まなざし
そうして、迎えた放課後。期末テストが近いので、生徒会の仕事はお休みだ。
なので、三年生の教室に向かう。
そこで、丁度クライヴとすれ違った。
「やぁ、ブレンダ嬢」
「こんにちは、アルバート様」
「ジルに用事なら、教室にいたぞ」
急いでいるのか、クライヴは少し早口で教えてくれた。
「ありがとうございます」
私がお礼をいうと、ああ、とひらひら手を振って、去って行ってしまった。
ミランといつも登下校を一緒にしているから、おそらく、ミランの下へ行くのだろう。
……仲良しだなぁ。
そんなことを思いながら、ジルバルトの教室に行くと、席に座っていた。
「――」
夕日が、ジルバルトを照らしている。
淡いオレンジの光に包まれながら、窓の外を眺めているその姿は、息をのむほど、美しかった。
――宵闇の貴公子。
そんな言葉が頭の中に浮かぶ。
二つ名であるそれを、ジルバルトは嫌っていたけれど。
そう女子生徒たちが噂するのも頷ける。
その絵画のような姿に呼吸も忘れて見惚れていると、目があった。
「!」
私を捉えたその瞳が細められ、近寄りがたい美しさを持った少年から、親しみやすい、いつものジルバルトに変わる。
「どうしたの、ぼーっとして。勉強、しに来たんでしょ」
悪戯っぽい笑みを見て、ようやく呼吸を思い出した。
「……ジルバルト様が」
「うん?」
立ち上がって首をかしげながら、ジルバルトが近づく。
「あまりにも美しかったので、見惚れてしまいました」
「っ!」
私の言葉に、ジルバルトが足を止めた。
「……はぁ。本当にブレンダは素直だよね。でも、ブレンダにそう言ってもらえるなら、この顔も悪くないね」
気恥ずかしそうに、頬を少し赤くしてそういうと、ほら、と椅子を引いた。
「座りなよ」
「ありがとうございます」
「……うん」
ジルバルトは小さく頷くと、自分もその隣の席に座った。そして、机を寄せ、机と机の境目に問題集を置いた。
「じゃあ、始めるよ」
「はい、よろしくお願いします!」
「うん。まずはこの問題からだけれど――」
ジルバルトは、丁寧に――分かりにくいところは図解しながら教えてくれた。
……可愛い。
その図には可愛い猫のイラストも添えられており、とても分かりやすいと同時に癒される。
「……というわけで、ここは――」
でも、今回の目的は、ジルバルトのイラストを眺めに来たわけではないので、ジルバルトの説明に集中する。
「……ブレンダ」
「どうしました?」
少しだけ呆れた声に、首をかしげる。
「図に近付きすぎ。目、悪くなっちゃうよ」
はっ! いつの間に!?
ジルバルトの言う通り、集中するあまり、顔を近付けすぎていた。
慌てて、図から適切な距離をとる。
「でも、それだけ一生懸命聞いてくれてありがと。ブレンダに教えるのは、ボク自身も勉強になるから、助かってる」
「いえ、こちらこそありがとうございます」
ジルバルトに教えてもらえてよかった。
苦手な箇所だったけど、得意とまではいかなくとも、それなりにわかるようになった……と思う。
少なくとも、この問題集の問は、間違えずに自分で解けそうだ。
そのことを伝えると、ジルバルトは微笑んだ。
「それなら良かった。じゃあ、帰ろうか。女子寮の前まで送るよ」
「えっ、でも……」
勉強も教えてもらって、送りまで頼むのは、申し訳ない。
「ブレンダとまだ話したいからさ。それに、可愛い後輩を送るのは、先輩なら当然でしょ?」
少しおどけたように言われたその言葉に、思わず笑う。
先輩と後輩。少しくすぐったくもあるその関係は、胸の中を温かい気持ちで満たした。
「では、お言葉に甘えさせていただきます。ありがとうございます、先輩」
ジルバルトと話をしながらの下校は、とても楽しかった。
「おやすみ、ブレンダ。勉強は大事だけど、あんまり根を詰めすぎないようにね」
「はい、ありがとうございます。ジルバルト様も、おやすみなさい」
お別れの挨拶をして、女子寮の扉の前まで行き、ふと、振り返った。
当然、ジルバルトはもう帰っ――ていなかった。
「――」
とても優しい瞳でこちらを見ていた。まるで、包み込むような温かいまなざしに、戸惑う。
……なんで。どうして、それじゃ、まるで――。
あまりにも、自意識過剰すぎる答えが浮かびそうになったところで、後輩、という言葉が思い浮かんだ。
後輩、だから。……なのかな。
ジルバルトは、あまり人を寄せ付けない。それはきっと、知り合った昔も今も変わっていない。
でも、私の味方だっていってくれたり、可愛い後輩といって、こうして送ってくれたり。
きっとジルバルトは一度懐に入れた人に優しい性格なのだろう。
……罪な、ひと。
私だから良かったものの、他の誰かだったら勘違いしかねない――なんて、自意識過剰さは棚において、そんなことを考えつつ。
最後にジルバルトに手を振って、女子寮の中に入った。
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