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出会いは桜吹雪 5

 「まったく、皇上自らお出でになるとは……なぜ止めなかった、悠舜」

 「あのご様子では認めるよりなかった。というところだろう? 悠。母后どのに知られぬようにするには無理に言いくるめるよりも連れてくる方が早かった、と」

 

 地朗中の咎める言葉を炎侍中が少し皮肉を交えて助け舟を出す。悠舜は苦虫を噛み潰したように顔をゆがめ、炎侍中に何か言い返そうとしたが、清侍郎に腕を掴まれそのまま透唯たちが通っていった道を引きずられていった。


 「ちょ、諒昴(りょうぼう)っ! いきなり何をするっ」

 「皇上のもとに行く方が先だ。このまままだ御使様かどうかわからぬ者を皇上の側に侍らせるわけにはいかない」

 「あ……」


 そうだった。まだ連れてこられた「御使様」が本物かどうかわかっていない。もしかしたら宮中に入り込み皇帝の命を危険にさらす可能性もある。母后と鄭家に気を取られていた悠舜は真っ青になり、腕を振り払って駆け足で水晶の間へと向かった。諒昴は無表情に残った3人を振り返り、「我々も行くぞ」と告げやや早足で悠舜を追いかける。風官吏は声をかけられた後清侍郎に並ぶように脱兎の勢いで走り出し、あっという間に彼に追いついた。


 「桜雅(おうが)、私たちも行くぞ」

 「……」


 炎侍中が地朗中に話しかけるが、それを無視して綺麗に編み込んだ髪を揺らして、地朗中も歩き出した。炎侍中はやれやれといった様子で、無視されたことを気にせずに御使が通された部屋に着くまで地朗中になにこれと話しかけ続けた。時々ピクリと反応するのを見て楽しんでいると、地朗中から「あなたという人は、本当に性根の腐った方だ」と蔑んだ目で睨まれたが、それすらも面白いと思っている様子である。

 それを皮切りに2人の舌戦が始まった。宮中の者たちはまた始まったのか、といった顔で特に2人のやり取りを気にせずに各々仕事を進めていた。






 水晶の間に着くと、透唯は張保母に輦の御簾と几帳を上げるように命じた。張保母は恐る恐るその2つを持ち上げ、中の少女の顔を見つめる。少女は小さな寝息を立てて眠っている。その瞳の色を確認することはできなかったが、少女の髪は伝承に残る御使のものによく似ていた。何やら顔に見慣れないものを付けている。これはいったい? とそっと手を伸ばしたとき、悠舜が室に飛び込んできた。


 「張保母っ、無暗に手を伸ばすな!」


 その声に張保母は伸ばしかけた手を引っ込め、驚いた顔を悠舜に向けた。そのままつかつかと輦に近づき、側にぴったりと張り付いていた透唯を遠ざけた。透唯は不満そうな顔をしたが、何も言わずに黙って悠舜に言われるままに張保母ともに輦から離れる。そして、水晶の間に入ってきた清侍郎に少女を輦から寝台に移すように指示を出し、彼と同時にやってきた風官吏には透唯のそばで彼を守るよう伝えた。

 少女を寝台から移し終えるころ、まだ口論を続けている地朗中と炎侍中が水晶の間の前までやってきた。


 「だいたいあなたは軽薄すぎる。いったい何人の女性を泣かせれば気が済むのか。先日などわたしの部下の妹姫にまで手を出したというではないか! なぜ私の周りにいる女性ばかりを……っ」

 「おや、それではまるで私が君の関心を引きたくて数多の女性に恋をしているように聞こえるな。君がそんなに私の恋模様に興味を持ってくれているとは――」

 「そ、そんなことは言っていない! あまりにもわたしの耳に入ってきてうんざりしていると言っているのだっ。あなたがどこの誰と褥を共にしようがわたしには関係ないし興味もないが、私に迷惑をかけないでほしいと言っている! 先ほどの部下も毎日のように泣きついていて昨日は家にまでついてきたのだぞ。このままでは仕事に差し支えてしまうから」

 家にまでついてくるという言葉に炎侍中の瞳がスッと細くなり、機嫌が悪くなったが地朗中は気づかない。そのまま言葉を続けようとするが、風官吏の「お前らうるせぇ! 女の子が起きるだろうが!」というさらに大きな怒鳴り声が聞こえ、地朗中ははっとして慌てて室に入ってきて、透唯の前に跪く。


 「皇上、御前で騒ぎ立てましたことお許しください」

 「良い。桜雅と珠雫(しゅだ)の仲の良さは健在のようだな。……一時昔を思い出した。だが、今は静かにしていてくれ」

 「――は、寛大なお心に感謝いたします」

 

 

 こうして糺羅は意識のないまま宮中内に保護された。

 





 「皇上、ご心配なのは十分承知しておりますが、御使様は女性です。殿方に必要以上にお肌をお見せになるのはよろしくありません。ここはぐっとこらえて、この爺に任せてくださいませんか?」


 後宮お抱えの医師団の長、李老師が透唯を優しく諭す。透唯は御使のそばを離れることを嫌がり、少し不満を零したが結局は李師の言葉を聞き元いた東屋へと戻っていった。一応彼女が自分の保護下にあることで、先刻ほど緊迫した状況ではなくなったことも影響しているだろう。

 誰も口を開かず、女官たちの忙しなく歩く足音だけが部屋に響き渡る。その音が、不思議と皆の心を静めていった。しかし、やはり沈黙の重みに耐え切れなくなったのか、悠舜が徐に口を開いた。


 「皇上。この様な状況で申し上げるべき事ではないと分かっております。ですが、御使様と思われる御方が今この時に何故いらっしゃったのか……それを深く受け止めなければなりません」

「確かに、綺羅様、星羅(せいら)様以来一度として光臨なされたことがないのに皇上の御世に光臨なされたと言うのは何か意味があるのだろう、悠舜」

 「えぇ。おそらくは重大な意味があるはずです。ですが……あまりにも御使様に関する資料が少ない。伝承は時代の流れとともに少しずつ変化するもの。御使様がご降臨されたときの時世を考えると、皇上の御世に我らの予想の範疇を超えた出来事が起きるかも知れません」


 そこで言葉を区切り、悠舜は深く息を吐いた。年若い皇帝に伝えるには少しの恥ずかしさと多くの覚悟が必要な話題を、腹を括って切り出す。



 「……そうなった時に、御身の血を引く御子が必要となります。皇上――どうか後宮の何方かの元へお渡り下さい。恐れながら申し上げますが、御身があの方たちを疎んじているようには見えません。なにか理由があってのことなのでしょうか」

 

 透唯は何も言わない。国にとって皇帝の血筋が絶えることは、即ち国家の終焉を表す。本来なら皇帝の子供や兄弟姉妹がいる為、そう簡単に血筋が途切れる事はない。だが、今の皇家の血を継げる者は透唯とその子供、鄭家の者しか残されていないのだ。


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