ヒーローはつらいよ・1
東京湾に浮かぶ、ゴリュウジャー基地――国立超科学アカデミー。
その名の通り、元は研究施設だった。
国立超科学アカデミーが、伝説の龍の力を解析して生み出した戦士こそがゴリュウジャーなのだ。
どこかSFめいた意匠の基地内の自室に戻る。
椅子に腰かけた瞬間、腕のゴリュウブレスが鳴り出した。
「何?」
「みんな呼んでるよ」
ゴリュウグリーン――緑町縁。
線が細く、ひ弱と言うよりはたおやかな印象で、女性と見まがう容姿だが、現役高校生の少年だ。
TVゲームが天才的に得意な、チーム最年少の一六歳。
学校への潜入任務などの際には非常に助かる。
それが女子高であっても……。
「そうか。悪いな」
傷む体を引き起こし、指令室へ向かう。
これまたSF映画の宇宙船内を思わせる、近未来的意匠の指令室。わけのわからないメーターは、何の機能を持っているのかいまだにわからない。
その中心、司令官の席は一段高い所にあり、室内を見渡せる構造である。
そして、司令官席から扇状に五人の席が存在している。
既に他のメンバーは集まっていた。
「遅いぞ」
いつものように、ブルー――葵剣児が機嫌悪そうに言う。
筋肉質でありながらスマートでもある、モデル事務所にでもいるのが自然な風貌。
更にもとF1レーサーという経歴を持ち、天才的なドライビングテクニックを持つ男だ。
室内でも真っ白なテンガロンハットを被る変わり者だが、その洒脱な空気に似合っている事もあって、奇異の目で見られることはない。
「悪ぃ」
「フン、いい気なもんだな」
「やめなよう」
エニシが泣きそうな顔をするので、アオイはバツが悪そうに顔をそらす。
「その辺にしたまえ。話を始める」
司令官席に立つ、壮年男性――九頭竜博士が言う。
白髪と言うより銀に近い髪を後ろで縛っており、白衣を着ているがどこかラフな印象が強い。
その昔、隕石が頭を直撃したらしく、それ以来とんでもない天才になったというおっさんだ。
古代遺跡を調査し、暗黒風水帝国の襲来を予見し、ゴリュウジャーを生み出した張本人にして司令官という無茶苦茶な人でもある。
しかし、隕石が当たるなんてどんな運してるんだ……と思ったが、よく考えたら人の事言えねえ。
「先日、対消滅を伴わない反存在すなわち暗黒風水帝国の現実世界との座標表示での波動関数から導き出される世界の重ね合わせの進行度が予想外に浸食の度合いを見せ――」
「あの……何を言ってるかよくわからないんですが……」
おどおどとピンク――須々木桃子、通称すももが言う。
この基地に居るには似つかわしくない、小柄でどこか子犬のような印象の少女。左右で縛った髪が、幼い印象を与えているのかもしれない。
こう見えて、と言うと失礼かもしれないが、機械にめっぽう強いのが特徴だ。
なんでも、実家がNASAにも機械を卸している町工場だからだそうだ。
九頭竜博士は天才すぎて、言ってる意味はたいていわからない。
「では、平たく一から説明しよう。ジャフウスイは、本来この世界の一般的な物質と反する存在なのだ。ならば、触れた瞬間対消滅を起こしてエネルギーに転換されなければならない。しかし、奴らはそうではない。対消滅反応を伴わず、物質の正負を転換する。全く未知の存在だ」
「あの……」
すももが言葉を失う。
大して平たくねえ。
「オレらの世界がプラスで奴らがマイナス。奴らが侵攻するとこっちまでマイナスになっちまうってこと。つまり何も新しい話はしてねえ」
アオイが誰にというわけでなく言う。
「ふむ。その侵攻が予想以上ということですかな?」
顎の下に手を当て、イエロー――黄山・チャンドラ・四郎が呟いた。
色黒で恰幅がよく、かつ立派な口髭は、どう見てもインド映画のスターにしか見えない。
この男、驚くべきことに年下だ。
なんでも、インドにダンスの修行に行き、チャンドラの名をもらって帰ってきたそうだ。
ついでにインドで数学に目覚めたらしく、その数学知識を活かして天才的なプログラミング能力を発揮する。
ゴリュウロボの設計は九頭竜博士だが、プログラムはチャンドラによる部分が多いくらいだ。
「その通り。キミたちを呼んだのもそのためだ。現在、浸食度から見て、いつ奴らが出現してもおかしくない」
「なるほどな……」
通称・暗黒関数が一定以上に高まると奴らはそこにゲートを作り出現するらしい。
「それで司令官、どこなんだ? 一番出現確率が高いのは?」
「麻座理市だ」
言って、リモコンで正面の空間にディスプレイを展開する。
これも九頭竜博士が発明した装置らしいが、ホワイトボードを出すのが面倒という理由だけで発明してしまうのが凄い。これまた面倒という理由で特許はとっていないらしいが。
「見たまえ。この新聞記事を」
そこに映し出されたのは、麻座理市で行方不明者が多数出ている事を伝える、新聞各紙の記事のスクラップだった。
時系列順に、行方不明者の数が増えている。
「十数人……!? おおごとじゃないですか!?」
すももが声を上げる。
「んー、昨日くらいからテレビでも特集されるようになったよ」
「そうなの?」
テレビっ子のエニシと、あまりテレビを見ないすもも。ちなみにチャンドラの家にテレビはないらしい。
「成る程。暗黒関数の高い街で、多数の行方不明者……奴らの仕業かもしれんな」
「そうと決まりゃ話は早いな。行こうぜ」
「ですな」
各々が自分の机の上から装備を拾い上げ、出動準備にかかる。
それを見計らい、九頭竜博士が指令を飛ばす。
「では、ゴリュウジャー出動せよ」
びしっと指さすでもなく、白衣の襟をなおしながら言う。
もう何かマイペースだなこのおっさん。
「よし、じゃあ行くか」
「待て」
飛び出そうとして、その肩をアオイに掴まれる。
「今度こそ勝手な行動は慎めよ……これ以上給料減らされたら、お前が払うようになるぜ」
「うるせえ」
アオイの釘さしに毒づくが、確かにこれ以上の減俸は避けたい。
何しろ、先日の独断専行や呼び出しコールの無視など、積もり積もって、オレの手取りはもはやメシに困るレベルに達していたからだ――