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石神様の仰ることは  作者: 黒辺あゆみ
第九話 死者の声

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その6

見えない壁に阻まれ楓が泣いていると、石たちが騒ぎ出した。

『ムスメナイタ』

『カミサマオコル』

『オコル』

『オコル』

『『『カミサマオコル』』』

今までとは違う石たちの声に、楓は泣いている顔を上げた。すると、

『ムッチリちゃんはどこだ!?』

聞き覚えのある声がした。楓をムッチリちゃんなどと呼ぶ石は、一つしかない。

 ――どうして聞こえるの?

楓が涙を拭って周囲を見渡すと、目の前の見えない壁が、まるで歪む鏡のように景色を歪める。そして、


「楓さん、そこにいますか!?」

聞こえ辛い、ノイズの交じったような声が聞こえた。楓がずっと助けを求めていた相手の声が。幻聴かと思っていると。

「楓さん!」

再び聞こえた。間違いない、本郷の声だ。

「たつみさ、巽さん!私はここです!」

楓は声を張り上げて、歪む壁を力の限り叩く。すると、

「楓さん!」

突然目の前の歪む壁から人の腕が現れて、楓の腕を掴まれぐいっと引っ張られた。

「きゃっ!」

楓は突然のことに、されるがままになる。力一杯引っ張られたと思ったら、何かに受け止められた。


「楓さん!ああ本当にいた!」

顔を上げると、泣きそうな顔の本郷がいた。

「巽さん……」

本当に本物なのか楓が信じられずにいると、本郷が抱き上げてきた。そのぬくもりに、楓の心の中にも温かいものが満ちてくる。

「巽さん、本当に巽さんだ……」

ぽろぽろと涙を零す楓に、本郷が優しく口付けてくれる。

「こんなに身体が冷えて、靴も履いていないではないですか」

何度も転んだため、楓の全身は土まみれに違いない。だがそんなことを気にせず、本郷が力をこめて抱きしめてくれる。

「でも、ここまで自力で逃げてきたんですか。偉かったですね楓さん」

本郷が褒めてくれた。それだけで、楓の頑張りが報われた気がした。

「怖かった、怖かったよぅ……!」

楓は声を上げて泣いた。


「見つかってよかった。なにもされてませんか?」

楓はしゃくりあげながら、懸命に頷く。基本閉じ込められていただけで、暴力などは受けていない。怪我は楓が林の中で転んだ時のものだ。泣きながら、楓は懸命にそれを伝えた。無事に恋しい人のもとへ帰れたのだと。

 ――ほら、ちゃんと見つけてくれた

 助かったのだという実感を得るために、楓は本郷にしがみ付いた。

泣きじゃくる楓に、本郷が自分のコートをかけてくれる。

「本当にいたんだな」

何故か、本郷の側に音無と梓がいる。どうして二人がここにいるのだろうか。それに疑問に思うも、楓はあのおじいさんの言葉を思い出す。

『大丈夫、すぐに会える』

おじいさんは本郷が近くまで来ていることを、知っていたのだろうか。そうだとしたら、できれば助かったお礼を言いたい。

「あのね、巽さん……」

ようやく泣き止んだ楓が、おじいさんの話をしようとした時。


「うわっ!」

下から突き上げるように地面が揺れて、本郷がバランスを崩してしりもちをついた。それでも、楓を落とさないでいてくれた。

「地震か!?」

音無が驚きの声を上げながら、近くの木に捕まって耐える。

『我が愛し子を害する者は、どこぞ』

地響きと共に声がした。聞き間違えることのない、石神様の声だ。

「石神様だ……」

本郷が畏れるように呟いた。

「石守神社の周辺では、微かな地震が続いています。それが、ここへ辿りついたのか」

「石神様、が?」

楓は目を瞬かせる。

「これは、石神様の声なのか?」

その声は、楓以外にも聞こえたようだ。音無が青い顔で空を見上げるようにする。

「これが、神の娘をさらった罰」

梓は音無にしがみついている。


 梓の言葉に、楓は顔色を変えた。いつも楓を優しく見守り、諭してくれる石神様が怒っている。

「私、のせいなの?この地震……」

「違います、楓さんをさらったバカのせいです」

本郷がきっぱりと否定してくる。それでも、楓が地震の要因になっていることは確かだ。

 地震によって、見えない壁だったものが揺らいでくる。林が続いてると思っていた場所に、広大な屋敷の敷地が現れる。屋敷は地震の激しい揺れによって、あちらこちらが倒壊し始めていた。

