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三話

「うわぁ、バカっぽそうな男がわらわらと。しかも、なんかオレに向かって卑猥なことしてる奴までいるしサイアク」


 凜音は街の出入り口近辺の広場で足止めを食らっていた。三船の言うとおり儀同会の面々が目を血走らせて、関所のように行く人々に睨みを利かせては理由をつけて外に出ることを許さなかった。そのおかげで仕入れの業者や街の人間で溢れかえり、大変な混み具合となっていたのである。もし、無理に突破しようものなら各々が持ち構えている凶器で地面を血で濡らすことになりそうだ。


「おい、そこの女。こういう男を見なかったか」


 比較的マトモそうな男がスマホに映る男の姿を見せつけてくる。

 しかし、凜音はそんなことに興味を示すはずがなく無視をする。そのことが周囲の三下どもを苛立たせるが、男は努めて冷静に言葉を続ける。


「俺が良くてもコイツらが黙っちゃいないぞ。おとなしくコチラの言うことを聞くんだ。痛い目には遭いたくはないだろう?」


「んなまだるっこしいことより身体に聞いた方が早いんじゃねーの。よく見りゃ結構な上玉だぜ」


「そうだそうだ。ヤらせろヤらせろ」


 誰かが凜音を揶揄(やゆ)すると他の男たちも同調するようにはやし立てる。周りには一般人も何人かいたが、騒ぎに巻き込まれないためにも皆凜音から離れていった。その()()()()()反応に微かに表情を曇らせる彼女に気づいた者はいない。

 勿論、彼女としても脅しに屈するつもりはない。が、流石に人数が多すぎる。ここで大立ち回りをしようものなら負けることはなくとも疲れることになりそうだ。凜音は嫌な顔を隠すこともなく突きつけられたスマホを渋々見ることにした。

 そこにいたのは黒髪に爽やかな笑みの張り付いた整った顔の青年だった。隠し取りされたものなのか雑踏の中を歩いている姿で、視線はどこか遠いところを見つめていた。

 凜音のタイプではないが、女ウケのしそうな容姿はイケメンと評しても問題のないほどで、彼が一体何をしてこのブ男どもに追われているのか興味が出てきた。


「知らねぇな。コイツ、何したんだ?」


「ちっ、お前が知る必要はない……いや、待て。何でこの街にいて奴のしでかしたことを知らないんだ。そもそも、お前ここいらでは見ない顔だな。どこから来た」


 そう言って不躾にジロジロと凜音の顔、胸、腰にスカートから伸びる生足を見つめる。スタイルと顔に自信のある凜音だったが、舐めるような視線の不快感に鳥肌が立つ思いだったので、反射的に足裏を相手の股間にめり込ませてしまった。


「――っっっっっっっっ!!!???」


 声にならない悲鳴が男の口から漏れる。他の男たちも思わず自分のモノを守るかのように手をあてがっていたが、凜音の行動にすぐに頭が沸点に達し、口々に汚い言葉を撒き散らしながら彼女を囲み始める。


「てっめぇ! ナニふざけたことしてんだ! ブチ殺すぞ!」


「いいや、徹底的にヤり尽くしてガバガバにしてやんぞ!」


 中には我慢できずにズボンを脱ぎ始める者もいて、あっという間に広場は様々な理由で地獄絵図と化す。

 その有様に凜音はぐったりとした恨み言を吐き、彼らを迎え撃つべく構えを取る。負けるつもりは毛頭ない。手加減などするものか。男なんて所詮下半身でしかモノを考えられない犬畜生だと彼女は考える。だから、これは害獣駆除みたいなものだと唇を歪ませて飢えた獣の如く気持ちを昂ぶらせる。


「さて、どいつからぶっ潰してやろうか」


 彼女の売り言葉を発端に一斉に飛びかかる男たち。喧嘩に自信のある者は距離を取っていたが、焦点の怪しい中毒者(ジャンキー)や本能に任せて動く雑魚は相手が女と侮って無警戒に彼女の領域(レンジ)に入り込む。


「――ホントに、バカばっかだなぁ。テメェら」


 スイッチが――入る。


 瞬間、凜音の姿が彼らの視界から消えて辺りに動揺が走る。放たれた弓矢のように神速の域に達する彼女の動きに誰もついていくことができないのだ。それはまるで獰猛な肉食獣が逃げ遅れた小動物を蹂躙している光景を連想させた。

