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石神様の仰ることは  作者: 黒辺あゆみ
第八話 秋の花火と恋模様

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その4

その日の朝、巽の機嫌はよかった。ここ最近の不機嫌さが嘘のようである。午前中は妙な噂が流れたが、それも午後には違う内容に変わっていく。噂などそんなもので、話す人間のアレンジで、いかようにも変化するものだ。

「本郷、昨日ようやくやらかしたらしいな。部長に聞いたぞ」

中山が巽の机によってきて、そう話しかけてきた。

「ええ、弓道部の部長には庇ってもらいました。感謝を伝えておいてください」

うすく微笑みを浮かべる巽に、中山がぎょっとする。

「……えらく上機嫌だな。なにかあったのか?」

「ここ最近が不機嫌だっただけで、とりたててなにがあったというわけでは」

そんな巽の答えに、中山は納得していない様子だ。しかし巽は上機嫌の理由を語るつもりはない。中山はそんな空気を察したようで、話題をかえようと視線を動かす。すると、

「あれ、お前時計変えたんだな」

中山が巽の腕時計を見咎めた。

「ええ、ちょっと理由がありまして」

「ふぅん……」

中山はなおもなにか言おうとしていたが、担任が教室に入ってきたため、会話はそこで途切れた。


 それから時間が過ぎて、昼休みが終わろうとしている頃。巽の周囲に集まって雑談する男子が、ふいに噂話をしてきた。

「なあ今一年で噂になってる、石守楓って知ってる?」

一人がそんなことを言う。

「あー俺見たことある。なんかちょっと、いいよなあの娘」

「俺知らね、どんな噂よ」

他の男子が話に乗る中、巽は静かに見守っていた。

 女嫌いの巽であるが、他人の恋愛話を嫌うわけではない。このことをみんな知っていたし、地雷を踏まなければ案外付き合いがいい男、というのがクラスの男子の巽に対する意見であった。

「その娘が、ごっつい男ものの時計してるんだって。ぜってぇ彼氏のだって話」

この時、中山の視線が巽に向いたが、無視である。


「うわーマジで!?あの娘の彼氏ってどんな奴だ!けしからん!」

「隣のクラスの奴が告白して、恋人がいるからって振られたって喚いてた」

その雑談を聞いている巽を、中山がじっと見たまま話に加わる。

「俺用事があって一年の教室に行ったけどさぁ。あの石守って娘のしてたあの時計って、珍しいよな」

「え、そうなん?」

「なあ、本郷?」

他の男子が中山を見る中、中山は巽から視線を外さない。

「さぁ、どうでしょうね。僕にはなんとも」

巽がようやく反応して浮かべた微笑みに、中山は何かを悟ったような表情をする。巽はそのまま中山をじっと射抜くように見つめる。

「や、いや、うん。いいんじゃないかな」

「どうしたよ、中山」

言葉を濁す中山をよそに、巽は再び沈黙した。



翌朝巽は、マンションのエントランスで挨拶をされた。

「本郷先輩、おはようございます」

「花村さん、おはようございます」

花村は同じマンションに住んでいることもあり、以前から顔くらいは知っている生徒であった。それが最近意外な接点が見つかった。花村は彼女のクラスメイトなのだ。先日目撃した彼女の告白現場で、居合わせたりもした。

「先日はいい情報をありがとうございます。おかげで釘を刺すことができました」

彼女に告白をしてきたという四人の名前を、花村に教えてもらったのだ。その中に二年生の男子がいて、遠まわしにこれ以上の干渉をしないように伝えることができた。少々風紀委員長の職権を乱用した気もするが、それは見逃してもらいたい。


「いいえー、私も先輩からのアドバイスのおかげで、元カレとよりをもどせたし」

花村がひらひらと手を振る。

 花村は彼女のクラスメイトであると知れる以前に、巽に告白してきた女子である。巽がいつも通りすっぱりと断ると、花村は不思議そうに聞いてきたのだ。

「そんなに化粧臭いですかね?」

なので巽も正直に答えた。

「匂いを否定するわけではないですが。せめて統一させてください」

このアドバイスともいえない話を、花村は素直に受け止めたらしい。お気に入りであるシャンプーの香りだけをそのままに、その他を無香料に変えて、柔軟剤の香りもやめたそうだ。するとそのおかげかは定かでないが、前の恋人が戻ってきたのだとか。


「匂いって、案外バカにできないんですねぇ」

報告がてら花村がそんなことを言ってきたので、巽も見解を述べておいた。

「人間も動物の一種ですから。根源的なものなのかもしれませんね」

それ以来巽と花村はマンションのエントランスで、ちょっとした挨拶程度の会話を交わす仲だ。

「それと、会議を妨げていた件が片付きました。ご協力感謝します」

「あの先輩しつこいから、大変だったでしょ?ご苦労様でした」

件の女子生徒と花村は同じ中学らしく、噂を聞いた花村が忠告してきたのだ。

「あの先輩、中学でも似たようなことしてますから。すぱっと終わらせないと続きますよ」

この忠告を受けて、巽は会議に出席する委員会の代表や部活動の代表に根回しした末に、あの会議に臨んだのだ。


「噂を流してくれたのは花村さんでしょう?ありがとうございます。ある程度の泥を被る気でいたのですがね」

巽は楓との時間を削られることを思えば、泥を被るくらいは甘んじるつもりだったのだ。

「私あの先輩嫌いですから。『自分レベルでないと本郷巽と釣り合わない』とか平気で言ってたみたいですよ。同じ中学の先輩が協力してくれたんです」

「そうですか。その先輩にも感謝していたとお伝えください」

巽が頭を下げて立ち去ろうとすると。

「ねえ先輩、石守さんは臭くないんですか?」

巽がいつも言うことだからだろう、花村がそんなことを聞いてきた。これに巽は即答する。

「楓さんの汗の香りが好きなのです。なので香料など必要ないですね」

巽が学校に向かって去っていく中、残された花村は悩んだ。

「本郷先輩がちょっと変態だと、石守さん以外私だけが知っているのか。でもちっとも嬉しくないし、私はいくら美形でも変態は嫌かな」

この花村の独白を聞くものはいなかった。

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