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石神様の仰ることは  作者: 黒辺あゆみ
第八話 秋の花火と恋模様

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その3

最近の巽は、壮絶に機嫌が悪い。これは巽のクラスメイトの共通認識であった。

 その理由はわかりきっている。なかなか進まないため回数ばかり増える生徒会の会議と、その原因のせいである。

「なあ本郷、さっきの問3、どうしてもあの答えにならんぞ。お前の解答をちょい見せてくれよ」

数学が終わった後の昼休み、クラスメイトの中山が巽に声をかけてくる。中山は弓道部に所属しており、いまだ巽を弓道部に誘う男である。

「どうぞ」

巽は片付けかけたノートを再び広げる。中山がそのノートを写していると、それに便乗した数人の男子が巽の机に群がった。その様子を見ながら、巽はため息をついた。


「お、ちょっと迷惑だったか?」

便乗した一人が、巽に伺ってくる。

「いえ、この後また会議がと思うと、嫌気が差しただけです」

「あー、やたら多くね?会議。うちの部長も文句たらたらだし」

「そうでしょうね。昨年は一度で済んだ議題を、延々繰り返しているんですから」

それもこれも、いつも会議で巽の隣の席を陣取って、いらぬ弁舌をふるって時間をとり、巽の貴重な時間を潰してくれる馬鹿者のせいだ。あの女は自分ができる女であることを主張したいのかもしれないが、生憎巽は頭が悪そうとしか印象を持てない。

「もういい加減になんとかしようと、生徒会長と話をつけたところです」

「マジで?じゃあ部長にもそう言っておこう」

「ええ、もしもの時は援護をお願いしたいですね」

このような馬鹿馬鹿しいことから早く開放されて、彼女と二人きりの時間を確保したい。この毎日のイライラも、家に帰れば彼女が料理を作って待っていてくれると思うからこそ、耐え切れるのだ。


 おそらく巽の不機嫌の最大の犠牲になっているのは、クラスメイトであると思われる。彼女の顔を見るだけでストレスが半減するので、家に帰って彼女にあたることがないだけが救いだ。

 そんな彼女は昨日嬉しい冗談を言ってくれた。

『頑張ってくださいね旦那様』

この台詞を聞いたとき、巽は思わず夫婦生活の予行練習に突入するところだった。彼女といわゆる裸の付き合いをするのは、金曜日だと約束している。

 ――ああでも、卒業したら彼女と一緒に暮らしたい

 帰ったら彼女がいるという安心感が、巽のストレスを緩和してくれるのだ。巽は卒業後は今のマンションを出る約束だ。その後石守神社の近くに部屋を借りるのもいい。だが、ゆくゆくは彼女と同居したい。けれども彼女が石守神社を出ることは、例の体質からすると考えられないし、させるつもりもない。ということは自然、巽が石守神社に居候することがベスト、という結論になる。

 我ながら先走った考えだが、今から彼女の両親の信頼を得ることは、非常に重要だ。信頼は一日にして成らずなのだから。


 こんな巽だが、その父親も社長業を引退したら石守神社の近くに来ようと計画している。どうしても孫の成長を近くで見守りたいらしい。おそらく幼少の巽を一人きりにしてしまったことへの、父親なりの後悔があるのだろう。

 地元子会社の業務サポートをしてもいいし、中小企業の経営アドバイザーをしてもいい。案外真剣に検討しているようだ。巽の先走った考え方は、おそらく父親似なのだろう。

 こんな調子で昨日の彼女の台詞を脳内で繰り返し再生し、今日は幾分か機嫌の浮上している巽だったが。

「あぁー、かえでちゃんに振られたぁ」

廊下からそんな声が聞こえてきた。

 ――かえでちゃん?

 一瞬反応するが、この校内に同じ名前の女子は何人もいるだろう。ちょっと過敏になり過ぎだ、と自分を戒めると。

「え、お前マジで石守楓に突撃したの?」

そんな声が聞こえてきた。巽の耳はもう目の前のクラスメイトの声が聞こえなくなり、その廊下の会話に集中する。


「ああ、後輩に頼んで移動教室途中の渡り廊下で待ってもらった。そうまでしてやっと捕まえたんだぞ」

確かに彼女は昼休みは国語科準備室に引きこもるし、放課後は巽の家に一直線に帰る。捕まえるにはそれしかないだろうことは理解できる。だがそれが理解できたところで、それを許容できるわけではない。

「で、なんて言われたんだよ」

「もう恋人がいるから、ごめんだって。でもせっかくだから、思い切って抱きついて感触を確かめてきた」

 ――は!?

 巽が愛して止まない彼女に、抱きついたというのか。あの柔らかな肢体の感触を、巽以外の男性が知ったのか。

「本郷?」

急に黙り込んだ巽に、中山が声をかける。しかし今忙しい。

「お前勇者だな!で、どうだった?」

「言いたくない。俺のかえでちゃんが減る」

 ――誰が、お前の楓ちゃんだ!