 無駄のない一撃は次々と儀同会の下っ端たちを昏倒させていき、女を犯せる喜びに下卑た笑みを浮かべていた男たちはすぐに真っ青となる。想定外の強者。しかも、か弱いと思っていた女に完膚なきまでに叩きのめされる現実はにわかに信じることを困難にしていた。


「お前ら気をつけろ! コイツ、『ナイトシーカー』かも知れないぞ!」


 最近街に出没している通り魔の名前を出して注意を促す者もいたが、喧騒に紛れて誰の耳にも入らない。一人、また一人と倒されていく中で焦りと恐怖で正常な判断が出来ずに怒号は大きくなるばかりである。


「畜生! どうなってんだ。本当に人間かよ!」


 スラリと長い足から放たれる閃光の如き蹴り。棒のように突っ立っている男を縫うように駆けては、急所を的確に突く拳。伸ばされる手を躱すように重力を感じさせない軌道の跳躍。そのどれもが逢坂凜音の身体能力の高さを物語らせていた。

 戦いを楽しむように、人を殴ることが快感とでも言うように。口角を上げて嗤う彼女はまさに悪鬼のようで、その姿に恐れをなした男どもは次第に動きを鈍らせていく。


「おい! そっちに行ったぞ!」


「バカ、いきなり下がるんじゃない! 女一人にいつまで手こずっていやがる。さっさと掴んだり押さえつけるなりして動きを封じちまえ!」


 誰かの指示が出されたとしても烏合の衆である彼らが素直に耳を傾けるとも思えない。夜通し下手人を探し続けていたことの疲労に、数ばかり集めたせいでマトモな指令系統の働かない彼らが凜音を捉えることは不可能。


「この、ちょこまかと動きやがって!」


 ヤケを起こしたように口角泡を飛ばしながら迫る男が凜音に向かって大きく腕を振るうも、あっさり彼女は上体を反らすだけで躱す。そして、反動をつけて体を起こしながら空を穿つように右腕をつき出して男を明後日の方向へ吹き飛ばした。


「おいおい、なんつぅパワーだよ。ほんとに女か? 石間さんとこの魔女並じゃねぇか!」


 どこにそんな力があるのか。凜音の細腕から繰り出される怪力に思わず感嘆の声が漏れる。

 人間の限界を超えた力は、脳のリミッターが外れでもしているのかと思わせるほど豪快で遠慮がない。それも、見た目華奢な女子高生が体格のいい男どもを圧倒しているのだから、陳腐な願望を上乗せした漫画(コミック)やファンタジー世界を描いたゲームの中の出来事とでも言われた方がまだ信じることができたであろう。

 このまま彼女によって全員地面に()(つくば)らせられるかと思われたが、それでも快刀乱麻の活躍にもいつかは限界がくるもの。やはり彼女が最初に心配していた通りに、一人で相手取るには()()数が多すぎた。


「チッ、にしても数が多すぎだろうが。大したことがないくせに面倒ったらありゃしねぇ。キリがないし、業腹だが一旦離れるか」


 そう判断すると、凜音は迷いなく近くの建物の中に逃げ込む。ただでさえ儀同会に足止めされていた街の人間でごった返していたのだ。戦闘の影響で一般人が遠巻きにしていたとはいえ、それでも男たちの目くらましには十分過ぎるほど周囲には人の垣根が出来ていた。そうして、彼女の姿は人ごみに紛れるようにして、あっという間に男たちの視界から消えた。


「……さ、探せぇ! 何としてもあのアマを見つけ出してこの落とし前をつけさせろ!」


 戦いの口火を切ったくせに簡単に戦闘を放棄した凜音に馬鹿にされたと感じたのか、一人のガラの悪い男が彼女に対して怨嗟の声をあげた。それに呼応するように男たちの唸り声が街中に響く中、一連の騒動を上から眺めていた者がいる。

 所々剥げた壁が建物の老朽化を感じさせ、この騒動であっても静けさを残す場所。広場からさほど離れていないところにある寂れたビルには正体不明の事務所やテナント募集の看板が提げられたドアがいくつもあった。そこは街の様子を伺うには絶好の場所で、()()は事態の動向を探るべくここで儀同会の動きを観察していたのだ。


「――やっと来たのか。嗚呼、これでようやく面白くなりそうだ」


 愉快そうに笑うと、彼は凜音の逃げた先を予測してその場を後にする。黒いアウターを翻す姿はまるで不吉を伝える死神のようで、事実この騒ぎの元凶でもある彼は世界を潰そうとする破壊者であった。


「さぁ、始めようか。終焉に向けて。このクソったれな世界を終わらせるために」

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