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出会いは桜吹雪 3

 「……御使様は……彼の御方は何故そのように寂しい事を仰せに為られる?我らの事をお見限り遊ばされたか……新しい方をお頼りになるなと仰せに為られるなど。きっと我らの祖が御使様を怒らせてしまわれたのだな」

「皇上……そのような」


 悠舜がどのように声をかけようかためらっていると、急に辺りが騒がしくなった。常時ならこの回廊近くには誰も近づかず閑散としているのに、女官たちの騒ぐ声と大きな足音が響く。これはただ事ではないと感じた悠舜が席を立つと同時に、女官が1人回廊から姿を見せ、2人を確認すると一目散に駆け込んできた。


 「皇上、後見様! 一大事にござります! 一大事にござります!」

 「何事か。ここは畏れ多くも皇上のおわす宮中ぞ。場を弁えよ」


 駆け込んできた女官は、後宮を仕切る上級女官の1人だった。


 「も、申し訳ございません。なれど、急ぎ皇上と後見様に奏上致すべき事態が起こりまして…改めて、お伝え申し上げます。御使様、御光臨にあらせられます…っ!」

「なっ…!」


 まさか、本当に? この3000年もの間どれほど祈っても、それほど焦がれても決して訪れる事のない御使様が、『今この時期』に――?


 「それは、真のことか。これまでも御使様を語る不届きな輩が数多く出ているがその類ではないのか」

 「ただいま朱礼門(シュレイモン)鄭家(ていけ)に使える者が参上致しました。『禁足地(キンソクチ)』に御使様がご降臨され、御方の保護のためにお連れしたと申し上げております。まず皇上へのお目通りを願っておいでです」

 「鄭家の者か。かの家の者の申すことであればまず嘘ではない。だが……」


 悠舜はわずかに不安を覚えた。御使伝説にもその名を残し皇族と祖を共にする鄭一族は、表舞台には姿を現さず、最初に彼女が舞い降りた地を彼らの領地とし3000年以上もの間守り続けている。また、皇族に皇位継承権を持つ者がいなくなったとき緊急的に皇位に就くことができる唯一の存在でもある。過去にも2度、彼らの一族から皇帝が起った記録が残っている。その彼らが「御使様」であるというのであれば、おそらくそれは真実だろう。

 しかし、鄭一族本人が参上していない点がどうにも気にかかる。これほどの事態であれば、鄭家当主本人か一族のものを代理に立てて彼女を送り届け、皇帝に直接目通りを願う方が自然である。それをしないのはなぜだ。その疑問を解消するために悠舜が口を開きかけた時、今まで黙っていた皇帝が彼と女官の間をすり抜け、回廊へと走り出した。


 「皇上っ、何をなされます! お待ちください!」

  

 突然のことに反応が遅れた悠舜も皇帝を追って走る。だが、皇帝は彼の声に応えずがむしゃらに走り続けた。回廊を全力疾走する皇帝の姿を見て女官や侍官が何事かと声をかけようとするが、彼の「道を開けろ!」の一言で慌てて下がり、平伏する。皇帝が去った後立ち上がろうとするが、またしてもものすごい勢いで彼を追いかける悠舜の姿を見て首を傾げながら、彼の邪魔にならないよう廊下の隅に立ち頭を垂れた。


 「お前たち、手が空いているなら今すぐ水晶の間に床の準備と、李老師(りせんせい)をお呼びして待機して頂け。……皇上があのご様子では難しいが、母后どのには内密に進めよ」

 

 悠舜は近くにいた侍官に走りながら指示を出した。皇帝の生母には知らせるな、気づかれるなと指示をしたが果たしてどれほど時間を稼げるだろうか。 



 「皇上、私の話をお聞きくださいっ……透唯(とうい)殿!」

 

 ひたすらに走り続けていた皇帝だが、回廊から朱礼門までは少なく見積もっても1里ほどある。身に着けている衣服の重さも加わり、回廊を抜け王宮の外に通じる最初の門の手前で悠舜に追いつかれた。


 「透唯殿、まだその者が御使様かどうか分からないのですよ。まずは我々がその者に会い、本物であると確認できたらすぐにあなたに会わせます。だから今は待つのです! 『皇帝陛下』!」


 腕を掴みこちらに顔を向かせても、どうにかしてその手から逃れ門へ向かおうとする透唯を、悠舜は強い口調でたしなめる。彼がどれほど御使の光臨を待ち望んでいたか分かっている。しかし、分かっているからこそ、今回現れた者が本物かどうかを見分けなくてはならないのだ。

 皇帝と呼ばれた透唯は、はっとして悠舜に向き合い、うつむいた。立場を忘れ「皇帝」としてあるまじき行為を取った自分を、彼女は決して許さないだろう。そのまま顔を上げようとしない透唯に悠舜はいくらか声をやわらげ、できるだけ気を落ち着かせて話す。


 「さぁ、ここは我々に任せて、ひとまずご自分の室へ行きなさい」

 「……嫌だ」

 「透唯っ、なぜ聞き分けて」

 「もしも!」


 透唯が顔を上げ声を荒げた。その眼には不安と恐怖から涙がうっすらにじんでいた。


 「……もしも、芙揺(ふよう)にその方の事について話が漏れたら。……彼女はきっと殺される。それだけは避けなくてはならない。兄上も、あの者のことは知っておられるだろう?」


 芙揺とは、透唯の生母のことでる。皇帝の子供は、正妃である皇・王両妃から生まれた者以外は全員生母の名を呼び捨てるか、生母が受戒を授けられている場合は戒名で呼ばなくてはならない。生母である彼女たちよりも、皇帝である子供の方が身分が高いからである。

 芙揺は、皇帝の寵愛を受ける前に、高級娼婦として生計を立てていた。その美しさを買われて貴族に身請けされ、皇帝の下に送り込まれたのだ。透唯は彼女を母として慕い、生母への最大級の孝行である皇太后の位を授けた。だが、彼女は最初に生まれた息子を溺愛していた。彼が5年前にこの世を去ってからは、透唯に彼の面影を重ね、果たせなかった「わが子を皇帝の位に就ける」という野望を果たすためだけに利用したのだ。

 芙揺が透唯を愛していないとは悠舜も思っていない。ただ、彼女の愛情は非常に自分本位だった。透唯の兄にだけ全力で愛を注ぎ、彼と姉に対しては気が向いた時だけ、ほんの気まぐれにその愛を向けた。そして、自身が愛を傾けた息子が命を落としてからはその形代として透唯に目を向けたのである。

 その愛情も、常に透唯が自分の気に入るような行動、言動を取らなければ厳しく叱咤し、暗く狭い室に鍵をかけ閉じ込めたり、時には暴力を伴ったものだった。それでも透唯は決して彼女から離れず、やがて彼女の思惑に巻き込まれていったのだ。


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