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茜と5人の男ども

「ラクダが、喋った……?」


 眼の前のラクダはじっと茜を見つめていた。


「違うよ。こっちこっち」


 声はラクダの口からではなく、少し上から聞こえてきた。茜が見上げると、彫りの深い濃いヒゲの男性がラクダにまたがっていた。男性は長袖の白いワンピースに身を包み、頭は布に巻かれている。中東・アラビア付近に住む男性特有の格好だ。


「あ、すいません。私ったら勘違いしてしまって……」

「はは、気にしないで。それより、笑顔。笑って笑って」


 男性は自分の両頬を指さして、ニコッと笑う。つられて茜もちょっと笑ってしまう。


「いいね、やっぱり、女性は笑顔が似合うねー」

 

 男性は大声でハハハと笑い、飼い主の声に合わせてラクダもビヒヒヒンと鼻を震わせる。


「お嬢さんは、この辺りの人ですか?」

「ええ、そうですが……?」

「ちょっと道に迷ってしまいましてね、駅までの道を教えていただけ、ますか?」

「は、はぁ」


 ラクダに乗ったまま電車に乗るのだろうかと茜は訝しがったが、それでも彼女は男性に道を教える。


「ファーフィンポ! 分かりました。ありがとう。やっぱり日本の女性は優しいね」


 彼はそう言うと、ラクダを座らせて自分の脚で地面に立ち、茜に近づいてきた。


「ありがとうございます。握手、して下さい」


 茜の返事も待たずに、男性は彼女の手を両手で取る。茜は曖昧な笑顔を浮かべつつ、握手に応じるが、男性はしばらくたっても茜の手を離そうとしない。


「あ、あのー?」

「柔らかい、素敵な手ですね。私、サラーフと言います。お嬢さんの名前は?」

「へ? 茜、です」


 反射的に茜は答えてしまう。


「アカネ、茜。素敵な名前ですね」

「いやー、それほどでも」

「茜。私と結婚する気はありませんか」

「へ?」

「私と結婚して下さい。ダイジョブ。私、すごいお金持ち。絶対、生活に困らせないよ。奥さんも大切にするし」


 茜の目を見て彼は言う。


「え、へ、け、結婚!? 私と!? 出会って5秒で!?」

「そうです」

「じょ、冗談ですよね」

「ラァ。冗談ではないです。私は、本気、ですよ」


 身の危険を感じた茜は立ち上がり、手を離そうとするが、サラーフは手を離さない。


「そんな、出会って、すぐには無理です」

「そんなことない。出会いとは運命。過ごした時間の長さももちろん大事ですが、二人の相性もまた重要です。私は茜と相性がいいと、そう思います」


 ついさきほど、幼馴染に振られた茜は、彼の言葉に振り払う手を躊躇してしまう。


「そ、それでもそんなすぐに返事なんてーー」

「そこの君! 彼女は嫌がっているじゃないか。離したまえ!」


 突然、二人の前に新たに男性が現れた。彼はサラーフの手を掴み、茜から引き離す。


「あ、ありがとうございま……す?」


 茜の返事は尻すぼみになる。新たな男性もまた外国人だったからだ。ブロンドのウェーブがかった髪、同色の眉毛、蒼色の瞳を持ち、スリーピーススーツに身を包んだイケメンだ。歳は二十代前半だろうか。身体も一見すると細く見えるが、肉付きのいい引き締まった体格をしている。


「いや、礼には及ばない。レディが困っているのを見過ごすのは、紳士ではないからね」


 彼はそう言うと、茜にウィンクをした。


「こら、彼女とは私が話していたんだ。横入りはやめてくれ」

「話? 寄り縋る君を彼女が振り払おうとしていたように見えたが……。ーーむ、これはいかん。雨が降ってきた」


 男性はそう呟くと、ジャケットを脱いで茜の頭に被せる。


「濡れるといけない。風邪を引いてしまう。傘はーーしまった。付き人とははぐれてしまったんだ。ひとまず、あの樹の下で雨宿りするとしよう」

 

