来訪者 前編
アパートに住み始めた千鳥。そしてもう一人の住人が。千鳥視点「来訪者 前編」スタートです。
不意に見上げるとアパートの屋根が見えた。
私がここに住み始めて半年が過ぎ季節は中秋の十月になっていた。前をジーンズにクリーム色のブイネックセーターを着て、茶色の帽子をかぶった燈紀さんが歩く。
あまり人目につきたくない私達は一週間分の食材を買いだめしていた。私が持つ買物袋にはレタスや人参等の野菜類と、玉子ワンパック食パンが入っている。
燈紀さんが持つ買物袋には肉魚類と補充用の飲物と調味料が入っている。アパートで料理出来るのは燈紀さんだけで、あとは少し手伝うだけの私。黒猫の先生と車椅子の千景さんは留守番をしていた。
そういえば、このアパートに初めて来た時に千景さんからもう一人住人がいると言われたが、まだ会ったことがない。
「あっ千鳥ちゃん 庭にシソがあるから二枚位持って来てくれる?分かる?」
燈紀さんはその話を嫌がってるようで聞けないでいた。アパートの庭には家庭菜園として野菜や果物やハーブを育てている。頷く。
「はい 分かります」
私は庭には向かって歩き出した。
「よろしくね 私は先に上がってるよ」
「はい 分かりました」
背中に聞こえた言葉に返事してハーブが植わった畑に向かう。引戸が開き閉まる音がする。私は買物袋をゆっくり下ろしてシソを探し始めた。
様々な香りがする。
「あった これだ」
掌のサイズで濃い緑色の葉っぱを掴み、鼻を近付ける。シソの香りがする。また引戸が開く音がした。私は燈紀さんだと思い。
「燈紀さーん どれでもいいですか?」
返事がしない。振り向くのと同時に引戸が閉まる音がした。不思議に思ったが二枚シソの葉をちぎって、買物袋を持ってゆっくり立ち上がる。
直後何かがぶつかる音とガラスが割れる音がして振り返る。アパート玄関の引戸と人影が吹き飛ぶ。
五メートルほど飛んだ人影が地面に落ち転がる。驚き玉子の入った買物袋を落としてしまった。
玄関から勢い良く燈紀さんが出てくる。
「千鳥!黒センセイのとこ行って!」
大声の呼び捨てで言われて、一瞬止まってしまったが人影とは逆方向に走り出す。102号室の窓へ。
「はい!」
窓まで走ると窓を開けた。先生が出入りする小窓で私と先生しか通れない。靴のまま飛び込んで小窓を閉める。呼吸が苦しい。
「大丈夫か?燈紀のやつ派手にやりやがって」
声に振り向くと先生が私を見下ろしていた。立ち上がる。靴のままだし買物袋の置いて来てしまった。
「買物袋ごめんなさい」
靴を脱ぎながら謝る。
「仕方ない 後で取りに行けば良いさ」
隣の部屋から千景さんが車椅子を走らせる。後で?そういえば、あの人影は?
「うん?あぁ あれは修一もう一人の住人だ」
先生の言葉に驚く。
「え?大丈夫なの?怪我したんじゃ?」
どうすればあれだけ吹き飛ぶか分からないが、あれは只事じゃ済まないことは分かる。
「派手に蹴られて派手に飛んだだけだ あれ位でどうこうする修一じゃない 今頃は」
「あれ位って酷いな 擦り傷ついたよ 黒」
声がして振り返ると小窓の外で男性が笑っていた。男性の足下を見ると燈紀さんが倒れていた。
「燈紀さん! 大丈夫ですか?」
小窓を抜けて燈紀さんに駆け寄る。
「君が千鳥ちゃん?少し小突いただけだから大丈夫だよ この子は頑丈だからね」
見上げる。この人先生をコクと呼んでいる。そういえば燈紀さんもコクセンセイと呼んでいる。
先生の名前はコク?
この人は誰?
次回は10月10日の月曜日午前零時更新予定です。