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石神様の仰ることは  作者: 黒辺あゆみ
第九話 死者の声

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その2

自宅マンションに帰ってきた巽は、夕飯は石守夫人が包んで持たせてくれたもので済ませ、自室で勉強をしていた。

 なにせ今年の巽は受験生である。巽は当然学校側から、有名大学への進学を期待されていた。しかし期待は所詮期待でしかない。

「東大を受けないのかね!?」

「受けません」

夢を膨らませていたらしい教師陣に、巽はきっぱりと断りを入れた。

 これが、彼女と出会っていなければ。もしかすると巽は教師の話に頷いていたかもしれない。だがしかし、今の巽には東大を受ける意味がわからない。

 ――東大に行けば、彼女と離れることになるではないか

 巽は父親と進路を相談して、弁護士資格の取得を目指すことにしている。弁護士は様々な業務形態があり、石守神社に婿入りしても仕事ができるからだ。そして弁護士資格は東大でなくても取れる。加えて言えば、巽は東京に出て仕事する気はさらさらない。将来地元で個人事務所を構えることができれば十分だ。なので巽が進学を希望するのは、就職実績のある地元大学である。

 このように教師陣に涙を流させたからには、文句のない成績を修めておく必要がある。準備に手抜かりがあってはいけないのだ。なにせ、巽の彼女と暮らすための人生がかかっている。


 こうして受験勉強に勤しむ本郷のスマホが鳴ったのは、夜の七時を過ぎた頃だった。鳴っているのは電話で、発信は石守神社である。彼女はいつも自分の携帯電話からかけてくるので、珍しいなと思いつつ、スマホをとった。

「もしもし?」

『ああ本郷くん?楓の母ですが』

思いがけない人からの電話に、巽は驚く。

「どうなさったんですか?」

『あのね、楓はそちらに行ってないかしら?』

「……いいえ、僕が帰る時に、階段下で見送ってもらい、そのままですが」

不穏な会話に、本郷は表情を引き締める。

「楓さんが、どうかしたのですか?」

『お味噌を買いに出かけてきり、帰ってこないのよ。寄り道しないように言っておいたし、楓も頷いていたのに』

石守夫人の動揺が、声から伝わってくる。

「警察には?」

『さっき、主人が相談に行って。でもどうしたら……』

「今からそちらに伺います」


巽はスマホを切ると、すぐに出かける準備をした。巽が走って石守神社に向かうと、石守夫人が階段下にいた。

「ああ、本郷くん」

「楓さんは、帰ってきましたか?」

巽の質問に、夫人は首を横に振る。

「携帯電話にも出ないんですね?」

「電源を切っているみたいなのよ」

夫人は涙声で答える。

 彼女の帰りがちょっと遅いな、と夫人も思ったらしいが、巽の家に行ったのかもしれないと思い、だったら送られて帰ってくるだろうと待っていたのだそうだ。それがさすがに遅すぎると、本郷に連絡を入れると同時に警察に相談に行ったのだとか。

 彼女は自分が両親に心配されていることを理解した。なのでどこかに寄り道するのなら、ちゃんと連絡を入れるはずである。不用意に心配をかけるような彼女ではない。


「警察はなんと?」

「幸運にも主人の知り合いがつかまって。今スーパーの監視カメラを調べてくれているそうで」

「それはよかった」

彼女のような高校生では、警察は遊んでいるだけだろうと言って相手にしない場合もある。すぐに動いてくれたのは僥倖であろう。

 外は冷えるので、巽は夫人を促して神社に入った。祈るような気持ちで連絡を待っていると、石守氏が中年男性を伴って戻ってきた。

「ああ本郷くん、来ていたのか」

「楓さんは?」

巽は挨拶ももどかしく、本題を切り出した。それに答えたのは、石守氏と一緒にいた男性である。彼は地元の刑事だと名乗った。


「スーパーのカメラで姿を確認できた。楓ちゃんは駐車場で、怪しい車に連れ込まれている」

巽は息をのんだ。女性が車に連れ込まれたとあっては、その目的は一つしか思い浮かばない。同じ思いなのだろう、夫人の顔色が真っ青になった。男性が夫人を励ますように、肩を叩いた。

