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雨宿り  作者: スネオメガネ
雨宿り
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雨宿り 〜中編〜

若干のグロ表現があります。

ご注意下さい。

『現代のアスクレピオス』、『ゴッドハンド』、『21世紀の華佗(かだ)


 彼を表現する言葉は、数多く、全てが名医を指す言葉でした。


 彼は外科医で、どんな難易度の高いオペでも、最後までやり遂げ、それによる死者は0でした。


 そう、術中にどんなトラブルに巻き込まれようとも、どんなに不可能に見えるオペでも、彼が手術する患者が死ぬ事はなかったのです。


 お客様は、手術で人を死なせない条件というものをご存知ですか?


 作業が早い?


 臨機応変に対応できる?


 そうですね。それらも重要な事です。でも、もっと、もっと大事な事があるんです。


 それは、絶対に失敗しないという事です。


 え?


 その失敗しないための条件を聞いている?


 それは、失礼しました。


 そもそも手術というのは、病巣を除去することです。欠陥を修復することです。

 手術を失敗するということは、それ以外の事をやってしまうからです。


 そう、別の部位の破壊です。


 もちろん、手術というのは色々な部位を破壊しながら、病巣や欠陥まで辿り着くことが必然です。関係ない部位を全く破壊しないという事はありえません。


 ですから、色々な部位を破壊し、目的を果たした後、破壊した部位を修復してやればいいのです。


 簡単でしょ?


 …ええ、そう。おっしゃる通りです。そんな簡単にそれが実現できれば、苦労はしません。ですが、彼は、それをやってのけるのです。


 正直に言います。


 彼は、お世辞にも作業が早い訳ではありませんでした。もちろん、正確さに関しても、彼以上に精密な作業をこなせる医者は、たくさんいました。それでも、彼が名医と呼ばれたのは、決して()()()()()()()()()なのです。


 …私は、彼と友人でした。


 彼とは、色々な話をしました。将来の夢、恋愛相談、理想の医療など、突っ込んだ話から、当時のアイドルやCMなどの、どうでもいい話まで、色々です。そして…、彼の秘密の能力についても…


 そう、彼は不思議な能力を持っていました。そういうのをギフトとでも言うのでしょうか?普通では、あり得ないような能力です。初めて、その話を聞いた時、私は、彼が訳の分からないジョークを言っているのだと思いました。でも、それも仕方ない事だったと思います。


 例えば、今、私が『実は、私は超能力者なんです』と言っても、とても信じられないでしょ?


 つまり、そういう事なんです。


 彼が、自分の能力に気付いたのは、小学校高学年の頃に友人の作った昆虫の標本を見たのが、キッカケだったそうです。彼は、友人の作った昆虫標本の昆虫が()()()()()()事にショックを受けたのです。


 もう、お気づきですね?


 彼の能力は、何をしても生物を()()()()()()能力なんです。


 彼は、虫に防腐剤を注射して、虫ピンを刺す形で作っていたそうですが、生きている虫に防腐剤を注射して、虫ピンを刺しても、虫は死ぬ事がないと思ってました。なぜなら、彼の作る標本の昆虫は、全て、虫ピンが刺さった状態で、手足をずっと動かしていたからです。


 そして、それが当たり前だと思っていたのです。


 だから、彼にとっては動いていない昆虫の標本は、衝撃的でした。その日、彼は家に帰ると、全ての標本箱から、昆虫を逃したそうです。


 実際、その時は、自分が虫を殺し損ねた程度の認識でしたが、僅かな疑念は残りました。

 少年が、そういった疑念を抱いた後、どんな行動に移るか想像できますか?


 そう、お客様の想像通り、彼は他の生物で試そうという結論に至りました。


 最初は、ザリガニでした。


 ザリガニを捕まえて、下半身の殻を石で砕きました。


 それでも、ザリガニは死にません。観察していると、そのままドブ川に這っていき、逃げていきました。

 次のザリガニは、頭を潰しました。やはり、ザリガニは死ぬ事はありませんでした。ただ、頭を潰されたせいか、ドブ川に逃げることが出来ず、道路に這っていき、そこで近所のおじさんの軽トラに潰されました。


 軽トラに潰されたザリガニは、二度と動くことはありませんでした。


 次のザリガニは、焼いてみました。


 まだ、今ほど焼却に対して、消防やご近所がうるさくなかった頃の話です。彼の家には簡易的な焼却炉がありました。と、いっても実際は、ただのペール缶で、父親が休みの日などに、その缶の中でゴミを燃やしていました。


 彼は、そのペール缶の中のゴミを燃やし、少し隙間を作って蓋を置きました。その蓋の上にザリガニを置きました。


 ザリガニは、熱で手足をばたつかせました。熱されたザリガニは、だんだん変色していきました。まるで家でたまに食卓に出てくる茹でたエビのような色に変わっていきました。それでも、ザリガニは動き続きました。彼は、ペール缶の蓋からザリガニが落ちないように、棒でザリガニの位置を調整しながら、それを観察していました。それは、勝手に火を付けた事が母親にバレ、叱られるまで続きました。


 焼けたザリガニは、彼が説教されている間に、どこかに逃げていきました。


 結局、ザリガニが死んだのは、軽トラに轢かれた時だけでした。


 次に彼が試したのはフナでした。


 彼は、捕まえたフナを道路に放置しました。


 フナは、ピチピチと道路の上で、動いていましたが、段々、動きが鈍くなり、動かなくなりました。


 死んだ!


 そう思った彼が、フナを川に捨てようと、棒でつついた瞬間に、再び動き出しました。


 死んだフリだ!


