルバルトの表情は、いつものものに戻ってしまった。

 ジルバルトにエスコートされて、女子寮まで帰る。

 ……服の上から触れた腕も、その体温まではわからなかった。


 ――ただ、あのときの表情だけが、目に焼き付いていた。



いつもお読みくださりありがとうございます。

皆様がお読みくださるおかげで、本作の書籍が出ることになりました!

発売日は9月20日です!

何卒よろしくお願い申し上げます。

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― 新着の感想 ―
[一言] やっぱりジルバルトの方がお似合いだと私も思います お兄さんがどんな人なのかも気になりますが… とりあえず早く誰かアホクシスの暴走と洗脳に気がついて〜!
[良い点] やっぱりアホクシスよりジルバルトの方がブレンダにはお似合いかと! [気になる点] リヒトお兄様がどんな人か気になる…
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