五話
「どうなってんだこりゃあ!」
三船は儀同会が塞いでいるという広場にたどり着いて早々、無秩序に騒乱の起こっている有様に声を荒げる。乾の情報では戒厳令が出されるのはもう少し後になってからのはず。それなのに男たちの目は血走っており、一般人とそうでない者の区別がつかない状態で暴力が振るわれている。
「おい! これはどういう状況だ。どうしてお前らがそんなに暴れている。刑部は見つかったのか!?」
「うるせぇ! こちとら女をぶっ潰さなきゃ収まりがつかね、え……あ、み、三船さん。へへ、すいやせん。つい頭に血ぃ昇ってたもんで」
怒鳴り返した相手が街の顔役であったことに気づいて男の語気が尻すぼみに弱くなっていく。
しかし、そんな瑣末なことに構っている余裕は三船にはない。
女、女と言ったか。脳裏に先程の女子高生の姿が浮かぶ。見回してもこの騒ぎだ。いたとしても見つけることは難しいだろう。
「ええい、細かいのは後だ。お前ら警察の連中を足止めしているだろ。どこだ!」
「へ? サツですかい? さ、さぁ? 俺は朝になってから招集を受けた組ですので詳しいことは……」
役に立たない男に三船は舌打ちをする。用がなくなったとはいえ、このまま返しては再び暴動に加わる恐れがあるため、三船は男の腹に当身を食らわして静かにさせた。「なんでぇ?」と、小さく聞こえたが気にしない。
「参ったな。こう騒ぎが大きくなっては収まるもんも収まらねぇぞ」
焦燥感に背中を嫌な汗が流れる。見た目からは想像出来ない繊細な心の持ち主でもある彼は、傷つき倒れている裏の世界とは縁遠い格好の彼らに胸を痛めた。
土埃を巻き起こすほどの人の動きの中、街の重責を担う大男は途方に暮れる。立場上、どこのグループにも肩入れをすることがないため、ここで声を張り上げても儀同会の面々は言うことを聞いてくれるかどうか。中には今後のことを考えて手を止めてくれる者もいるだろう。しかし、理性を失っている者は単純に直属の上司の力にのみ従う。
だが、例外は存在する。どこの所属であろうと言うことを聞くしかない集団がある。
「だから、何としても鏑城と接触せにゃならんっていうのに……」
上で黒い結びつきがあろうとも、下っ端には警察の威光は十分に効く。だから、彼らの力を利用してこの場を散らせたいのだが、儀同会も馬鹿ではないらしい。先手を打って、現場に介入できないように離れた場所で足止めをしているのだ。
「さすがに令状がなければ踏み込めないか。だから、俺が内から招いてやらねぇと」
そう呟いた時だった。後ろから誰かが自分の名前を呼ぶのを聞いた。
「おーい、三船ちゃん。んなとこに突っ立ってっと広場のモニュメントみてぇで邪魔くせぇぞ」
軽薄な口ぶりの男に三船は顔を歪めると同時に、事態を解決する光明が見え複雑な気持ちになる。
紫堂剣獅。見た目のかみ合わなさでいえばこの男も相当だ。名前もそうだが、無精ひげをだらしなく生やし、もじゃもじゃ頭が落ちぶれたホストのようだ。シャツを開けて胸元を晒しているこの男が警察官と言って誰が信じるというのだろうか。
「紫堂か。丁度よかった、鏑城と連絡を取りたかったところなんだ。どうにかならないか?」
「おいおい、出会ってすぐ他の奴の話かよ。せっかく会ったんだからどっか茶店にでも入って会話に花咲かせようぜ。勿論お前のおごりでな」
周囲の騒ぎなどどこ吹く風で紫堂はヘラヘラとした顔を見せる。
刑事でありながら状況を考慮しない発言に三船は眉根を寄せて不快感を顕にするが、ここはぐっとこらえて出来るだけ言葉だけでも平静さを取り繕う。
「勘弁してくれ。この惨状が見て分からねぇのか? 最悪だ。どうにか警察の力で沈静化できないだろうか」
「あー、どうでもいいんじゃね。どうせ死人が出ても住所不定の違法民どもだろう? わざわざ俺たちの手を煩わしてどうこうしなくてもそのうち静かになるさ。ま、そんときゃどんだけこの街の人口が減ってるか見ものだがな。いや、変わんないか。なんせ、マトモに住民登録されてねぇんだ。カウントされてるわけがねぇ」