 彼は、そのフナを放置したままにして、別のフナに向かいました。そして、カッターでフナを切り裂きました。解剖の真似事です。


 ピチピチ跳ねるフナを押さえつけて、解体を進めました。どれだけ、切り裂いてもフナは動き続けました。一通り、フナを切りつけて、満足した彼は、最初に放置したフナに視線を戻しました。…フナは、いつのまにか消えていました。


 彼が消えたフナを探し始めると、解剖ゴッコをしていたフナを野良猫が、咥えて逃げていきました。


 彼の次のターゲットが猫に変わった瞬間でした。


 猫は、ザリガニやフナのように簡単には捕まえられませんでした。理想は、野良猫だったのですが、野良猫は特に警戒心が強く、エサで釣ろうとしても、タモで追いかけても、そう簡単には捕まえられませんでした。


 最終的に、彼は3軒隣の山本さんが飼っている猫をエサで、誘き寄せて捕まえることになりました。

 人の飼い猫を殺すとなると、罪悪感がありましたが、彼の考えが正しければ、その猫は、彼が何をしようと死ぬ事はないはずだったので、問題ないと言い聞かせました。


 捕まえた山本さん宅の飼い猫、トムを彼は紙袋の中に入れました。袋の口を無数のホッチキスで留める間、彼の指はトムによる引っ掻き傷で一杯になったそうです。


 紙袋の中で逃げられなくなったトムは、怒りの声を上げながら、紙袋の中で暴れていました。今にも破られるかもしれない。彼は、そう思い、用意してあった金属バットを握り締めました。

 猫の鳴き声が、段々、赤子の泣き声に聞こえてきたそうです。彼は、躊躇しながらも、渾身の力を込めてバットを振り切りました。


 今でも、あの手の痺れは忘れられません。


 トムは、一際大きな声で『ふぎゃあ』と鳴きました。


 彼は、何度も、何度も、何度も、何度もバットを叩き付けました。


 その度に、トムは大きく鳴いていました。そして、彼がバットを振ることに疲れ、紙袋が破れるまで、その行為は続きました。それでも、トムの鳴き声は、弱くはなっていきましたが、決して、消える事はありませんでした。


 破れた穴から出てきたトムは、血まみれで、頭も潰れ、眼球も飛び出していました。所々、折れた骨が身体から突き出していて、生きているのが不思議な程でした。トムは、まともに歩く事も出来ない状態でしたが、弱い鳴き声を上げながら、少しずつ這って、彼から離れようとしていました。


 彼は、しばらく、その様子をじっと見ていましたが、トムの進みがあまりにも遅かったので、痺れを切らして、トムが視界から消える前に、その場を離れました。


 その後、トムがどうなったのかは、確認できませんでした。


 彼の次のターゲットは、あ


 え?


 ああ、これは、失礼しました。確かに飲食店でするような話ではなかったかもしれませんね。


 以後、気をつけます。


 とにかく、彼は多くの生物で試した結果、一つの結論に達しました。自分は、決して他の生物を()()()()のだと…


 今、不思議そうな顔をしましたね?


 そう、彼は『何をしても殺す事のない能力』について、悲観的に捉えていました。


 彼は、超能力と言うよりも、()()()()()という認識を持っていました。『他の生物を殺すことが出来る能力』。彼は、その能力が欠如していると受け取ったのです。


 いつしか、そんな能力欠如のダメ人間は、医者くらいしかなれない、と、そう考えるようになりました。


 世の中の医者を全て敵に回すような、そんな考え方に聞こえますよね?ですが、彼は実際、悲観し、将来の可能性が狭まったと考えていました。


 例えば、道で殺人許可証を拾ったとしても、決して、殺し屋にはなれないですし、害虫駆除もできない。頭に血が上って、殺人者になる事も出来ないし、保険金目的の計画的犯行も行えない。


 ともかく、彼は、自分の欠陥が少しでも役に立つ職業として、医者を目指し、必死に勉強して、なんとか医者になったのです。


 最初に言った通り、彼は決して作業自体が上手い訳ではありませんでした。ですが、決して死者を出さない。これは、大きなアドバンテージとなっていきました。次第に大きな手術を任されるようになり、しまいには、『現代のアスクレピオス』とまで呼ばれ、全国の難病の患者が、彼の手術を心待ちにするようになりました。


 金銭的にも、潤うようになり、私生活も充実していきました。美しい妻を娶り、ますます、精力的に仕事に取り組みました。


 そんな順風満帆な生活が5年程続きました。


 ですが、そんな生活も何年かぶりに行った妻の健康診断によって、翳りが生まれました。


『医者の不養生』と言いますか、『靴屋の主人は、家族を裸足で歩かせる』と、言いますか…、妻の身体に異常が見つかりました。


 彼の勤める総合病院で、精密検査を行ったところ、陽性の腫瘍が見つかりました。いわゆる、ガンという奴です。


 妻は、まだ若く、ガンの進行も早かったのです。


 抗ガン剤による治療が始まりました。抗ガン剤で、ガンを小さくし、最終的に手術でガンを除去するというオーソドックスな治療です。彼は、自分が主治医を名乗り出ましたが、身内だと冷静な判断ができないという病院側の考え方から、別の医師が主治医になりました。


 結論から言います。


 彼女のガンは、手術で完全に除去する事はできませんでした。摘出できなかったガンは、全身に転移してしまいました。


 ああ、失礼しました。次は、何になさりますか?


 ソルティ・ドッグですね。かしこまりました。

華佗:中国後漢末期の伝説的な名医

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