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石神様の仰ることは  作者: 黒辺あゆみ
第九話 死者の声

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その5

楓の居所がわかった、と類から連絡が入った。

「僕が行きます」

時刻は交通機関が動く時刻をすでに過ぎている。移動は車で行くしかない。

「兄さん、車を出してくれますか」

巽がマンションにいないことを心配した兄も、石守神社に駆けつけてくれた。行くならば兄の車になる。

「もちろんだとも、まかせろ」

旅行から帰ったばかりで疲れているであろう兄が、力強く頷く。

「すまない、本当ならば私が行くべきなのに」

石守氏がうなだれるように巽らに頭を下げる。

「いえ、ご主人にはしなけらばならないことがありますし」

実は先ほどから、石守神社の周辺で小さな地震が繰り返し起きていた。

『石神様がお怒り』

梓の言葉が、比喩でもなんでもないことを感じさせられる。石守氏はずっと石神様を鎮めるべく神殿で祈っている。疲れも溜まっているに違いない。

 ――楓さんは、本当の意味で石神様の巫女なのだ

 巽はそれを改めて実感する。


 兄の車に乗り込む前に、巽は神殿にて手を合わせた。

「必ず、楓さんを連れて帰ってきます、無事な姿で」

祈る巽の背後で、兄も手を合わせていた。

 こうして石守神社を出発し、兄の運転する車は高速道路を走っていた。指定されたパーキングエリアで、類と合流する予定なのだ。

 言われたパーキングエリアに入ると、夜目にも目立つ大きな車が停まっていた。あれがおそらく類の乗っている車だろう。その車の近くに駐車して車を降りると、あちらも車から降りてくる。

「よう、早かったな」

類が手を上げて挨拶する。

「類、楓さんはどこに?」

巽は急いたように彼女の所在を尋ねる。巽の心情を察しているのだろう、類もすぐに本題に入った。


「この近くにある一宮の別邸だ。……タレコミがあった」

「タレコミ、ですか」

類は不機嫌そうだ。情報源が気に喰わないのだろうか。

「実に怪しい」

そう言って、類が電話で告げられた内容を教えてくれる。

「巫女様……、アイツか!?」

巽は怒りを抑えるように、歯を食いしばる。彼女を「巫女様」などと呼んだのは、今まであの怪しい骨董商だという男だけだ。

「妙に間延びした、癇に障る喋りの声だった」

「間違いない、木崎ですね」

どういうつもりで彼女を攫ったというのだろうか。怒りで頭が沸騰しそうな巽を、落ち着かせるように類が肩を叩いた。

「木崎がなにを考えているのかは後だ。今は楓が無事に助けることが先決だ」

「もちろんです」

彼女が乱暴をされていませんように、間に合いますようにと、巽はずっとそれだけを祈っていた。

「うちのジジイと梓が、すでに別邸に向かっている。俺らも行くぞ」

「ええ」

類の車に先導され、巽たちは彼女がいるであろう場所に向かった。


***


楓は慎重に道を進む。

 楓が外に出た扉の先は、うっそうとした林になっている。視界が悪い上に、とても寒い。なにせコートもとられている上に靴も履いていない。手足がかじかんで震えるほどだ。時折木の枝を踏んだりして、足の裏が傷む。だが、楓は懸命に前に進む。

 石たちが声を拾うあたりが、人が通る場所だ。それを辿っていけば、きっと道路に出られる。そこまで行けば、きっと本郷に見つけてもらえる。そんな確信ともとれる気持ちが楓を動かしていた。

 白い息を吐きながら、楓が進んでいると。

「女が逃げたそうだ」

「一宮の結界から、どうやって出たのだ」

木々の向こうから、複数の声が聞こえた。どうやら楓が逃げ出したことが知られたらしい。


 ――石の声から離れなきゃ、見つかっちゃう

 楓はそろりそろりと動いて、石たちの声がギリギリで聞こえるくらいの距離をとった。そこは人が通らない場所なのだろう。悪くなった足元に、楓は転びながらも進んでいく。

 こうしてどのくらい歩いたのかわからない。楓はいきなり、先に進めなくなった。林はずっと先まで続いているのに、何故だか見えない壁に阻まれているようなのだ。

 ――どうして?ここまで来たのに

 見えない壁を押しても叩いても、楓を通してはくれない。

 ――私、帰れないの?

