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石神様の仰ることは  作者: 黒辺あゆみ
第九話 死者の声

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その3

一宮(いちのみや)家?」

「そうだ。楓ちゃんを乗せて去ったのは、そこが所有している一台だ。だがこの家はなんか特殊らしくてな、宗教じゃないが、そういう類の家らしい」

場所を石守家のリビングに移し、巽らは四人で話し合いを続けた。

 巽は眉間に皺を寄せて考え込む。単なる女性の誘拐でもやっかいであるのに、宗教的なものが絡んでくると、また事情が違ってくる。

 ――楓さんは、石神様の巫女だ

 正真正銘神の声を聞く娘を、宗教が欲する理由などいくらでもあるだろう。

「その一宮家っていうのもな、なんだか他のデカイ一族の傘下なんだと。要は面倒な相手だということだ」

彼女の両親の顔は蒼白だ。彼女の特異性が世に出てしまうことは、おそらく彼らが一番怖れている事態だろう。


 しかし巽はこの時、記憶の片隅に引っかかるものがあった。

「一宮、どこかで聞いたな」

苗字としては珍しくない名前だ。しかし、大きな宗教的一族の傘下である一宮家と言う存在が、巽の記憶を刺激した。

 宗教といえば、巽の友人にそのような人物がいる。あまり実家のことを巽に語ることはしなかったが、それでも長い付き合いの中で会話に出てきたことくらいはある。

 巽は今後のことを話し合う大人たちを横に、スマホで検索をかける。当然すぐに引っかかるようなものではない。根気よく検索を続けていくと、やがて望んだ情報にヒットした。

 ――やはり!

 巽が思わず立ち上がると、他の三人が驚いてこちらを見た。

「本郷くん、なにかあったかい?」

顔色を悪くしながらも、望みをかけて石守氏が尋ねてくる。それに巽は大きく頷いた。


「もしかすると、僕には心当たりがあるかもしれません。そういう方面の友人がいるのです」

巽はすぐに電話番号を呼び出す。今日はまだ正月である。相手はもしかすると東京に戻って、一族の祝賀の最中かもしれない。果たして連絡がつくものだろうか。

 ――それでも、出てくれなくては困る!

 幸運を祈るというよりも、幸運を引きずり出すような思いで、夏に教えてもらった新しい番号に電話をかける。

 ――だから絶対に電話に出ろ!

長いコール音が続き、巽がやはりダメかと思った時。コール音が止んだ。

『巽?電話とは珍しいな』

聞きなれた友人の声に、巽は思わず安堵のため息を吐いた。


「類、あなた今どこですか」

『俺か?今新年の祝賀を外でサボっていたところだ』

いつもならば小言を言う場面だろうが、今は類のサボり癖に感謝したい。

 一宮家とは、霊能者一族音無家の分家であるのだ。巽の友人である音無類は、その音無家の次期宗主なのだ。

「緊急事態です。類の助力を要求します」

前置きもなく、巽は手短に今の状況を説明した。

『楓が攫われたぁ!?』

電話の向こうで類が驚きの叫び声を上げている。

「そうです。今日の夕方、近所のスーパーに買い物に行ったきり、戻らないのです。警察に調べていただいたところ、怪しい黒塗りの車に連れ込まれた映像が、監視カメラに映っていたそうです」