 そう言って彼は茜を樹の下までエスコートする。彼の動作があまりに自然であったため、茜は促されるままに移動してしまった。


「こらこら、この僕を無視するなんて、いい度胸をしているね」


 サラーフと彼のラクダも樹の下についてきた。彼は頬を引くつかせている。


「君、どこの国の誰だい?」

 

 喧嘩腰にサラーフは尋ねる。


「……今は、忍びで来ていてな。名前は名乗れん」

「そうかい。では名無しの方よ。今は茜と私が話をしているのでな。横恋慕するのは止めて貰おうか」

「話? さきほども言ったが、話しているようには見えなかったよ。ーー今、茜と言ったか?」

「そうだよ。素敵な名前だろ? 僕の奥さんになる女性の名前だ」


 ふふふんとサラーフは見下すように笑う。しかし、名無しの男性はサラーフを無視して、茜の方を見る。


「君は、茜、というのか……?」

「ええ、そうですが?」

「……何ということだ」


 名無しの男性はそう呟くと、考えるように手を顎に当てる。茜は急に態度の変わった男性をキョトンと見ていた。


「茜、そんなことより、さっきの返事を僕はまだ聞いていないよ」


 サラーフが茜と男性の間に割って入る。


「えっと、あの、やっぱり、初対面ですぐ結婚はちょっと……」

「じゃあ、もう少し仲良くなったらいいの?」


 サラーフはじっと茜の目を見て尋ねる。どうして彼が茜と結婚すると言い出したかは分からないが、サラーフの様子は真剣そのもの。少し前の自分と、ちょっとだけ重なって見えた。だから茜は、初対面というだけで彼の好意を否定したくなかった。


「えっと、お友達からで良ければ……」

「いいの? じゃあ、お友達から、よろしくね」


 再びサラーフは握手を求め、茜はちょっとびくつきながらもそれに応じようとしたところーー、


「いや、その話はちょっと待ってもらいたい」


 名無しの男性に止められた。


「何だい、また邪魔しようってのか?」

「すまん。さっきまでと話が変わってきてな。ーー茜。これは真剣な話だと思って聞いてもらいたい」


 男性は真剣な目で茜を見つめる。


「茜。僕と結婚してくれないか?」

「ーーへ?」

「! 貴様もか! だが、しかし残念だったな。茜は初対面の人間とは結婚しないのだ! ハーッハッハ!」

「ビヒヒヒイィン!」


 サラーフが挑発するように笑い、ラクダも嘲笑するように鼻を鳴らす。しかし、名無しの男性は気にもせずに再び茜に口を開く。


「茜。私は、ヨーロッパにある小国、アレストレアの皇子。ブラストニア・フォン・アレストレアだ。そして、私と結婚すれば、君はゆくゆくは皇妃となる。それでも承諾してくれないだろうか」

「……こうひ?」

「皇子だと!?」


 茜は混乱していた。サラーフの結婚の申し出を何とか処理した後に、同じような申し出が飛び込んで来たのだ。しかも今度の相手はどこぞの国の皇子である。彼女の頭はショート寸前であった。


「茜、騙されてはいけない。こんなところにどこぞの国の皇子が、護衛を連れずにひとりで居るわけがない。こいつは嘘をついている」

「嘘じゃない。さっきも言ったが、忍びで来ていたのだ。それゆえ伴は少なく、しかもその伴とも道に迷った拍子に逸れてしまった。呼べばすぐに来るだろう」

「嘘じゃなくとも、結婚を申し出た順番なら僕のほうが先だ。いくら皇子とはいえ、横入りは許さん」

「それは茜が決めることだ」


 混乱する彼女をよそに、男性二人は口喧嘩を始める。


「あーああー。煩いなー。喧嘩ですかー?」


 欠伸とともに、間延びした声が上方より響く。喧嘩は中断され、男性二人が木の上を見上げようとすると、声の主は「よっ」という掛け声とともに飛び降りてきた。2mを越えよう巨体が、地面に着地する