「やめて、やめて石神様!」

本郷の腕の中から、身を乗り出すようにして楓は叫ぶ。

「楓さん、危ないですよ!」

本郷が慌てて楓を引き寄せて宥めるが、それでも楓は叫んだ。


「あそこにはおじいさんがいるの!布団の人だって悪くないよ!だから壊さないで!」

楓が叫ぶと、

『我が愛し子が、そう望むなら』

楓の耳元で、石神様の囁くような声がした。

 地震は徐々に緩やかになり、しばらくして収まった。

「……止まった」

揺れなくなった地面に、音無が脱力して木にもたれかかる。

「みんな、楓ちゃんに感謝」

音無を盾にしていた梓が、納得顔で頷く。

「すぐにここから出ましょう。地盤が緩んだかもしれません」

本郷が楓を抱えて再び立ち上がり、林を出る方向に歩いていく。

 林の外の道路には、大勢の人がいた。


「巽さん、この人たちなに?」

状況がわからないことが怖くなり、本郷にぎゅっとしがみ付く。すると、

「おお、楓ちゃん!」

人々の中から、一人の老人が飛び出してきた。その老人に、楓はうっすらと見覚えがあった。

「……おじーちゃま?」

梓の家でたまに見かけた、楓の祖父の友人であるという人だ。目を瞬かせながら呟く楓に、老人は顔を綻ばせた。

「そうじゃ!もうここ何年か会っておらんかったな。楓ちゃんは大人になったのぅ」

「楓さん、類のおじいさんと知り合いでしたか」

本郷の言葉に、楓は驚く。

「え、音無さんの?」

夏休みの梓の家に、いつも美味しいお菓子をもってきてくれた老人が、音無の祖父だという。

「おう、うちのジジイだ」


いきなり人間関係が繋がって、楓は混乱する。しかしわかったこともあった。

 ――だから音無さん、梓ちゃん家にいたのか

 一人腑に落ちたことで安心していると。

「楓ちゃんは、どうやって屋敷から出てきたのだ?」

音無の祖父に尋ねられた。説明によると、強力なバリケードのようなものが邪魔をして、みんなは敷地に入ることができなかったのだとか。

 ――あの、見えない壁のことかな?

 楓の想像は外れてはいないだろう。

「楓さん、先ほどのおじいさんとはどなたですか?」

楓が石神様に向かって叫んだことを、本郷は覚えていたらしい。改めて尋ねられたので、素直に答えた。

「あのね、私をお屋敷から出してくれた白いひげのおじいさんがいたんです。ちゃんとお礼を言いたい」


そして、楓が閉じ込められていた部屋についても話した。気が付いたら寝ていたこと。男性に連れて行かれた別の部屋に閉じ込められたこと。そしてそこに、布団に眠る遺体があったこと。

「……死体と一緒に、一晩閉じ込められたんですか」

顔を歪めた本郷が、抱き上げる腕に力をこめてきた。

「なんか男の人が、その布団の人から証書のありかを聞き出せとか、変なことを言うの。私は石の声が聞こえるだけで、死んだ人の声なんかわからないのに」

ようやくまともに話が聞いてもらえて、楓はホッとする。あの男性に一方的に意味のわからないことを命令され、ストレスに晒されていたのだ。

「それは怖かったですね、可哀想に」

本郷が何度も背中を撫でてくれて、楓は気持ちがおちついてくるのがわかる。

 ――大丈夫、私は今巽さんといる

「布団の死体と、白いひげのじいさんか……」

音無がその祖父と顔を見合わせて、険しい表情をしていた。

 気が付けば日が昇り、夜が明け始めていた。

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