「……」

あちらの反応がないが、巽は聞いているものとして話を進める。


「その車を目撃している店員の証言で、ナンバーも知れました。その車は、一宮家所有のものだとか。この一宮とは、あなたの家の分家ではないでしょうか?」

電話の向こうにざわめく音が入ってくる。今までサボっていたところを、会場に戻ったのかもしれない。

『一宮は、当主が病気とかで祝賀に来ていないな?』

類が誰かに確かめるように言う。おそらく側に榊がいるのだろう。

『巽、一宮は誰も挨拶に来ていない。その車が本当に一宮の車かは調べるが、疑いを持つべきだろう』

類の声も固い。よりによって、己の関係者が親友の恋人を攫ったかもしれないのだ。責任を感じているのだろう。

「類、楓さんが一宮家がどこに連れて行ったのかわかりませんか?」

今の巽にとって大事なのは、責任の所在ではなく、彼女の居所である。

『わかった、おい梓!ちょっと来い!』

類が大きな声で呼びかけている。


「梓さんも、そこにいるのですか?」

夏休みに出会った彼女の幼馴染の姿が、巽の脳裏に浮かんだ。

『ああ、響のばーさんは老人会の旅行中で、梓は俺についてきて食べ放題を楽しんでいる』

類は側に来たらしい梓に、事情を説明している。

『おい、梓が話があるだと』

そう言うとすぐに、電話が代わった。

『石神様がお怒り』

梓が静かに告げた。

『楓ちゃんは石神様の可愛い娘。娘を攫われ、石神様怒ってる』

占い師の一族だという梓の言葉を、巽は真剣に聞き入った。

『早く楓ちゃんを見つけないと、石神様の怒りに大地が共鳴する』

大地が共鳴というと、地震でも起きるというのだろうか。神の怒りということでは、想像できないことではない。

『神の怒りを怖れぬ愚か者には、罰が下る』

『梓、脅かすのもそこまでだ。周りの連中が怯えている』

類が梓からスマホを取り上げたようだ、梓の声が遠くなる。


『今の俺たちの騒ぎで一族の連中に話が知れた。これから音無の総力を挙げて楓の居所を突き止めてやる』

類の自信に満ちた声に、巽も肩の力が抜けていく。性格は全く違うのに、何故か今まで付き合ってきた、不思議な親友である。だが類は、やると言ったらやる男だ。

「お願いします、わかったらすぐに知らせてください」

『おう。だから石神様を鎮めておいてくれよ。とばっちりの罰は、さすがに御免だ』

「ええ、楓さんのご両親に伝えておきます」

電話を切ると、三人の視線が巽に集中していた。

「やはり、楓さんは神様に愛されているひとですね。誘拐事件がこのタイミングで行われたことは、僕らにとっては幸運だったかもしれません」

巽が微笑んでみせると、彼女の両親は涙を浮かべた。

「大丈夫、楓さんは絶対に、無事に助けます」

それは、巽の決意だった。


***


新年の祝賀の集いのはずが、会場内は騒然となった。

「一宮が、次期宗主の知り合いをかどわかした」

この話が瞬く間に広がっていく。

「神の怒りを怖れぬ愚か者には、罰が下る」

梓の言葉が一族の者たちを不安にさせる。類の祖父と懇意の占い師の一族の言葉だ、一族で信じぬ者はいない。

 類はざわめく人々が注目する中、荒い足取りで会場の奥へとすすんでいく。最奥の席には、類の父親と祖父が座っている。そしてつい今しがた外へサボりに行く前までは、類もその横に座っていた。

「何事だ、この騒ぎは」

父親が類に問いただす。類はそれには答えず、会場内に目を向けた。類の背後には、付いてきたらしい梓がいた。

「俺の知り合いが、一宮にさらわれた」

さして張り上げていない類の声に、会場内はしん、と静まり返る。


「俺の親友が、唯一愛する大事な恋人だ。そして神に愛されし巫女だ。神の怒り以前に、俺はこのことに怒っている」

後ろに座る父親と祖父は口を挟まない。類の怒りが漲る霊気に、会場の者は怖れおののいている。

「俺の大事なダチの女をさらったバカを、絶対に許さない。それに少しでも加担した奴も同罪だ。神の罰と俺の罰、両方を受けたい奴は誰だ!」

類の怒りの霊気にあてられた一同に、梓が静かに告げる。

「急がなければ、石神様の罰が下る。神の罰は恐ろしい」

梓の座敷童子の見た目で言われると、効果が抜群のようだ。類の演説と同じくらいに、みんながおののいている。

「疑いを晴らしたいなら、すぐに行って探して来い!」

類の号令と共に、会場内の人々はざっと動き出した。


 その様子をなにも言わずに見ていた後ろの二人が、ようやく口を挟んだ。

「今の話は、本郷くんのことか?お前が友達というのは彼くらいしかいないだろう」

「ほう、あの坊に恋人とな。大人になったのう」

暢気なことを言ってくる父親と祖父に、類はため息をついた。

「じぃじ、さらわれたのは楓ちゃん。私の幼馴染で、石守神社の巫女さん」

類の祖父に、梓が追加情報を教えている。

 梓の祖母と類の祖父は古い友人だ。そして楓の祖父とも友人であったと、後で祖父から聞かされた。

「なんと、楓ちゃんか!坊と楓ちゃんが恋人とな!」

「今の楓ちゃん、お色気ムンムン」

梓の話に祖父が驚愕している。

 このやり取りで、類の怒りが多少収まっていく。梓は類を脱力させるのが得意だ。


「バカやってるな梓。なあ、楓はどこにいると思う?」

父親と祖父が、類の質問にそれぞれに思案した。

「今、一宮は沈黙している。祝賀に姿を見せないことを問い合わせても、誰も出ないんだ。あそこの当主は病気だという話だが、さて本当なのかね」

父親が顎をなでながらそう言うと、祖父が立ち上がった。

「石守の孫をワシの身内がかどわかすなど、なんたる失態!あやつの墓にわびねばならぬ。類よ、すぐに行くぞ!」

「どこにだよ、ジジイ」

いきり立つ祖父に、類が突っ込みを入れる。だが祖父がふん、と鼻を鳴らした。

「決まっておる!楓ちゃん救出だ!ええい、はよう居場所を特定せぬか!」

祖父の一喝に、未だ会場にいた者たちが慌てて出て行く。

「言ってらっしゃい。私は東京でで連絡を待つことにするよ」

父親はひらひらと手を振る。


 ここで類に榊が近寄ってきた。

「類、気になることがある」

「あん?」

類が榊を見ると、難しい表情をしていた。

「以前本郷の坊ちゃんが言っていた、木崎という骨董屋だ。調べたんだが」

「その木崎がなんだ」

そう言えばそんな話をしたな、と類が思い出す。榊が内緒話をするように、顔を寄せてきた。

「そいつは、一宮の当主が愛人に産ませた子だ」

榊の言葉に、類は眉を寄せた。

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