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石神様の仰ることは  作者: 黒辺あゆみ
第九話 死者の声

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その1

「何故わからない!」

目の前の男に声を荒げられるも、彼は黒縁眼鏡を弄りながら、肩をすくめてため息をつくばかりだ。

「そんなことを言われてもねぇ。コレからはなにも聞こえないしねぇ」

彼の妙に間延びした喋り方に、男はさらに怒りを増す。

「ふざけた奴だ!せっかくお家の役に立ててやろうと、呼んでやったというのに!」

「はぁ、さようで」

しかし男の怒りにも、彼はどこ吹く風だ。

「それでも、聞こえないものは仕方ないねぇ」

「使えぬ奴だ!しょせん愛人の子か!」

侮蔑の視線を向ける男に、彼はにんまりと笑う。

「使えない愛人の子に縋ったあなた様は、一体どちら様ですかねぇ」

「貴様……!」

男は彼の胸倉を掴みあげる。しかしそこで、彼は思いだように手を打った。

「ひょっとしたら、巫女様なら聞こえるかもねぇ」

「巫女様、だと?」

彼の言葉に、男は掴んだ手を放す。

「石神様の声を聞く巫女様なら、死者の声だってお手のものだろうねぇ」

「ほう、石神の巫女か」

興味を示した男の様子に、彼はこっそりとほくそ笑んだ。


***


「あけましておめでとうございます」

石守神社の階段を上ってくる大勢の参拝客に、楓は挨拶する。

 今日は一月一日の正月である。神社が最も忙しい日と言っても過言ではない。お守り売り場は深夜0時から開いている。日付が変わるとともに訪れる熱心な参拝客が多いからだ。

「楓さん、そろそろおみくじを変えましょう」

「巽さん、ありがとう」

楓の後ろから本郷が顔を見せて、おみくじの入れ物を取り替える。

 いつもに比べると飛ぶように売れるおみくじを、楓の後ろの部屋で本郷が準備してくれている。本郷は大晦日の朝から石守神社にやって来ていて、しめ縄の取替えなどの様々な正月準備を手伝っていた。それから本郷は今までずっと石守神社に滞在している。本郷の滞在場所は、亡くなった祖父の部屋である。


 聞くところによると、保護者である平井先生は婚約者の新井先生と、冬休みの休暇を利用して旅行に出かけたらしい。その前の年の正月は、一人きりの本郷を気遣って先生たちはどこにも出かけず、マンションで正月を迎えたのだそうだ。だが今年は、ぜひ二人きりで正月を迎えて欲しいと、本郷が言い出したのだとか。

 それを聞いた楓の母親が、正月は猫の手でも借りたい忙しさなので、石守神社で正月を過ごしてはどうかと提案した。そうすれば先生たちは本郷が一人で正月を迎えると心配しなくてよく、石守神社は男手ができて助かる。ついでに楓は本郷が自宅に泊まってくれると嬉しい。いいことずくめである。

 お正月は特別に、神殿の扉も開放する。新年に身を清めて、新たな気持ちで始めてほしいという願いからだ。そんなこともあって、神殿の管理にも忙しい楓の父親は、境内を見ていてくれる男手ができて、正直楽になったようだ。


 こうして地道に本郷が両親の信頼を得ようとしている姿を見ると、楓もがんばろうと思えてくる。

 ――だってあれは、全部私のため、だし

 うぬぼれでもなんでもない、真実だ。だから楓も、そんな本郷に相応しい人間でありたい、と最近強く思うのだ。

 大晦日の深夜の参拝客の対応は、ほとんど本郷がしてくれた。

「酔っ払いも多いですから。楓さんはもう寝てくださいね」

そう言って譲らない本郷に甘えて、楓は深夜は一時間ちょっとだけお守り売り場で対応した後、本郷に任せて部屋に戻って寝たのだ。それでも楓はちゃんと早起きして、本郷と一緒に初日の出を拝んだ。

 今年の正月は、楓にとって今までで一番嬉しい始まりとなった。


 参拝客がひとまず落ち着いた時間を見計らって、楓は両親と改めて正月の朝を迎える。お節料理にお雑煮が並んだテーブルには、今年は本郷も加わっている。

「こんな立派なお節を食べるのは、初めてです」

「え、そうなの?」

目を細めている本郷に、楓は驚いて尋ねた。

 立派と言っても料理屋に注文していたお節料理である。手作り派の人にとっては手抜きと言えるだろう。それに本郷は社長子息である。料亭から取り寄せたもっと豪華なお節料理を食べていそうに思えるのだが。

