表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
石神様の仰ることは  作者: 黒辺あゆみ
第九話 死者の声

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

61/66

その4

泣いて泣いて、どんなに叫んでも。誰も楓を出してはくれなかった。

 泣きつかれた楓は障子にもたれるようにして、いつの間にか寝ていたらしい。この部屋には窓がないため、外の様子がわからない。今何時だろうか。そういえば買い物に出た時に持っていた荷物も、着ていたコートもない。

 ――怖いよ、巽さん

 涙で腫れた目を擦ると、視界に入ったものがある。手首につけた腕時計だ。

 ――巽さんの、腕時計だ

 これはとられていなかったらしい。時刻を見ると四時過ぎをさしていた。楓が買い物に出たのが夕方なので、おそらく早朝の四時だろう。

 すぐに帰ると言ったのに。帰らなかった楓を、両親が心配しているに違いない。きっと本郷だって。

 ――そうだ、ぼうっとしてる場合じゃない

 腕時計を見ていると、楓は気力がわいてきた。本郷の代理の腕時計が、楓にはある。ちゃんと、一緒にいてくれる。


「そうだよ、泣いてばかりいたら、巽さんが呆れちゃうかも」

楓は声に出して、己を奮い立たせる。楓は自分の心に誓ったのだ。本郷が自分のために努力してくれるのとせめて同じくらいは、自分も努力するのだと。

 ――よし、頑張ろう!

 楓が泣いた跡を消すように、顔を手で擦っていると。

「当主の証書のありかはわかったか」

障子戸越しに、声がした。おそらく楓をここまで引きずってきた男だろう。

 びくりと恐怖に身体を震わせたが、楓は腕時計をぎゅっと握った。

「あなたがなにを言っているのか、私にはわかりません」

障子戸の向こうに、楓は震える声で答えた。すると、障子戸の向こうで舌打ちが聞こえた。

「お前は人ならざるものの声を聞く巫女だろう。だからその死体から、当主の証書のありかを聞きだせ。そうすれば放してやる」

妙なことを言う男性だ。楓が聞こえるのは石神様と石たちの声だけだ。一体誰が、そのようなことを男性に吹き込んだのだろう。

「私は、そんなものは聞こえません。だから家に帰して!」

楓の懇願に、男性は笑った。

「ふん、証書のありかを聞き出せば、帰すとも」

男性の言っていることの意味がわからない。死んだ人から聞きだせとか、証書のありかだとか。一体それを、どうして楓がしなければならないのだ。

「私は、死んだ人の声なんて聞こえない!」

楓は力の限り叫んだが、障子戸の向こうからはなにも返ってこなかった。


 再び沈黙した障子戸の向こうに、楓はしばらく呼びかけた。

「ねえ、私を家に帰して!」

しかし結果は同じで、なにも返事は帰ってこない。けれども、楓は諦めるわけにはいかない。

 ――私は、帰るんだ!

楓は腕時計をぎゅっと握り締め、立ち上がる。

 障子戸以外に部屋から出られる場所がないか、壁を押したりして丹念に調べるも、やはり出入りするのは障子戸しかなさそうだ。むしろそれが理由で、楓とあの死体はここに入れられたのかもしれない。楓はそう考えて、今まで見ないようにしていた布団に目を向けた。

 ――この人だって、早くお墓に入れてあげなきゃ

 布団に眠る遺体の主は悪くないのだ、と楓は思い直した。ドライアイスに囲まれた布団の、ちょっと離れた場所に座り、手を合わせて拝んだ。

「早く、安らかに眠れますように」


しばしそうしていると、背後の障子から物音がした。

「……?」

またあの男性が来たのかと思ったが、待っていてもなにも起こらない。楓はできるだけ物音を立てないように障子戸に近付き、そろりと動かした。すると、障子戸が開いた。

 ――開いた!

 どうしても開かなかった障子戸が開いたので、楓はおそるおそる廊下に出た。すると廊下のずっと向こうに、あごに白いひげを生やしたおじいさんが立っていた。楓と目が合うと、人差し指を口元に立てて、おいでおいでと手まねきした。

 そのおじいさんにひきつけられるように、楓は廊下をそろりそろりと歩いていく。その間誰にも会うこともない。ひょっとして今、ここにはあまり人がいないのかもしれない。


 おじいさんのすぐ側までいくと、おじいさんはにこりと笑った。

「可哀想になぁ、こんなところに連れてこられて」

「……あの?」

楓がはなしかけようとすると、おじいさんがまた人差し指を立てた。喋るな、ということだろうか。

「お嬢ちゃんは、帰りたいかい?」

おじいさんの質問に、楓は大きく頷いた。帰りたい、両親のいる家へ、恋しい人の胸の中へ。

 おじいさんは再び楓を手招きしながら廊下を歩いた。しばらく歩くと、突き当たりの扉へ行き当たった。

「ここから外へ出られる、だからお帰り。大丈夫、すぐに会える」

おじいさんがそう言うと、扉が音もなく開いた。

「さあお行き。お嬢さんなら、道がわかるはずだ」


楓はなにかに押されるように、外へと足が動いた。外は真っ暗だが、石の声がうるさく騒いでいる。

 ――そういえば、ヘッドフォンもない

 楓の荷物と一緒に没収されたのだろう。あれは形がよかったのに、もう戻ってこないかもしれない。

 楓が一歩ずつ歩き出すと。

「手を合わせてくれて、ありがとうお嬢さん」

後ろでおじいさんがそう言った。

「え?」

楓が振り返ると、そこには閉まった扉があるだけだった。


***


類は一宮の別邸を探らせながらも、自身もすぐに出られるように準備を整える。この件を、他人に任せきりにするつもりはない。犯人をこの手で殴ってやらねば気がすまない。

「次期様」

音無家の使用人が、静かに類に寄ってきた。

「電話がありました、音無家の次期宗主殿にと名指しで。相手は名乗らぬ不審な男です」

通常であれば取次ぎはしないだろう。しかし状況を鑑みて、一応類に知らせてきたらしい。

「……出よう、電話を」

使用人が保留中の電話を差し出す。類はそれをとった。

『ああ、音無類さんかなぁ?』

電話の声は、確かに男のものだった。


『今アナタたちにとって大事なお知らせを、伝えようと思ってねぇ』

間延びした喋り方が癇に障る男だ。

「なんだ」

類は不機嫌さを隠そうともせずに、低い声で問いかける。

『巫女様は、××県にある一宮別邸にいるよぉ。可哀想だから、早くしてあげてねぇ』

それだけを喋ると、電話の男は通話を切った。

「なんだ、こいつは」

「類、今の電話は?」

榊が尋ねてくる。それに内容を説明しながら、類は考える。巫女様、というのはおそらく楓のことだ。しかし楓をそのように呼ぶ人間は周りにいない。

「もしかして、こいつが木崎か?」

類はぎゅっと眉根を寄せて考え込んだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