表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/12

十話

 甲高い音が広場に集まっている人々の間を駆け抜けていく。

 数多の呼吸音、ざわつく言の葉。それら有象無象が混ざり込む中で、()()()だけは特殊な音色を含んで聞き分けることが出来た。

 金属と骨の衝突音。

 それは明確な死の音を奏で、残響際立たせるかのように誰もが口をつぐみ静寂を演出する。


「え? あっ――は?」


 その瞬間を目撃していた人間の戸惑いの声だけが、しんと静まり返る広場で場違いな雑音を生み出す。

 それはあっさりと、あまりにも呆気なく幕切れを迎えた。巨体をゆっくりと倒れ込ませ、『大食らいのロッソ』は何の一言も発することなく限りある命を終わらせた。


「し、死んでいる?」


 お約束の言葉も今は虚しい。

 あれだけ頑丈に暴威を撒き散らしていた大男が、四回建てのビルからの蹴りにも耐え切った麻薬中毒者が、こうも簡単に死ぬものなのかと、にわかに信じ難かった。


「ちょ、ちょっと待て。お嬢ちゃん、その手に持っているものはどうした?」


 三船が凜音の手に持つものを指差して言葉を震わせる。ソレは赤黒い液体を滴らせて、本来の用途とは違う使われ方をして不満そうに輝きを放っていた。


「あ? これか? これは……」


 しかし、彼女はそこで何か思い当たる(ふし)があるのか言葉を途中で切って視線を迷わせる。

 彼女の性格的に相手を叩きのめすために道具に頼るとは考えられない。それならば誰かから武器を渡されたのだろうか。三船は凜音の周りを見渡すが、そんなことをしそうな人間はおらず、いたとしても彼女が素直に受け取るとも考えられない。


「マズイな……部外者が、しかもお嬢ちゃんのような人間が殺したとなると、奴らがどう出るか分かったもんじゃねぇぞ」


 三船は最悪この現場が自分だけだったならば隠蔽のしようもあったのに、と歯ぎしりをする。そんな街の顔役の男の心配とは真逆に事態は悪い方向へ進んでいく。予想外の出来事で止まっていた時間が動き出し、広場にいた儀同会の面々が蜂の巣をつついたように騒ぎ出す。


「あの女ヤリやがった! 俺らの仲間を殺しやがった!」


「宣戦布告だ。血祭りに上げろ! 犯すだけじゃ生ぬるい、穴という穴を塞いで女に生まれたことを後悔させてやる!」


 最初の凜音の煽りとは比べ物にならないほどの怒りが広場の中に充満する。道を踏み外した下っ端であればあるほど妙な仲間意識は強く、たとえその死を悼むことがないにせよ、それに怒りを発する自分に酔いしれるものだ。

 三船は考えを切り替える。ロッソを死なすことになってしまった一因は自分にもある。だが、その事実を彼らは気にしない。あくまで部外者である凜音の存在をどうしても大きく捉えてしまうのだ。


「死んでしまったものは仕方ない。が、そう簡単に割り切れるもんでもねぇな。こんな時に鏑城はなにしていやがる――いや、いなくて良かったのか? チッ、余計に面倒なことになっちまったじゃねぇか」


 凜音はというと、激高する男たちを冷ややかに見て威圧的な態度で立っているだけだ。

 もし、彼らの一部が彼女に戦いを挑んできたとしても彼女は真っ向から受けてたち、今度こそ容赦なく命を奪うだろう。一人殺めたことで、理性のタガが外れてしまっているのかもしれない。だが、現状そうはなっていない。なぜならば、既に彼女の実力は彼らに身を持って知らしめられており、異名を持つ男まで倒したとあっては迂闊に手が出せないのだ。


「……お姉さん。こっち」


 小さな声が凜音を呼ぶ。

 遠慮がちに、何かを恐れているように少女は傲慢な態度を崩さない女子高生に向けて手招きをする。すぐ後ろに広がる路地裏の奥深くへ正体する姿は童話に出てくる妖精のようだ。もっとも、その妖精がいい子であるかは物語の結末を迎えねば分からないが。


「なんでオレが逃げなきゃいけねぇンだよ。向こうが喧嘩売ってくんならいくらでも買ってやる」


「お姉さん、さっき逃げたでしょ。体力ないんだから無茶しないの」


「うぐっ」


 図星をつかれて凜音は言いよどむ。女子高生にあるまじき渋い顔をして、彼女は舌打ちと一緒に少女を睨みつける。透徹の瞳は何も映さず、少女が何を考えているのか読めない。人形のように整っている顔も相まって、その浮世離れした容姿は触れるには畏れ多い禁忌の果実のようであった。

 本能がこれ以上関わるのを拒否している。しかし、状況がそれを許しはしない。このまま広場に居続けるか、少女に従って逃げに徹するか。


「ああもう! また逃げなきゃいけねぇのかよ!」


 苛立ちに髪の毛を毟るが、そんな暇はないとばかりに少女が凜音のスカートの裾を掴んで引っ張る。プライドが邪魔して逃げることは避けたかったが、下っ端ならともかくロッソのように二つ名がついている構成員が複数出張ってきたら苦戦は必至だ。


