4話:ルーナ、計画する
「ともかく、お金と体力が必要ね」
私は何度目かの「作戦会議」でテディに告げた。作戦会議、それは私が武道館ライブを見るための、テディをアイドルにするための会議だ。
金銭と健康が何より第一。それは前世の知識と、現世のユーストマ王国、そしてこの「ローズマリーの花束」の世界について私なりに調べた結果から導き出された結論だった。
お金はアイドルを「作る」のに重要な材料である。そして「体力」は、アイドル「作り」──プロデュースとも言い換えられるかも──に私の体が耐えうるために、必要なものだ。例え28歳での死の運命が避けられないとしても、目標を達成するために体調を崩すことがあっては元も子もない。
「はい」
テディは神妙な顔をして頷いた。
この幼なじみの少年が協力的なのは、私にとって何よりも幸いだった。無理やりに計画へ引きずりこんでしまったにも関わらず、彼は変わらず会いに来てくれる。もしかしたら、私の話で彼もアイドルに興味を持ってくれたのかしら? そうだとしたら、嬉しいのだけれど。
不思議なことに、最近は新しい侍女のミミも、私たち二人に協力的なのだった。特別「作戦会議」に口を出すことはないものの、テディが忍び込んでいることも告げ口せずに見逃してくれている。彼女と二人きりになった際に、理由を尋ねてみれば彼女は言った。「お嬢さま、私は『おもしろいこと』が何より好きなんです」と。クールな彼女が見せる何かを含んだ笑顔には凄みがあって、私は思わずドキドキしてしまった。若干怖い。素直で可愛らしかったエイミーとは大違いだ。後から他の使用人に聞いたところによると、ミミはこの屋敷に来る前はロザリー姉さまに仕えていたのだという。
「それで、お嬢さまはこれからどうするんです?」
テディが尋ねる。私は彼を安心させるため、にこりと微笑んだ。
「お金の方は当てがあるの」
ひ弱で外に出ることが少ないといえども、私も貴族の端くれだ。当然、ヌーン家が持つ財産の一部を相続する権利を持つ。
私が懸命に調べたところによると、父と祖父が亡くなった時点で、「ルーナ」には彼らの財産の相続権を持っていた。しかしながらまだ成人を迎えていないため、正式に所有することはできていない。今は、爵位を継いだ兄が妹の分もまとめて財産を管理している。
モルセラ伯爵家の帳簿をこっそり覗いてみたところ、一度は傾きかけた時期もあったようだが、現・伯爵は有能らしく、持ち堪えて大幅な黒字に変わっていた。
姉のロザリーは成人後、結婚する際に持参金として金銭を得た。きっと、サイラスは下の妹も同様の扱いにしようと考えているだろう。でも、成人にさえなってしまえば、当然私が財産を自由にすることができるのだ。兄の意思は関係なく。サイラスが拒否しようとするならば、裁判所に堂々と訴えれば良いのだわ。
この国の法で成人は18歳。あと5年もすれば、そこそこのお金が手に入る。もちろん、大規模なアイドル事業をするには足りないかもしれないが、それまでには私もお金の使い方と増やし方を学んでおくつもりだ。
お金のことは何とかなるとして、これから5年間、勉強と、それから。
「あとは体力だけれど……今後の私が何とかするわ」
「何とかって、何とかなるもんなんスか」
テディは複雑な表情をした。彼はこれまでの13年間の「ルーナ」を見てきている。彼女の病弱さがちょっとやそっとじゃどうにもならない筋金入りなのを十分すぎるくらいに承知しているのだ。「病弱さ」が「筋金入り」なんて変な言葉だけれど。
私はうっとダメージをくらいながらも、笑顔を崩さないよう努力した。
「大丈夫よ。これまでは体の鍛え方が悪かったの。新しい方法を取り入れれば、きっと体も強くなっていくはず」
前世の「私」は27歳OL。まだまだ若いと言われるものの、ハタチ前後の瑞々しさは失われる時分。当時の私は美容と健康のため、時に4時間にもなるUNIVERSEのライブや舞台に耐える体を作るため、食事や運動には結構気を遣っていたし、知識もある。前世の記憶は全て持っているわけではないが、知識はそれなりに備わっている。育ち切った20代後半と成長期の13歳の体は全く異なるとはいえ、無理をしないトレーニングなら今世の私にもできるはず。
まずは、ラジオ体操から始めるつもり。
「まあ、無理だけはしないでくださいね」
「もちろん、任せなさい!」
「やっぱり、心配だなー。ま、いいや。それで……オレの方は、どうすればいいですか?」
テディは澄んだ瞳で私を見つめる。明るい緑の瞳はやっぱり、宝石みたいに綺麗だ。テディのイメージカラーは緑にしよう、と私は固く誓った。
「まずは、テディも私と同様健康を大事にしてね。とはいっても元から丈夫だし、あまり心配はないだろうけれど。今は成長期だから体もどんどん大きくなるだろうし。美容には、ちょっと気を遣って欲しいな。そばかすは全然かまわないけど、シミになったら少し困るわ。傷も、特に顔には作らないように」
「は、はァ……がんばります」
テディは頭をぽりぽりと掻く。
「そう、それ!」
「はい?」
「そういう、言葉の訛りやちょっとした仕種を、直してほしいの」
私はテディの手をぎゅっと握った。「ルーナ」お得意の、頼み込むときの仕種だ。前世の記憶を取り戻した私にはちょっと子どもっぽく感じられなくもないが、体に染みついた癖はそう簡単に治らない。
「そんな訛ってます、オレ?」
少しショックを受けた様子のテディに、私は慌てて「そこまでは」と首を横に振った。
「お祖父さまほどではないわ」
「やっぱ訛ってるンですね……オレ、半分じいちゃんに育てられたものみたいだからなァ」
両親が屋敷で共に忙しく働いていたせいで、テディたち兄弟は引退した祖父に育てられた。彼はもともとモルセラよりさらに南部の地方出身だったらしく、言葉にきつい訛りがあるのだ。
前世の「私」の世界では、当然、訛りのあるアイドルもいたし、むしろそれがチャームポイントになることだってあった。私だって、テディの話し方は嫌いじゃない。けれども、今世の──「ローズマリーの花束」の世界では、訛りは「下々の者の言葉遣い」として好まれない傾向にある。それって、おかしな考え方だとは思うけれど、今はそうとも言ってられない。これからアイドルになるならば、できるかぎりマイナスイメージを持たれないようにはしなくちゃ。
「あ、あと、そうだわ」
「なんですか?」
「もしも、テディにこれから好きな人ができたら教えてね。アイドルは……何ていうのかな、人に『夢』を見せる存在だから、恋愛とか生々しいものはなるべく見せない方向がいいのかなと思うのよね。私は恋愛平気派だけど、幻滅するっていう人もいるし……あ、テディの気持ちに制限をかけるつもりはないし、なるべくお前の希望に沿うようにするから、安心して。不安要素を把握しておきたいだけなの」
私の言葉に、テディは複雑な表情を浮かべた。
「ごめんなさい、嫌だった? 名前を教えてくれなくてもいいの、できたら『できた』とだけ言ってくれれば……」
「いいえ」
テディは首を振り、小さくハァ、とため息を吐いてから、困ったように笑った。
「大丈夫です。好きな人なんて……できるわけないスから」
私は首を傾げた。テディは微笑んだまま、その言葉の続きを話すことはなかった。