 楓は今まで懸命に奮い立たせてきた心が、ポッキリと折れた気がした。

「どうして、私を帰してくれないの……」

楓は力が抜けるようにしゃがみこんだ。ぽろぽろと零れる涙が、地面に落ちていく。

「お父さん、お母さん、巽さん。私は、楓はここにいるよ」

楓が声を殺して泣いていると、石の声だけが響いていた。


***


車が停まったのは、うっそうとした林の側だった。連絡係と休憩のために、巽は兄を車に残して降りる。

 そこには大勢の人がいて、さまざまに動いていた。その人々の中心に、巽も何度も顔を会わせたことのある類の祖父がいた。

「どうだ、ジジイ」

類が祖父に声をかけると、しかめっ面を返してきた。

「今やっておるが、時間がかかりそうだの」

類の祖父が顎をしゃくって林を示す。

「本来ならここに、無駄にデカイ門があるんだがな」

示された場所は、巽の目には生い茂った木々しか見えない。しかし確かにここが、別邸の入り口なのだという。

「目隠しをしているとは、生意気じゃねぇか」

類が険しい表情で、そちらを睨みつける。類曰く、霊的な仕掛けを施して、外部を遮断しているのだそうだ。


「やましいこと、全力アピール」

気が付くと近くに梓がいた。

「悪者の証拠」

一人頷く梓の頭を、類がワシャワシャとかき混ぜている。おかげで梓の髪の毛がすごい状態である。しかし梓は不満気な視線を送りながらも、文句を言わずに自分で髪の毛を整える。

 ――この二人も、不思議な関係だ

 類の怒りが、梓を構うことで和らいでいる。一種の精神安定の役割を果たしているようだ。

 一旦怒りを納めた類は、祖父と方針を話し合っている。

「目隠しを剥がさなければ、中に入れないか」

「今人員総当りでやらせておるわ」

二人の邪魔をしないように、巽がじっとしていると。


 梓が、不思議そうに巽を見ている。

「あの、なにか?」

梓は巽をというよりも、巽の周囲の何かを観察しているようだった。

「本郷さんの霊気、微かに流れている」

「はい?」

流れているというなにかを辿るように、梓が視線をめぐらせて歩き出す。人員に指示を出してい類は、この梓の動きに気付かない。

「あの、ちょっと」

梓を一人で歩かせるわけにもいかないので、巽は梓についていく。すると、梓はどんどんと林に入っていく。

「あの、勝手に入っていいんですか?」

「だって、こっちに流れてる」

巽は梓と会話が成り立っている気がしない。巽が困っていると。


『カエデハココ』

突然声がした。梓の声でも、巽の声でもない。

「今……」

「しっ!」

梓が巽を制した。

『カエデハココ』

『カエデハココ』

同じ声が、ずっと林の方まで続いていく。その声は、まるで石神様の声を聞いたときのように、脳裏に直接響くのだ。

 ――これが石の声だとすると、もしかして楓さん?

「楓さん、そこにいるのですか?」

声に導かれる先を、巽は注視した。林が続いているだけの景色だが、きっとあの声の先に、彼女がいる。


「声のする方、本郷さんから流れていく」

梓の言っていることは、巽にはわからない。しかしこの時巽の脳裏にひらめくものがあった。

『いつでも繋がってるんですね』

嬉しそうに言っていた彼女の、その腕にいつもあるのは。

「腕時計だ……、楓さんは僕の腕時計をしているはずです!」

巽の代理だと言って彼女の腕にある、元は巽のものである腕時計。

「きっとそれ。本郷さんの念が、楓ちゃんに繋がっている」

やっとわかった、というように梓が頷いている。その横で、巽は手で顔を覆う。

 ――本当に、繋がっていたなんて

 巽は泣きそうになるが、きっと泣きたいのは自分ではない。怖がりな彼女のことだ、こんな暗い林の中で、寒くて心細くて震えているに違いない。

「くぉら、梓どこ行った!」

ようやく気付いた類が追いかけてきた。

「音無類、ここ」

梓が類に手を振った。

「この先に、楓ちゃんがいる」

追いついた類に、梓が指し示す。

「なに?」

「だから、早くする」

急かすように、梓が類の背中をペシペシと叩いた。

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