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五分ほど全力疾走すると、主の息が切れてきた。


それでも、先程の家から少しでも離れたかったのだろう。足歩を緩めながらも、決して足を止めようとはしなかった。


幾度も角を曲がり、主は前に進み続ける。執念深く腕を振り上げるたび、吾輩の体は軽々と翻弄された。


今現在、吾輩は子供向け玩具に擬態している。邪宗亭が現れるまで力を温存するためだ。吾輩の神聖術はいささかも衰えていない……、はずだ。


主は導かれるように公園に辿り着くと、ベンチに身を投げ出すように座った。


先客の親子連れが遠目から主の陰口を叩くのが目に入る。主がそちらに顔を向けると、何事もなかったように彼らはその場を離れた。


吾輩を兄に託そうとした真意が知りたい。主はどうしてしまったのだ。


主の足下にボールが転がってきた。それを追うように、三歳くらいの男の子が主の前に立った。男の子はきょとんとした顔で主を見つめている。


主はボールに手を伸ばすことなく、座ったままだ。瞬きもせず、息を殺している。まるで、狩りを狙う捕食者だ。それに加え、主がバックの中で掴んでいるのは、吾輩ではなかった。


ずっと気になっていたのだ。トートバッグの中に、吾輩以外に物が入っていたのが。主が握り締めて離さないそれが、今や厭わしくてならない。布が巻かれた刃物を一体何に使うのだ? 主よ。わかった、主の職業は板前か何かなのだな。そうでなくば、辻褄が合わぬ。呼吸を整えろ、血迷ったか。子供は敵ではない。吾輩を掴め、主よ、頼む。


「こらー、裕也ー!」


子供の母親らしき女が血相を変え、走ってきた。その瞬間、主は手をトートバッグから引っ張り出し、膝の上に置いた。


「知らない人の所に行っちゃ駄目って言ったでしょ。まったくもう。うちの子がお騒がせしてすみません。ほら、裕也も謝んな」


女は紫色のスポーツジャージを着て、小麦色の肌をしていた。母親と呼ぶには幾分若い。声は大きく張りがある。派手な身なりとは裏腹に折り目正しく、誠意が感じられた。小さな分身もそれに倣う。


主は気圧されるように無言で顎を引いた。


「あれ?」


女は薄い眉を持ち上げ、主の顔をまじまじと見た。主もまた何かに気づいたように見返した。


「もしかして先輩、じゃないっすか?」


確信を含んだ声で、女は吾輩の主を呼んだ。

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