「喧嘩は駄目だよ。せっかく、気持ちよく昼寝してたのに……。あれ、暗いね? もう夜?」


 大男は辺りを見渡し、とぼけたようにそう呟いた。


「な、なんだ君は……」

「あれ? 俺のこと知らない? 結構有名人だと思ってたんだけどなー。地元だし。っていうか、君たち、明らかに地元民じゃないよね」


 大男は品定めするように外国人二人を見る。


「私は知っているぞ。君は、有名人だからね」

 

 皇子が言う。


「お、ご存知で何よりです。中谷翔平。現在、メジャーリーグでプレイ中。応援よろしくね」


 大男はvサインとともに名を名乗った。


「中谷、翔平……。名前は知っている。確か、日本人にしてMLBの新人王を勝ち取った無類の怪物……。それがなぜこんなところに……」

「ん? 帰省だよ。さっきも言ったけど、ここ、地元なんだ。シーズンも終わったから、報告がてらね。この公園もよく自主トレで使ってててさ、昼寝のつもりがついつい寝入ちゃったよ。……え、しかも雨も降ってるの? やだなー。傘持ってないよ。お腹も空いたし、帰りたいんだけどな……」


 腹の虫が鳴り、彼はため息をつく。


「あ、君は日本人だね。ーーくんくん。いい匂いがする」


 茜に気づいた中谷は、鼻を膨らませて彼女に近寄る。「こくはく、けっこん、おうじ、おひめさま……」と混乱した茜はぶつぶつと呟いていた。


「君、大丈夫?」

「がいこく……。あ、あなたは、中谷さん? ということは、日本人、ですよ、ね」

「ん? そうだよ。当たり前じゃん」


 彼の言葉に、茜は少し安心する。外国人二人に詰め寄られて精神力が削られていたらしい。


「それよか、いい匂いがするんだけど、何か食べ物持ってたりする? お腹空いちゃって、一歩も動けなくってさ」

「あ、はい。緊張で食べられなかったお弁当があります。……良かったら食べますか? 大分時間経っちゃってますけど」

「本当!? ありがとう! いただきます!」


 中谷は茜の差し出すお弁当を綺麗に平らげてしまった。呆気に取られていた外国人二人は黙って茜と中谷の様子を見ている。


「はー。ごちそう様。いやー、とっても美味しかったよ。ありがとう」

「お粗末様です」

「これ、君が作ったの? 君のお母さんじゃなくて?」

「はい、そうです」

「料理が趣味とか?」

「はい。よく作りますね」

「そっか。俺と結婚してくれない?」

「はーー。え?」

 

 思わず「はい」と言いかけた茜の顔が疑問符に塗れる。


「アメリカの食事が合わなくってさ。向こうで俺の食事を作ってくれないかな?」

「中谷選手が私に、告白……?」


 再び茜の頭が動作を停止する。


「貴様! 横入りは許さん!」

「そうだ! 俺が先だぞ!」


 防寒していた外国人二人が中谷に噛み付く。


「皇子とやら! さっきと言ってることが違うぞ!」

「状況が変わったんだ」

「えー、君たち誰?」


 そんな外国人二人を見て、中谷は首をひねった。


「先に茜に結婚を申し込んだものだ! 茜には返事を待ってもらっている!」

「というか、茜の手料理を口にしただけで結婚というのはどうなんだ? もう少しお互いを知ってからにしたらどうだ?」

「いや料理だけじゃないけど……。同郷だし、顔もタイプだし、自分でお弁当つくるってところも好感が持てるし」


 そして三人は言い争いを始める。茜は依然、混乱したままであった。雨脚は徐々に強くなる。


「ふー、ひっどい雨だな」

「お、先客がいる。すみません。俺達も雨宿りさせてください」


 公園の樹の下に、新たに男性が二人やって来た。

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