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石神様の仰ることは  作者: 黒辺あゆみ
第八話 秋の花火と恋模様

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その6

巽は朝から石守神社で汗を流していた。今日は花火大会の日であり、以前から楓の両親に、境内の準備を手伝って欲しいと頼まれていたのだ。頼みごとをされるのも信頼の証である。巽は二つ返事で頷いた。

 集まっている近所の男性たちに指示を仰ぎ、簡易のひな壇状の観覧席を設置していく。その作業を、彼女がお守り売り場から見守っている。朝に彼女に挨拶した時は、とても腰が辛そうにしていた。その原因はほぼ巽にあるが、ここで謝るのも違う気がする。お互い同意の上での、愛し合った証であるのだから。

 だが彼女の身体を労わりたい気持ちはあるので、巽は彼女の自宅からお守り売り場にクッションをたくさん運び込んだ。今の彼女は、そのクッションに埋もれるように座っている。時折そちらを見ると、彼女が笑顔で手を振ってくれる。

「おめぇも朝から熱心だな。高校生なら他に行くところがあるだろうによ」

一緒に作業をする男性にそう言われた。確かに世間一般の高校生の恋人同士なら、おそらくこのような町内のイベントの手伝いなどをしないだろう。だが彼女の両親に認められることこそ、今の巽の目標である。そのための地道な作業を断るなんてあり得ない。


「他ならぬ、楓さんのご両親の頼みですから。なによりも優先しますよ」

笑顔で返す巽に、男性は目を見張っている。

「おめぇ、意外に楓ちゃんに本気なんだな」

「本気ですとも、将来楓さんとの結婚を予定するほどには」

ご近所さんである男性とは、この先も付き合いの続く可能性が大きいのだ。隠すことはなく、巽は心のままを語った。

「楓さんはこの神社の跡取り娘ですから。そのつもりで人生計画をたてていますよ」

「楓ちゃんも、えらい男捕まえたな……」

呆れるような様子の男性だが、巽は楓以外の女性など考えられない。おそらく、この先何年待ってもそうだろう。彼女こそ、巽の運命のひとと言えるのだから。

「なるほど、おめぇは楓ちゃんの婿殿か」

「その予定です。よろしくどうぞ」

にっこり微笑む巽に、男性は大笑いをした。

 それから男性が巽を「婿殿」と呼ぶので、それが周囲でも巽の呼び名として定着してくる。


 思えば巽は、このような地域のコミュニティに参加するのは初めてだ。学校でのボランティア活動とはまた違ったもので、東京でこのような近所との共同作業などしたことがなかった。この地域で彼女が育ったのだと思えば、不思議と愛着がわいてくるのだ。

 観覧席が完成すると、巽は彼女の自宅で昼食を貰い、風呂場を借りて汗を流した。すでに浴衣は持ち込んであり、夕方にここで着させてもらうつもりだ。時間までお守り売り場にいる彼女の側にいる巽に、彼女の母親が尋ねてきた。

「本郷くんは、自分で浴衣を着付けられるの?」

彼女の母親が、彼女の着付けをするのだと聞いている。巽がそれに頷くと、彼女の母親がお願いをしてきた。

「近所の男の子の、着付けをしてくれない?」

「いいですよ」

気安く返事をする巽に、彼女の母親が喜んだ。話によると、毎年近所の子供に浴衣を着せてあげているらしい。そのうちの男の子を受け持つくらい、お安いご用である。

 巽が手早く子供たちに浴衣を着せていく姿を見て、彼女が不思議そうに呟いた。

「どうして料理だけがダメなんですかね?」

巽のいろいろな器用さを目の当たりにするたびに、彼女は謎であるらしい。


 夕方になり、彼女は浴衣に着替えてきた。土曜日に見られる巫女装束も清楚で好ましいが、浴衣姿は彼女をぐっと大人っぽく見せる。彼女を世の男性に見せびらかしたいような、誰にも見せずに閉じ込めておきたいような。そんな葛藤が一瞬胸の内に起きる。その葛藤はすぐに閉じ込めておくほうが優勢になるのだが。