 巽の眉間にしわが寄り、こめかみに青筋が立つ。愛する彼女に他人の手垢をつけられた。これを許すことができようか。相手が誰だか知らないが、彼女が上級生に対して、強く出ることができないのは容易に想像がつく。彼女の全身を自らの手であらためて、浄化作業に勤しまなければ。だが約束の金曜日は明後日だ、これは自らで課した約束である。このタイムラグが恨めしい。

「本郷、本郷巽くんよ、どうした?」

急激に冷え込んだ巽の雰囲気に、中山が顔を引きつらせる。

「どうしたとは、なんでしょう」

巽は無表情に問い返す。

「いや、なんていうか……」

「なぁ?」

顔を見合わせるクラスメイトたちを一瞥すると、本郷は立ち上がった。

「失礼、トイレに行ってきます」

「お、おぅ……」

男子たちは怯え気味に、巽を送り出した。

「誰か知らんが、虎の尻尾を踏むような真似を」

その様子を見ていた橋本が、人知れずポツリと呟いた。

 その後、午後の移動教室の途中、巽は彼女への告白風景を実際に目撃することになる。


***


楓が本郷から腕時計を貰った翌日、学校内を二つの噂が駆け巡った。

 一つは、とうとう本郷が件の女子生徒に引導を叩き付けたという噂だ。

 前日の会議でぶち切れた本郷が、

「会議をあなたの個人的事情に利用するのはやめていただきたい。もううんざりなんですよ。あなたのその化粧臭い臭いを我慢するのは」

そう女子生徒に言い放ったという。

 その女子生徒は泣きながら部屋を飛び出したそうだが、その後会議はつつがなく進行したそうだ。

 この噂というものも、最初は本郷を非難する内容だった。

「女を平気で貶める、血も涙もない冷血漢」

そんな噂が二年女子の一部で発生したそうだ。だが昼休みになると、その内容が一変する。


「女嫌いで有名なあの風紀委員長に、身の程知らずな挑戦をしたバカな女」

「本郷に自分をアピールするのに会議を利用し、他のメンバーに多大な迷惑をかけたらしい」

そんな噂が、一年の楓の耳にも届いていた。

「本郷の奴、情報戦を制したな」

「情報戦、ですか?」

昼休み、楓に莉奈がそんな感想を言った。

「おそらく最初の噂は本人が流したんだろう」

女子生徒が自分の友人などに頼んで噂をしてもらったのであろうが、その話に乗る生徒はあまりいなかったそうだ。

「本郷の女嫌いは有名だ、だから女に冷たくとも今更の話だ。それよりも女子生徒の噂の方が痛いだろうな。これで生徒会長の座はなくなった」

生徒会選挙前にこのような評判が立てば、選挙に立候補することすらできないだろう、と莉奈が推測する。


「ふぅん、でもなんだかあっけないですね」

件の女子生徒は、周囲の迷惑を顧みないような行いのわりに、すぐに引き下がるようだ。楓の感想に対して、莉奈は肩をすくめた。

「これ以上は恥の上塗りだ。大人しく生徒会長の座で満足していればいいものを、本郷の恋人の座まで狙ったのがまずかったんだ」

「その人のことは知りませんが、確かに先輩の神経を逆撫でしてましたよ」

恋人の座を狙うには、アプローチがまずいにも程がある。本郷は派手な女性をなにより嫌う。それは見た目もそうだが、内面も伴うらしい。

「本郷に好かれるとまでは言わないが、近付こうと思ったら、まずは化粧をやめて身に付けるものの香料を絶つことだな。それだけでとりあえず視界に入ることが許されるだろう」

莉奈の分析は、おそらく間違っていない。本郷の最初の振るい落としは、臭いだからだ。


「確かに、今流行ってる柔軟剤の匂いも嫌いだって言ってました」

「あれねー、気をつけないと他の匂いと交じって、すごいことになるもんねー」

楓の意見に寧々も同意してくる。本郷ではないが、匂いというのは案外気になったら異臭とも感じるものなのだ。

「それよりさぁ、楓ちゃんの時計の噂もすごいじゃん?」

寧々がきらりと目を光らせた。

「え、なにそれ」

だが、楓は噂と言われて驚いた。

 ――私の、噂?

確かに楓は、昨日もらった本郷の時計をつけている。朝早速、昨日のクラスメイトにも見咎められた。

「わぁお、やるねぇ」

「彼氏のアピールがハンパないね」

「ふぅん……」

とそれぞれに言われた。楓には効果がいまいちわかっていないが、三人によるとすごくアピールしているらしい。

 ――でも、時計の噂ってなに?


 楓の謎を、寧々が解説してくれた。

「石守楓の時計の君は誰だ!って一年男子が騒いでるよ。少なくともうちのクラスの男子は」

「時計の君!?」

楓は驚くばかりである。

「ほう、人気者だな楓は」

「もう、からかわないでください」

にやりと笑みを浮かべる莉奈に、楓は膨れっ面をする。

「でもどうして時計なの?」

純粋な疑問をぶつける寧々に、楓は一瞬言葉を詰まらせる。告白されないため、とは言いにくい。


「……えっと。クラスメイトにね、男子対策に、恋人がいるってアピールするのに、恋人のものを身に付けるとどうかと、言われて」

「ああ、楓ちゃん告白が続いたもんね」

だが、楓が濁した部分をずばりと寧々に言われた。

 ――え、どうしてみんな知ってるの?

「楓、追い討ちをかけるようだが二年にも楓の名前が聞こえるぞ。告白をして振られたと嘆いている男子もいた」

確かに、告白してきた四人の中には二年生もいた。

「……先輩にもばれて。それでこの時計をもらった」

「なるほど。本郷の奴も必死だな」

感心しきりの莉奈に、楓は恐る恐る尋ねた。

「あの、この時計ってなにかあるんですか?」

「いいや、ただの時計だから気にしなくてもいいぞ」

だがその莉奈の表情が、まるで観音様のようだった。

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