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出会いは桜吹雪 1

 あれからどれくらい時間が経ったのか。目を覚ました私は入ってきた光景に目を奪われた。そこは見渡す限り桜が咲き乱れる樹海の中だった。こんなにもたくさんの桜を私は今まで見たことがなかった。そのあまりの美しさに異様な事態であることも忘れてしばらくそこから動くことができなかった。

 私が今まで見てきた桜とは全く違う。ここにある野生の桜はいつも見るそれよりも力強く色づき、枝の大振りさに気高ささえも感じたのだ。


 「――! そういえば、ほかのみんなは……というか、ここっていったいどこなの」

 

 あたりを見渡してみるが誰もいない。寝ているうちにどこかに運ばれた――? 位置情報機能で現在地を確認するためにスカートのポケットに入っていたはずの携帯電話を取り出そうとするが、何も入っていなかった。慌てて下を見るが、横わたっていた地面を探すがどこにもない。誰かに抜き取られてしまったのだろうか。

 諦めずに地面を張って何か手掛かりになるものはないか探していると、桜の花びらに隠されていたのかご当主に持っているように言われた残りの宝飾品が落ちていた。私の首に掛かっていたネックレスもそこにまとめて置いてある。それ以外のものは何も見つけることができなかった。

 

 「これからどうしよう」


 ここがどこなのかもわからない。私1人しかいない状況が今になって怖くなってくる。もしかしたら、少し離れたところに誰かいるかもしれない。そう思った私はおもいきり叫んだ。


 「誰か! 誰かいませんか! いるなら声を聞かせて下さい! だぁれぇかぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


 最後の叫びは半ばやけくそだった。いくら大きな声を出しても私の声が反響するだけで、誰からもどこからも返事はなかった。次に打つ手も思いつかない。こうなると、先ほどまで魅了されていた桜にも腹が立ってくる。その華やかさに心奪われたが、それだけではどうにもならない。桜の木にGPS機能でも埋め込まれていればいいのに!


 「あぁもう……訳分かんない……なんなのよここは!?」


 頭がパンクしそう。行動しようにも情報が少なすぎる。ふてくされその場にしゃがみ込んだ私の耳に、どこからか男の人の笑い声が聞こえる。辺りを見回すけれど誰もいない。地上にいないってことは……まさか、木の上に!?



 「っ! 誰っ、誰かいるんですか?」



 慌てて木を見上げると、そこには見たことのない男の人の姿があった。着物のような衣服を着崩し、片膝を太い幹にかけ頬杖をつきながら、その人はこちらを見て笑っていた。何がおかしいと噛みつこうと思いその木に近づき、その人の顔を見たとき、私は生まれて初めて男性の美しさに見惚れ、有ろう事か声が出せなくなってしまった。


 なんて綺麗なひと。


 化粧などしていないはずなのにその肌は雪のように白く、唇は紅を差したように赤い。全体的にウェーブのかかった、綺麗な蜂蜜色をした長い髪をそのまま垂らしている。髪と同じ色の瞳が収まる眼はご当主の目に似て切れ長で少し吊り上がっている。その腕には、彼女からもらった腕輪によく似たものが嵌っている。

 あまりにもジロジロと彼を見つめてしまっているせいか、それすらも面白いらしく目を細めてずっとクスクスと笑っている。それが恥ずかしくて、八つ当たりに近い感情を彼にぶつけてしまった。


 「ちょっと、何がそんなにおかしいんですか! ひょっとして最初からずっと見てたんじゃ……」

 「いや、最初からというわけでもないよ」


 少し掠れた低い声にはまだ笑いがこもっている。そう言うとその人は10mくらいはありそうな高さから服を破くことなく器用に降りてきた。


 「ここはキンソクチだからね。ここ数百年はうちの者以外誰も入っていないのに、急に人の気配がして驚いたよ。いったいどこの命知らずが入ってきたのかと思って様子を見に来たら。……っふ、思い出してまたおかしくなってきたよ」

 「笑わないでくださいっ。……ん? キンソクチっていったいどういうことですか? というか、ここっていったいどこなんですか。私以外の人を見かけてませんか。あ、あとあなたどうやって木の上に現れたんですか。あとは――」

 「そんなに一度にたくさん聞かれては答えられないなぁ。まずは私の質問に答えてもらうよ。君は『誰』だ? どうやってここに入ったんだい。それに、その恰好……」


 訝しげに私を上から下まで探るように見つめてくる。その視線が気になって彼の服に目をやると、先ほどは着物みたいだと思ったがどうも違う。中国史の漫画に描かれる道袍(どうほう)らしかった。その胸元には小刀の様なものが収まっており、腰にも長い刀剣が差さっている。それに気づいて少しずつ後ずさりをすると、急に右手を捕まれ引き寄せられ、顔を覗き込まれた。


 「な、いきなりなにすんのよ! 離してっ」

 「君は、もしかして――――か?」


 まただ、言葉の一部にノイズがかかっているようにきちんと聞き取れない。刀を見たことで姉さんのことが思い出されて、そのまま動けなくなってしまった。


 「……ほ、本当に離して……何を言われてるのかわからないの。ここがどこなのか教えて。それだけでいいから、はなして、ください」


 私の震えが彼にも伝わったのか、ギュッと強い力で握りこまれていた手首を名残惜しそうに離してくれた。

 ほっと小さくため息をつくと、彼は胸元の小刀を取り出し、私に差し出してきた。刀を受け取るのが怖くて何もできずにいると、「大丈夫、これはただの飾り刀だから刃は潰してあるよ。君を傷つけたりしない」と言ってほほ笑みかけてくる。その笑顔に、まだ少し恐怖はあったがそっと手を伸ばし、刀を受け取った。


 「それは君が持っているのがふさわしい。……コウノレイラさん、かな」

 「――どうして、私の名前を知っているの。まだ名乗っていないのに」

 「君がくるのをずっと待っていた。僕だけじゃない。この国の民全員……いや、この世界の住人全員がといったほうがいいだろうね」

 「『この世界』? 何を言って……ここは、日本なんでしょ? なんでそんな言い方を」


 ここは日本のはず。そうでしょう? と不安げに彼を見上げるが、彼は微笑みを絶やさないまま自然なしぐさで私を抱きしめた。ふわりと広がる袖が私の体を覆い隠し、彼の心音が耳に届いた。突然の事に硬直していると、彼は更にきつく抱き締めてきた。まるで、もう逃がさないと身体で表現しているかのように。


 「僕は羅雪(らせつ)

 「え?」

 「僕の名前は羅雪。覚えておいて。この世界のだれよりも、君のことを待っていたのだから」

 「羅雪さん、あの」


 離してと続けようとしたとき、彼の微笑みがさらに深くなった。蕾が一気に芽吹くかのような、まぶしい笑顔に目が離せなくなり、彼の目を見つめる。今までそこになかったほのかに甘い匂いがしたかと思うと、急に瞼が重くなってきた。

 

 「私に、何をしたの……?」

 「――今はここまでだ。君を保護してくれる場所に連れて行こう。君だけが、この世界を救える。我々に残された最後の希望で、最初に与えられた宝なのだから」

 

私の問いに答えず、体を支えられなくなった私を抱き上げ、遠くなる意識の中で彼が囁いた言葉が耳に残った。


 「ずっと待っていたよ、私の――」

 

 

 


 『御使様(みつかいさま)


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