下品な笑いとともに紫堂はジャケットの内ポケットからタバコを取り出して火をつける。先端がほのかに灯り、美味そうに煙を吸う姿は不良警官を絵に描いたようであった。
「三船ちゃん、悪いことは言わねぇ。どうせ救えるのなんて自分の手の数しかいないんだ。自分の身削って、東に西に走り回って、無理をしてまで助ける価値のある奴が一体どれほどいるよ。そんなことしてっと本当に大事なもんを取りこぼすことになる。だから、その手はいつか命を賭けてもいいと言える奴が出来るまで残しておきな」
「……それでも俺は守りたい。街の顔役ってのもあるが、それ以上にこの街に育ててもらった恩を返したいんだ」
真っ直ぐに見つめる目が眩しい。自己保身に走るようなひねくれた人間には三船の一本気なところが理解できず、普通は関係に距離を置く。されど、この男は違う。
まるで新しい玩具を見つけた子供のように瞳を鈍やかに輝かせて、三船のむき出しの腕に点けたばかりのタバコを押し付ける。
「ククク、いいねぇ。いいよ三船ちゃん。それだ。その気炎に満ちた目! はぁ、俺ももっと若かったらなぁ……ああ、いや、今は今で存分に楽しんではいるんだけどね」
喉を鳴らして忍び笑いをする紫堂に三船は強く出ることができない。自分の肉を焦がす臭いに顔をしかめるが、目の前の悪魔の機嫌を損なわないように気丈に振る舞う。
「それで。鏑城とは連絡出来るのか」
「あ? ああ、オーケーだ。俺についてきな、案内してやるよん」
ニヤケ面をそのままに、紫堂はほとんど吸っていないタバコをその辺に捨てて、警察を足止めしている場所に三船を導く。下っ端とはいえ、儀同会の構成員でさえ知らなかった情報を知っているあたり、この男の底知れなさが伝わってくる。
警察官でありながら街の人間寄りの紫堂は、例えるならどっちつかずのコウモリのような人間であると言える。しかし、その情報網と裏の繋がりは決して侮れるものではなく、ある意味街を賑わしている刑部翔眞よりも質が悪い。
「そうだ。三船ちゃん、最近目つきの悪いじょしこーせー見なかった?」
唐突に、紫堂は三船のことを振り返らずに声をかける。
その内容に心当たりがあったが、相手の悪辣さを考えここは黙っていることにした。
「知らないかぁ。ま、いいや。どうせそのうち会えるか……ほい、ここだよ。この店の中で鏑城君御一行が律儀に待機しているよ」
そう言って指し示されたのは街の出口近くの飲食店だった。広場とは少し距離があったが、人の叫び声が聞こえない位置ではなかった。
「感謝する」
一言告げて、三船は早速店の中に入る。
そんな彼の姿を見て紫堂はやれやれと肩をすくめる。それなりに長い付き合いになるが、三船の目的に一直線なところは紫堂にとって渇いた日々の癒しでもあった。
「せいぜい気張りな。さてと、俺は石間のジジイのとこに行って戒厳令を取り下げるようにお願いしてきますかねぇ」
三船が無理と諦めていた上との交渉を紫堂は事も無げに言う。
彼の紫堂に対する評価はだいたいのところで合ってはいたが、一つだけ決定的に間違っていることがあった。それは、紫堂が「どっちつかず」どころか「どっぷり」と街の中枢に関わっていることである。
「お? あれは……」
紫堂が視界の端に映るビルに愉快な人物がいることに気づく。
それは、刑部と邂逅する前に一度下の様子をうかがいに縁まで赴いた凜音であった。すぐに姿が見えなくなるが、紫堂はハッキリと彼女の存在を確認した。
「なんだ、いるじゃないか。どうやら無事現界出来たようだ。と、なると……ああ、なるほど。これは彼女が起こした騒動か」
紫堂は自分の想定以上の騒ぎになっている広場の惨状の原因に見当をつけた。そして、それは正しく。彼女の性質がこの世界にて予想通りの変化をしたことに満足げに頷く。
これで、第一段階は突破した。後は刑部翔眞がどこまで世界をかき乱すことが出来るかにかかっている。
この先に待っている更なる混沌を思い、悪事に手を染める警察官は一人ほくそ笑むのだった。