 そんな楓のイメージがわかっているのか、本郷が苦笑した。

「正月は父は会社関連の新年の祝賀会に出かけていましたし。一人の僕は、特別正月らしいことをしたことはないですね」

唯一の正月のイベントは、お年玉くらいだと話す。


「でも去年は、新井先生が少人数用のお節を買ってくれて、兄と三人で食べました。それが初めての、家族で暮らす正月でしたね」

平井先生たちが、本郷を置いて行きたがらなかった理由がわかった気がした。本郷にちゃんとした正月を経験させてやりたかったのだ。

「なので今なにやら感動しています。だから楓さんは、正月早々泣かないように」

「だって、だって……」

目に涙を溜めている楓に、本郷がティッシュを渡してきた。

「まあ忙しい会社社長も、いろいろあるんだなぁ。うちだって、そう構ってやれなかった方なのに」

本郷の子供時代の話に、楓の父親もため息をついている。


「だったら余計にお目出度いわ。さあさ、お屠蘇をどうぞ」

楓の母親がお屠蘇を注いで回る。それにそれぞれ口をつけて正月の挨拶をした後は、お節料理をつつくのだ。

「あのね、栗きんとんだけは作りました。好きなので」

楓がさり気なく手作り料理をアピールすると、本郷が感心する。

「だけなんて言わないでください、すばらしいです」

本郷が楓お手製栗きんとんを食べて、褒めてくれた。

 こうして石守神社の正月の朝は、賑やかなものになった。

 正月の三が日、楓はずっと本郷と一緒だった。子供の頃に入り浸っていた祖父の部屋に、本郷がいる。それが楓にはとても不思議で、くすぐったい気持ちになる。


 夜に本郷が滞在する部屋で、祖父にうんと仲良しの姿を見せてやるつもりで、楓は本郷と楽しくお喋りをしたりして過ごした。

 ――おじいちゃん、私今一人じゃないよ

 このような忙しくも幸せな正月を送った後。楓は三日の夕方に自宅に帰る本郷を、神社の階段下まで送ってきた。

「また明日も来ますから。稽古初めがしたいですし」

「はい巽さん、また明日」

本郷と口付けを交わしたら、楓はその姿が見えなくなるまで見送った。


その楓の姿を、じっと見ている目があった。

「確認しました、あれが石守楓です」



「あら、お味噌がないわ」

夕飯の支度をしている母親の言葉に、楓はテレビの正月特番から顔を上げた。

「私、買って来ようか?」

最近の味噌の消費が激しいのは、楓が本郷への手料理に使うためだ。むしろすすんで買いに行くべきだろう。

「わざわざいいわよ。おすましが続いたから今日は味噌汁と思ったけど。今日までおすましにしておきましょう」

「ええ?まだ明るいし買いに行くって。そろそろ味噌汁食べたい」

日が暮れるまでまだまだ時間がある。楓はすぐに部屋に行っていつもの小さなリュックとコートを取って、ヘッドフォンを首にかけると再びリビングに顔を出す。


 買い物に行く気満々の楓に、母親は不安な表情をする。

「大丈夫?」

「平気よ、そこのスーパーを往復するだけだし」

心配する母親に楓は笑顔で答える。

 最近の楓は、学校へ登校する以外は本郷が送り迎えをしてくれる。送迎も含めてデートなのだそうだ。休日本郷の自宅で会うときも、神社まで迎えに来るのだ。

 過保護だと思うが、心配されているという自覚が出てきた楓は、素直に本郷に送迎をされていた。なので楓はここのところ一人で行動することがあまりない。母親の心配は、そのためであるのだろう。

「ちゃんと寄り道しないで、いい子で帰ってくるよ?」

「そうね、小学生じゃないんだから、心配しすぎかしらね」

母親がそう苦笑する。


「心配してくれるのは嬉しいよ。だから変な人にも付いて行かない」

幼稚園児の約束事のようなことを言って、楓は母親を安心させる。

「それにね、明日巽さんに味噌煮込みを作ってあげたい」

「まっ、本音はそれね!」

そう言って、楓は母親と笑いあった。

 こうして楓は、小走りにスーパーまで向かった。神社から徒歩十分かからないくらいだ。今は元旦から開いている店もあるが、母親曰く昔は正月が明けるまでたいていの店は閉まっていたという。楓の感覚では、それではさぞ不便だろうなという印象である。

 スーパーの味噌コーナーで、いつも買っている味噌を選び、レジで清算すれば終了だ。あんなやり取りの後であるし、早く帰ろうとしていると。


「わあ、すごい車」

駐車場に長くて大きな車が停まっていた。以前梓の家で見た車と似ている。いわゆる迫力のある、お金持ちが乗っていそうな車だ。

 ――こんなスーパーに、お金持ちの人が買い物に来たのかな

 ひょっとして帰省の途中で、緊急に立ち寄ったのかもしれない。楓はそう自分の中で答えを出して、それでもちょっとした興味で車を眺めながら歩いていると。

 突然、背後から肩を掴まれた。

「え?」

なんだろう、と振り返った楓の視界を、白い布が覆った。

 ――なに?

 疑問に思う間もなく、楓の意識が遠のく。

「どうしました?いけない発作が出たようだ。今病院に運びますから、しっかりしてください」

意識を失った楓の身柄を、スーツを着た男性が、まるで身内であるかのような会話をしながら、楓が興味を示していた車に乗せていった。

 車の去った後には、楓が買った味噌が落ちていた。

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