 二人で浴衣姿で境内を散策する。今日はちょっとしたビアパーティをするらしい。あちらこちらで食べ物のいい匂いが漂っている。

「いいですね、こういうのも」

巽が思わず呟くと、手を繋いでいた彼女が首を傾げた。

「今まで花火大会など、このように楽しんだことはありません。興味もなかったですね」

我ながら、つまらない男だと自嘲すると。

「わあ、じゃあ巽さんは花火大会初体験ですね」

楽しそうに彼女が笑った。

 ――これだから、彼女はたまらない

 今までの巽の中での花火大会とは、他の家族が楽しむイベントだった。幼い頃から父親は仕事で忙しく、いつも一人だった巽には縁のないもの。それが花火大会だ。なのに今、いつか家族にと乞い願う彼女と一緒に花火を見上げる。最高に幸せなことではないだろうか。

 いつだって心を癒してくれる愛しい恋人の手を、巽はぎゅっと握り締めた。


***


実は花火大会を観覧するのは初めてだという本郷が、楓の隣で楽しそうにしている。その様子がちょっと子供みたいに思えて、楓はこっそりと笑ってしまう。

 ――巽さんの、貴重な初めてだ

 それを貰えたというのが、楓は嬉しい。寄り添うようにもたれかかって座っていると、楓はとても幸せな気持ちになれた。

 花火の打ち上げが終わっても、境内のビアパーティは終わらない。楓は本郷や橋本姉妹と、楽しくバーベキューを食べる。先生二人は大人たちの集まりに交じって、お酒を楽しんでいるようだ。

 楓がみんなの笑顔を眺めていると。

「今宵の大輪の花も、美しかったの」

背後から、楓は声をかけられた。振り向いた楓の前にいたのは、午前中に話をしたあの女性である。


「あ、ちゃんと見てたんですね」

せっかく遠方から来たというのに、花火が始まった時に見当たらないので、ちょっと気にかけていたのだ。

「毎年の楽しみであるからの」

「ふふ、よかったです」

楓が笑顔でそう言うと、女性は含み笑いをした。

「……そなたは変わらぬの、愛い奴じゃ」

「……?」

楓は首を傾げる。変わらないと女性は言うが、楓は日々成長して変わっていると思うのだが。

「お主は癒しが効いたようだの、朝方よりも調子がよさそうじゃ」

「……?そうですね、なんだか身体が楽になったんです」

そういえば、楓が午前中女性と話をした後、身体の辛さがとれたのだ。

「愛しい男と、仲良くの」

「楓さん?」

ここで本郷が呼んだので、楓は会話の途中だったが振り返った。


「はい?」

「どうかしたんですか?なにやら一人でブツブツと言ってましたが」

本郷がいぶかしげな表情をして楓を見ている。

「え、いや今ここにお客さんが……」

もう一度振り返るも、女性の姿は見えない。どこに行ったのかと境内を探すも、あの着物姿は見えない。

「えっとですね。今ここに、毎年花火を見にくるお客さんの、着物の女の人がいてですね。お話をしていました」

「女性、ですか?」

楓はそう言いつつも、女性を見つけることができない。本郷も首をめぐらせているが、あきらかに疑っている顔だった。これはいけない。ちゃんと証明しなくては、楓がまるで独り言を言っていた怪しい女である。

「えっと、いたんですよ、本当に女の人が!」

楓がむきになっていると。


『楓よ』

ふいに、石神様の声がした。

『まだ気付いておらなんだか。アレは人ではないぞ』

「……え?」

石神様が今、聞き捨てならないことを言った。

 ――人では、ない?

『アレは裏山にある池の主。この時期になると、花火はいつかと尋ねてくるのだ』

池の主というと。人ではないどころか、ひょっとして妖怪とかそういうものであるのだろうか。そこまで考えて、楓は思考回路がショートした。

「楓さんどうしました?」

本郷の声が聞こえるが、楓の意識は遠のいていく。

「楓さん!?」

目を開けたまま気絶する楓を、本郷が慌てて抱きとめたのだった。

 ――花火大会、嫌いになりそう

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