表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/7

茜とラクダ

 時刻は茜が振られた(と勘違いした)時間まで遡る。


「……はぁー」


 茜は公園のベンチでひとりため息をついていた。泣いていたらしく、頬には涙の跡がある。


 浅葱と別れた後、彼女は俯いたまま、とぼとぼと帰り道を歩いていた。なんとなく、このまま家に帰る気になれなかった彼女は、途中にある遊具のない公園に立ち寄った。誰も居ない、大きな木の見えるベンチに腰掛け、しばらく彼女はぼーとしていた。


 夕暮れを隠すように曇天が広がり、今にも雨が振り出しそうである。


(いけると思ったんだけどなぁ……)


 西川浅葱。茜の幼馴染。付き合いは幼稚園の頃から続く。小学校も一緒。中学校も一緒。高校も一緒で、家族ぐるみの付き合いもある。個人的に浅葱から嫌われている様子は無かったし、浅葱が現在、誰かに恋をしている様子も無かった。


(感触的には、むしろ好かれてたと思うんだけどなー)


 茜はときどきお菓子を作る。料理も好きだし、食べるのも好き。それが甘いものだと小躍りしてしまう。だから、ときどき自分でお菓子を作る。バレンタインデーともなると、当たり前のようにチョコを準備して浅葱にプレゼントし、誕生日には自然にケーキを焼いていた。


 浅葱も思春期特有の反抗期を見せることなく、いつも素直に受け取ってくれた。ホワイトデーや茜の誕生日には、お返しのプレゼントも送ってくれた。ここまで交流を深めておきながら、実は大嫌いであった、ということは無いと信じたい。


(まあ、でも、しょうがないかー。あんなにはっきりと断られちゃったもんなー)


 彼女は何度目か分からないため息をつく。

 

 浅葱の拒絶の真意は、茜に伝わっていなかった。一方は伝える努力を放棄し、一方は聞く努力を放棄した結果である。お互いに余裕が無かったというのも大きい。


(……もっと、痩せてる人が好き、とか?)


 彼女は自分のお腹をちょっとつまむ。おもちほどではない。せいぜい、ホットケーキといったところ。友人からは、大量にお菓子を取り込んでなぜ太らない、と糾弾された経験もある。少なくとも太ってはないはずだ。


(もうちょっと、痩せてから告白すれば良かったかな……。でも、この時期がタイミングとしては最後なんだよな…)


 来年から受験が始まる。高校までは何とか浅葱と同じ学校へ通うことができたが、大学だとそれも難しいだろう。自分の学力と彼の学力にかなりの差があることを、彼女は自覚していた。だから、浅葱と過ごすのは高校で最後だ。それ以上彼と付き合うならば、今以上の関係になる必要がある。


 そして、それは受験勉強が始まる前のこの時期しか無かった。


(だから、頑張って、告白したんだけどなー)


 結果は撃沈。

 あー、もうどうしよう。明日からどんな顔して会えばいいんだろ。あ、やだ。またちょっと涙出てきたかも……。


 茜は自分の目を擦る。思いの強さは気持ちの強さ。なかなか涙は止まらない。


 ぐしぐしと顔を拭っていると、ベンチの前で、誰かが止まったような気配がした。


「どうしたの、かな?」


 抑揚のはっきりとした、特徴のある声である。


「もしかして、泣いてる、の?」


 少し外国訛りが入っている。私に話しかけているのは、外国人だろうか、と彼女は思う。


「あ、すみません、大丈夫で……す?」


 手を止めて、声の主を見た茜の台詞が小さくなり、最後は疑問形になる。


 それもそのはず。

 ベンチに座る彼女に目線を合わせて話しかけていたのは、とても奇妙な顔のお方。

 長い毛むくじゃらの眉毛。

 狭い額。

 瞳から拳二つ分は離れた高い鼻

 Y字型の鼻をひくつかせ、反芻するように口を動かし、


「わらって。女の子は笑顔がいちばんだ、よ」


 ラクダは彼女にそう言うと、ビヒヒンと鼻を震わせて鳴いた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