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十一話

 凜音たちが去った後の広場。

 儀同会の男たちはすぐに彼女たちを追おうと息巻いていたが、三船が待ったをかけていた。


「待て、お前たち。あの女を追いたい気持ちは分かるが、少しは頭を冷やせ。ロッソが死んでしまったのは悲しいことだが、俺もそれに一枚噛んでいることを忘れるな。女を恨むなら俺も同じように恨まないと道理が立たねぇだろうが」


「し、しかし……」


 近くにいた痩せぎすの男が三船の言うことに異を唱えたい表情を浮かべるが、彼の威圧に満ちた態度が喉まで出かかった言葉を飲み込ませた。凜音からはオッサンと侮られ、鏑城からは優しすぎる悪党と呆れられている三船だが、他の者から見たら三船は数々の逸話を残してきた伝説の男なのだ。誰も彼に文句を言える人間はおらず、故に顔役として街を任されるようになったのだ。


「ロッソの様子がいつもとおかしかったのに気づいた奴はいないか」


 三船の問いかけに男たちは口々に普段からおかしいという声が上がる。

 ある意味予想はしていた返しに、三船はそうじゃねぇんだよと頭を掻いて彼らを一旦黙らせる。


「何か変わったクスリに手を出したとか、誰かから何かもらったとか言ってなかったか? 今の戦いぶりを見て、いつも以上に頑丈だったことに不思議に思った奴はいないのか? 空からあんな重たい一撃食らってんのにすぐに起き上がるなんざ、いくらロッソでも無理だっただろうが」


「三船さん、そもそも空から女が降ってくること事態おかしいんですが……」


「あーうん。それはそうだ。でも今はあの女のことは置いておけ。万が一身内に妙なクスリが出回っているとなると、儀同会だけじゃなく鳳の方にも迷惑がかかる。まずはそっちを洗ってからじゃねぇと、内側から崩されて女どころじゃなくなるぞ」


「それこそ刑部(おさかべ)の野郎の仕業じゃねぇんですかい。会長をヤって、クスリを流して。鳳グループに対しての敵対行動。全部辻褄が合うし、間違いない」


 同じ考えの者が他にもいるようで、次々と同意を示す頷きや継ぎ足しの意見が出始める。

 確かに今までの刑部翔眞の行動は全て街の運営に関わっている人間を標的としてきていた。しかし、ロッソは違う。奴は儀同会の構成員というだけで、幹部でもないただの下っ端の一人だ。今更足元から崩すような(こす)い手段を取るとは三船にはどうしても思えなかった。


「それだったら、本来の目的通りに奴を探さねぇかい。この人員も元は奴の捜索に駆り出されたメンツのはずだぜ。同時に二つ以上のことをしようとするな。まずは一つ仕事を完遂させてから事に当たれ」


 思えなかったが、場を収めるためには自分の考えとは異なるものであっても認めて行動を起こさせるしかない。三船は儀同会の構成員たちに持ち場に戻るよう発破をかける。

 何人かは納得がいかないのか、すぐにはその場を動かなかったが、所詮は頭を使うより体を動かすことしか取り柄のない人間の集まり。やがて、自分ではどうしようもないことを悟ると、緩慢とした動きで散り散りに広場から離れていく。


「いいか。ロッソに関しては俺にも原因がある。だがな、そもそもアイツが正気を失っていなければこんなことにはならなかった。そのことをよく考えて、きっかけとなった刑部にきっちり責任を取らせるべく必ず見つけ出せ!」


 ダメ押しのように念を押すとやる気のない返事が聞こえてくるが、まずは上手く誤魔化せたことにホッと安堵の息を吐く。そこそこ上の立場になってから身につけたのは、こういう()()()()に采配する力ばかりだと嘆きたくなった三船は重い気持ちで横を見る。そこにはロッソの死体があり、まだまだ解決すべき問題が山積みなことに頭を抱えたくなった。


「クソッ、肝心なときに鏑城のバカがいねぇときた。何が敏腕の刑事だか、目の前で殺人事件を許してんじゃねぇよ」


「誰がバカだ、この木偶の坊」


「あ? おまっ、今までどこに行ってやがった!」


 冷淡な声に振り向けば、そこにいたのは何故か息を荒げている鏑城と彼の部下たちであった。

 急いでここに来たのか、スーツやネクタイは乱れておりいつものスマートさは影を潜めて妙な感じがした。


「それはこちらが聞きたい。気がついたら、お前と会った()()()()()()んだからな。一体どうなってる? 俺だけじゃない、他の奴も同じように広場の騒動の中にいたと思ったら先の場所に戻されていたんだからな」


「先輩はまだいいですよぉ。自分なんて儀同会が使ってる公堂ですよ? 気まずいったらありゃしない」


 鏑城の相棒の笹倉が情けない顔で文句を言う。彼らが何を言っているのか三船は全く理解が出来なかった。人間が唐突に別の場所に移される? そんなことが実際に起こりうるわけがない。


「嘘なものか。俺だって何が起こったか分からず取り乱しもしたさ。なんせ、子供を救出しようと駆けている最中に店の中だからな。まるで目に映る光景がテレビの画面のように切り替わったようで気味が悪い……それで、どうなった? 見たとこ騒ぎは収まったようだが」