「こっち」


「はいはい。つか、お前の足だとおせぇからオレに掴まれ」


 少女のペースで逃げても追いつかれるのは目に見えていたため、凜音は子猫を運ぶ親猫のように彼女を持ち上げると一気に路地裏の奥深くに向かって跳躍をする。建物同士の隙間を縫うように、重力を感じさせない軽やかな逃走。あっという間に背後の喧騒が小さくなっていくのを感じながら、凜音は少女にある疑問を問いかける。


「お前は、何でこの街にいるんだ?」


「それは……きっとお姉さんと()()()()だと思う。世界があんなにも残酷だなんて知ってしまったら、私は耐えられない。私はただ、正しいと思ってしたことなのに世界はそれを認めてくれなかった」


 悲痛な叫びではあるのだが、何故か凛音には少女の言葉ほど悲痛な感じを受けることが出来なかった。ここまでほとんど無口でいたのに、これだけは主張したいかのように堰を切ったように話す姿は嘘と虚構に満ちているようだ。


「あっそう」


 だから凜音は話半分で聞き流す。

 ビルの屋上から見た少女の姿があまりにも哀れであったから思わず手を差し伸ばしてしまったが、今にして思えば失敗だったかと唇を曲げる。


「……ちょっと、聞いてる?」


 少女が不満そうに声を尖らすが、凜音は聞こえないフリをした。

 なんというか、面倒くさい。女特有のねちっこさを感じた彼女は、少女が腕の中で抗議の汽笛を鳴らしているのを煩わしそうにしながら後ろを確認する。

 大丈夫、追っ手はいない。それもその筈、常人ならば絶対に出来ないような軌道で逃げているのだ。早々追いつかれる訳がない。


「それでも、距離をあける必要はあるか」


 一度目の逃走の先に妙な男がいたことを思い出し、念には念を入れて痕跡に気をつけて走る。

 あの男、名前を何といったか。凜音は男の名前を聞きそびれたことに気づいたが、どうせこの先会うことはないだろうと男の存在を忘れることにした。


「何か気になることがあるの?」


 少女が鋭く指摘してきて凜音はドキッとした。好みではないが男のことを考えていた手前、無性に恥ずかしくなりぶっきらぼうに何でもないと返す。


「嘘。もしかして男の人のことを考えていたの?」


 何で分かるんだこのガキ。

 凜音は鋭い目つきで少女を見るが、彼女は堪えた様子もなく何が面白いのか嫌らしい笑みで顔を向ける。


「お姉さんも女の子なんだね。不良みたいな格好をしているから、私てっきりタバコとパチンコにしか興味がないのかと思ってた。それで? どっちが好みなんです?」


「は?」


「いや、だからどっちの男の人が好みなんですかって。あの濃い顔のおっきな人? それともメガネが似合いそうなクール系のお巡りさん? うーん、私はどちらも好みじゃないけど、人の好みには色々あるもの。気にしないでアタックするといいよ」


 中学生のような恋愛話に結びつけようとする少女に、凜音は呆れてこれ以上会話をする気力が削がれてしまう。しかも、よりによって候補があの二人のオッサンとあって、凜音は余計に気分を害され少女を抱えている腕にわざと力を込める。


「い、いたぁ――ちょ、ちょっとお姉さん痛い!」


「うるせぇ。そろそろ黙らねぇとそこら辺に放り投げるぞ」


「そんな、まさか二人ともタイプだったなん――うそうそ! 冗談ですって、黙りますから捨てないでください!」


 一度喋りだしてから、少女が最初のイメージとはかけ離れた人物像を見せてきて凜音は困惑する。話したことで気を許したのか、それとも凜音を取るに足らない人物と評価したのか。とにかく、少女は年相応の面倒臭さを発揮し始めたのである。

 そのことに凜音は少女と関わってしまったことを益々後悔するのだが、既に結んでしまった縁はそう簡単に剥がすことが出来なさそうだ。


「ハァ……メンドクサ。おい、お前。名前なんつーんだよ」


「それが人にものを尋ねる言い方? ヤンキーって礼儀も知らないんだね」


「助けてやった時に何も言わなかったお前に言われる筋合いはねぇ。言いたくねぇんなら、お前とはここでオサラバだな」


「ああっ、もうお姉さんってば短絡的だなぁ。はいはい、言いますよ。私の名前ね…………名前?」


「あ? どうした?」


 少女の様子が妙なモノになったことに気づいた凜音が声をかけると、体を僅かに震わせて泣きそうな顔で彼女は言う。ここで初めて少女にマトモな感情が表れる。それまで見せていたおどけたものではなく本当の彼女の感情。まるで起動に時間のかかるコンピューターのように、今更感情がインストールされたみたいだった。


「お姉さん。私の名前って――なんだっけ?」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