「今車のナンバーを調べている。けどな目撃者が言うには、攫っていくには妙に目立つ車だったそうだ」

「目立つ、とは」

巽の質問に、男性が答える。

「なんだか黒塗りの、大きな車だったとか。いわゆる金持ちが使っていそうな」

怪しい車がずっと停まっていると、スーパーの店員が警察に通報もしていたのだそうだ。正月で閑散とした駐車場に長時間停車していたので、とても目立っていたらしい。それで監視カメラの映像が準備されていたため、特定が早かったと告げられる。

 不幸な出来事であるが、幸運が重なっている。

 ――彼女は、神様に愛されているひとだ

 だから巽が希望を捨ててはいけない。


「それならば、案外持ち主の特定がし易いのでは?」

「俺もそう願っているがね」

ここで、夕飯がまだだという石守夫妻に、巽は夕食をとるように勧めた。待っている両親になにかあっては、彼女も悲しむだろう。そんな巽の説得に、二人は準備してあった夕食を食べた。ついでに夕食がまだだという刑事の男性も一緒に。

 食事をしながら、夫人は彼女がスーパーに行った理由を話してくれた。巽に味噌煮込みを作ってやりたい、と言って味噌を買いに行ったのだと。

「僕のためですか」

確かに彼女に昼間手料理のリクエストを聞かれ、巽はそろそろ味噌味が食べたいと答えた。そのために買い物に行った先で、このような事件になるなんて。巽は手をぎゅっと握り締めて、叫びたい衝動に耐えた。

 夕食を食べて、夫婦が気力を持ち直した頃。男性の携帯電話が鳴った。

「車の持ち主が特定できた。けどな、やっかいな奴が引っかかったぞ」

男性が、厳しい表情でそう告げた。


***


次に楓が気が付いたのは、和室であった。

 ――なに、どこ?

 ぼんやりとした頭で、楓は周囲を見渡す。六畳ほどの和室の真ん中に敷かれている布団に、楓は寝ていた。明かりはついておらず、隅にある小さな照明だけの薄暗い部屋だ。楓の部屋でも本郷の部屋でもない。

 状況がおかしいとわかっているのに、楓は頭がぼんやりとしてまとまらない。心の中では必死に自分と戦っている楓だが、一見するとぼんやりと布団の上に座っているように見える。

 すると、急に和室の障子戸が開いた。

「起きたのか」

楓の父親くらいの年齢に見える男性が、和室に入ってきて楓を一瞥した。楓はそちらを見上げる。

「……薬の量を間違えたな、これで使い物になるのか」

楓の様子を見て、男性が忌々しそうに舌打ちをする。

 ――誰?

 そう疑問を持つも、楓ぼんやりと男性を見つめているだけだ。


「まあいい、こちらへ来い」

男性が楓に近付くと、強引に腕を引っ張り上げる。

 ――痛い!

 顔をしかめる楓に構わず、男性は引きずるように楓を和室の外に連れ出す。なんとか痛みを和らげようと、楓はよろよろと歩いて付いていく。男性に連れられて長い廊下を歩くが、その間楓は誰とも行き会わない。廊下から伺える様子だと、結構広い日本家屋のお屋敷のようだ。外は暗く、もう夜も遅い時間なのかもしれない。

 長い距離を歩かされて、楓はどこかの和室に放り込まれる。畳の上に転がるようにする楓を、男性は冷たい目つきで見下ろしている。

「巫女だというのなら、仕事をしてもらおうか」

ふん、と鼻で笑った男性は、部屋の奥を顎で示した。

「そこに寝ている男から、当主の証書のありかを聞き出すのだ」

それだけを言い放つと、男性は障子戸を閉めた。


 楓はしばらく畳の上に転がっているままであったが、やがてしっかりと思考できるようになってきた。ぐっと腕に力をこめて、起き上がる。

 改めて部屋を見回してみると、先ほど楓が寝かされていた部屋よりもずっと広く、妙に煙たい。その原因は焚かれている香の煙のようで、楓はむせ返るように咳き込んだ。

 そして男性が示した場所には、布団が敷かれてあった。誰かが寝ているようで、深く布団が被せてある。

「あの……?」

恐る恐る楓はそちらに近付くが、すぐに異変に気付く。顔に白い布が被せてあり、周囲にはドライアイスが敷き込められている。

「ひっ!」

楓は必死に後ずさり、男が閉めた障子戸へ背中をぶつける。

 ――この人、死んでる!?

 この部屋から逃げ出そうと、楓は障子戸に手をかける。しかしガタガタと音をたてるだけで、障子戸は開かない。

「誰か、出して、ここから出して!」

楓の恐怖の悲鳴は、しかし誰にも届かなかった。

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