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通話を終えた吾輩の主は身なりを整え、電車に乗り込んだ。
吾輩は折りたたまれてトートバッグの中に鎮座している。何処に向かうつもりなのか全く検討もつかぬ。
主の顔は、相変わらず憂鬱を絵に描いたように深刻だ。懸念があるのならそれを払いたいが、今の吾輩は無力だ。何とも歯がゆい。
寂しい田園風景の中を電車は猛進する。主はいつしか体を傾げ、睡魔に見舞われた。疲れているのか。電車内の他の乗客も皆、今にも崩れそうな体勢で眠りこけておる。邪宗亭の影響下にあるとしたら捨て置けぬが、今の吾輩にはなす術がない。
電車がどこかの駅で停車した。赤子の乗ったベビイカーが乗り込んできて吾輩の前に止まる。電車が出発して間もなく、赤子が泣き出した。母親は肩身の狭そうにあやしているが、泣き止みそうにない。
吾輩の主はというと、震源の前にあっても変わらず熟睡しておる。
赤子は泣き止むどころかいよいよ憤懣の色を濃くし、吾輩も悠長に構えていられなくなった。
なぜなら赤子の乳くさい手が吾輩に伸びようとしていたのだ。これはまずい。吾輩の体は神聖術によって支配されている。神聖術を使えぬ者が触れれば火傷どころでは済まぬぞ。赤子よ、頼むから触れてくれるな。くっ、間に合わぬ。
赤子は吾輩の腹にある突起にそっと触れた。その瞬間、吾輩は七色の輝きを放ち、古の姿を取り戻す。
「ロンギヌス アルティメットモード!」
予期せぬ神聖の解放に騒然となる車内。中でも顕著だったのは主である。
「す、すみません」と、誰彼構わず頭を下げ、車両を移動し始めた。おい、主よ。まずは吾輩を一旦収めぬか。慌てすぎだ、たわけ。
まあよい。邪宗亭によって眠らされていた人々は目覚めたし、赤子も笑顔を振りまいている。
久方ぶりの神聖術の行使は不安があったが、吾輩もまだまだ捨てたものではないらしい。