 自分の身に起こった超常現象などどうでもいいとばかりに、鏑城は話題を騒動に戻す。三船は釈然としなかったが、彼らも説明しようにも何がどうなっているのか分からず頭を傾げているのを見て追求するのを諦めた。


「どうって……ご覧の有様だよ。最悪だ。人死が出ちまった」


「――ッ」


 鏑城がロッソの死体を見て眉根を寄せた。それは死人を出してしまったことに対する自分への憤りであった。悪人であっても、自分が訳のわからない事象に巻き込まれてしまって助けることが出来なかったと思うと、やるせなさで拳をキツく握る。


「子供は?」


「それなら、あの女子高生が連れて行った。ああ、留めておかなかったのは儀同会の奴らが黙っていないだろうからな。逃がさせてもらった……だが、それ以上にマズいのは、その死体を作ったのがお嬢ちゃんだってことだ」


「なに!? お前、まさか――!」


「勘弁してくれ。俺だって予想外だったんだ。ロッソの野郎が頑丈だから、まさかあんな簡単にぽっくり逝くとは思わなんだ。それに、お嬢ちゃんも凶器を使うなんて……まぁ、何と言おうが俺の失態であることには変わりない。どうする、逮捕するか?」


「いや、その理屈でいくと俺も同罪だ。肝心な時にこの場にいなかったんだからな。しかし、本当にどうなってやがる。あんなの普通ではありえない。出来の悪い空想の物語の中のようだ」


 鏑城が忌々しそうに己の身に起こった異常事態を吐き捨てる。しかし、それに対して誰が責められようか。少女を救おうと近づいた瞬間、別の場所に飛ばされるなんて予想も対処も出来る訳がなかった。


「連中には刑部の仕業であるように言った。実際はどうだか分からないが、まぁアイツもそれに見合うだけのことをしでかしてきたんだ。ある意味本望だろうよ。上の方まで通用するかは分からねぇが一先ず儀同会に関しては気にする必要はない」


「だから俺が責任を感じることはないと? それとこれとは話が別だ。警察官として人命救助もろくに行えず、あまつさえ死人を出したとあっては十分に責任問題だ。本来ならこのまま処分を待つ身ではあるのだが……」


「待ってください先輩。どう考えても今回のは仕方がないじゃないですか。あんなのどうやったって防ぎようがない」


 笹倉の言葉に鏑城は首を振って否定する。


「だが、八重樫(やえがし)の親父は臨機応変に対処したと聞く。店に戻された者がほとんどだったが、お前のように別の場所に飛ばされた奴も何人かいた。それがこうしてスムーズに集まることができたのは異変に勘付いた親父が迅速に人を使って呼びかけてくれたおかげだ」


 鏑城はベテランの刑事の冷静な行動に感服してらしくない顔を見せる。

 犯人を闇雲に追うだけが刑事の仕事ではない。そのことをまざまざと見せつけられたような気がして、自分の未熟さを呪う。


「それでも事件を投げる気はないんだろう?」


 三船の問いかけに鏑城は一瞬驚いたように俯いていた顔を上げるが、すぐに不敵な笑みとともに大きく頷く。後悔などいつでも出来る。しかし、事件を追うことは今しか出来ない。いつまでも地面を見ているわけにはいかないのだ。


「当たり前だ。そんなことをしてみろ、それこそ八重樫の親父にどやされてしまう。今回の騒動、絶対に何か裏がある。それを解決するまでは辞めろと言われても必死にしがみついてやるさ」


「ホッ、良かった。先輩警察辞めないんですね」


 笹倉が安心したように胸をなでおろすが、その油断しきった額に鏑城が容赦なく喝を入れる。


「バカが。俺がそんな簡単に仕事を投げ捨てないのはお前が一番よく知っているだろうに。今度また舐めたことを言ったら相方を変えてもらうからな」


「そ、そんなぁ……」


 相棒同士のやり取りを眺めていた三船は、今のやり取りがかつて鏑城と八重樫の間でもあったことを懐かしむ。今は頼りない笹倉もゆくゆくは鏑城のような敏腕刑事になるのかと期待と疑惑が入り混じって複雑な気持ちになる。


「三船」


「あん?」


 これからの捜査方針を伝えるのか、居住まいを正した鏑城が重苦しい響きを含ませて三船の名を呼ぶ。

 既に面構えは普段の仏頂面に戻り、その切れ長の目には狩人の光を宿らせていた。


この男(ロッソ)の死は俺にも責任はある。だから、まずは刑部翔眞の関係していると思われる鳳グループ会長殺害に関して追うのは一旦保留にしようと思う。どの道、正式な令状もなしに動くことは無理なんだ。でもコイツは違う。紛う事なき()()()の事件だ。訳の分からない異常事態も含めて、コレは誰にも文句を言わせない案件だ」


 そこまで言って鏑城は無言で三船の前まで移動する。

 どこか不穏な様子に、さしもの三船も身構えてしまった。


「――三船、悪いな」


「は?」


「午前十時三十六分。三船泰麒(みふねたいき)、殺人の容疑で逮捕する」


 金属の重厚な音が広場に木霊する。それは自由を奪う繋がれた円環。今後の人生に責め苦を与える罪の象徴。

 呆気にとられる周囲をよそに、鏑城は今後の捜査に必要な準備として悪徳の街の代表である男を当初の予定通りに逮捕したのだった。


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