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石神様の仰ることは  作者: 黒辺あゆみ
第八話 秋の花火と恋模様

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その2

一方の楓の方でも、変化があった。

 移動教室から戻る途中、楓は男子生徒に階段の踊り場で呼び止められた。

「あの、石守さん付き合ってください!」

「無理です、恋人がいますから」

告白されて、楓は条件反射的にそう伝えた。その後で、他の生徒も通る階段で、告白されたことに気付いた。

「やっぱり、噂は本当なんですね……!」

男子生徒は悔しそうな顔をして、走り去っていく。楓は一人取り残された形になる。だが去り際に、

「あの胸はもう誰かのものなんだ……」

という台詞が聞こえた。楓の胸は、楓のものではないだろうか。男子というものは謎である。


「なんか、新しいゲームかなぁ?」

ここのところ、楓は告白されることが数回あった。一学期中は地味で目立たない女子生徒であった認識である楓なのだが、一体どういう変化があったというのか。

 ――や、先輩と付き合いだしたけどさ

 だがそれとこの告白ラッシュが、果たして繋がっているのだろうか。楓が一人首を傾げていると。

「夏休み明けてから、これで何人目?」

階段を降りてきたところだったらしいクラスメイトの女子に、楓は声をかけられた。この女子生徒は、入学してすぐの頃に楓に声をかけてきた人物である。

 ――変な人に見られたかも

 ちょっと警戒しつつ、楓は答えた。

「四人目、かな」

するとその女子生徒と一緒にいた女子二人が、わっと寄ってくる。

「色気出たもんねー、恋人できたっていうのが納得なくらい」

「そうそう、たまにキスマークつけられてるし」

「え!?」

仰天の事実を聞かされ、楓は動揺する。それに、楓に声をかけた女子生徒が眉をひそめる。


「ひょっとして気付いてない?背中に結構付いてることあるわよ。彼氏に執着されてるのね」

「……ぜんぜん知らなかった」

 ――先輩ったら!

 今日の放課後に絶対に聞いてやろう、と楓が決心していると。

「そういう隙がありそうに見えるのが、原因じゃないかしら」

女子生徒にそんなことを言われた。

「はい?」

「背中のキスマークなんて、女子更衣室でないと見えないもの。男子には、色気が出てきた優良物件に思われてるのよ、石守さんは」

女子生徒の言葉に、常々本郷に隙があると言われている楓は反論できない。

「そうそう、別に彼氏の名前を連呼する必要はなくてもさぁ、恋人がいるよアピールを、もっとすればいいんじゃない?」

「男子に突撃されると面倒だし、第一危ないじゃん?」

他の女子もそれぞれに意見する。

「あの、アピールってたとえば、どんな?」

この際だと、楓は三人に聞いてみることにした。


 あちらは楓が話にのってくるとは思っていなかったのか、驚いていた。それでも一応、答えを返してくれた。

「彼氏の腕時計つけとくとかは?」

「そうそう、ちゃんとつかってます感のあるやつよね」

「あとハンカチ、男物って意外と目立つわよ」

「そんなの、みんな見てる、かな」

かえでがおずおずと言うと、すぐに反論される。

「えー、男子の方が意外と細かいって、絶対!」

「そうね、男子の方が女々しいわ」

「ねー!」

それぞれに言われ、楓はいちいち頷く。

「勉強になります……」

楓が三人の勢いに飲まれていると、あちらは満足したようで、教室に戻りだした。

 最初に楓に話しかけた女子生徒が去り際にちらりと上を見た後、

「本郷先輩と仲良くね」

と囁いていった。

 あの女子生徒は、入学して最初に本郷について聞いてきたのだ。それなのにまさか知っていたなんて。

 ――あえて知らないフリをしてくれているのかもしれませんね

 本郷の言葉が、楓の脳内に響いていた。



「先輩の持ち物が欲しいです」

放課後の本郷宅で、楓は本郷が帰宅するなり早速おねだりした。場所はリビングで、本郷の前に正座していた。

「何故でしょう」

本郷が当然の質問をしてくる。

「あの、えっと……」

男避けです、というのは言いにくい。楓は男子に告白されたことを、本郷に伝えていないのだ。口をもごもごさせる楓に、本郷は微笑んで見せた。

「楓さん、怒ったりしませんから。正直に言いましょうね?」

そう言いつつも楓ににじり寄り、腕の中に囲い込む本郷。正面から覗き込まれる楓は逃げることができない。

「楓さん?」

本郷の笑顔に迫力がある。


「あのですね、男子の、告白避けに、欲しいな、と思いまして」

小声でボソボソと伝える楓だったが。

「ああ、階段の踊り場で男子に告白されたんですよね?それを即答で断ったとか」

本日の状況まで細かく説明された。楓は本郷の笑顔が恐ろしい。

 ――知ってたよ、先輩!

「きちんとお断りしていたのはよかったのですが。あれが四人目というのはどうでしょうね」

「……あの、どうしてそれを」

目を反らすといけない気がして、楓は懸命に本郷の目を見る。

「僕もあの階段を通ったからです。奇遇なことに、移動教室だったのです」

『俺のムッチリちゃんが!他の男の視線に晒されるだけでも耐えられんのに!』

本郷だけでなく、副音声までもそんなことを言う。

 ――バカ、あの男子のバカ!あんなところで告白しなくてもいいじゃん!

 楓が内心であの男子生徒を詰っていると。

「一年男子の中で、楓さんは人気があるようですね」

本郷の笑みが深まる。


「や、そんなことは……」

楓はふいに、あの階段での会話を思い出した。

『本郷先輩と仲良くね』

 ――あの娘、先輩があそこにいるって知ってたの!?

 だとしたら、なんという確信犯だろうか。

「もちろん、全てお断りしたんですよね?」

「はい、ちゃんと恋人がいるので、付き合えないとお伝えしました!」

「よろしい」

ここでようやく、仲直りの印の口付けを交わした。息苦しいほどに唇を吸われ、楓は本郷の嫉妬を改めて理解した。

 ――でも、嫉妬してもらえたし

 変な話だが、楓はちょっと嬉しかったりする。

 その後もう一度、楓は本郷に私物をねだった。


「渡すのはいいですが、僕もお願いを聞いて欲しいですね」

楓を膝の上に抱える本郷がそんなことを言った。

「な、なんでしょう?」

どんなお願いかと構える楓に、本郷が告げた。

「名前で呼んで欲しいです。先輩でも本郷でもなくて」

先輩呼びでも苗字呼びでもない、ということは。

「あの、巽さん、ですか」

「よくできました」

とても嬉しそうに本郷が笑った。

「それでもう一度、おねだりしてくれますか?」

そう本郷に乞われた。改めて言うのはちょっと恥ずかしいが、楓は頬を赤らめつつ告げた。


「えっと、私は巽さんのが欲しいな」

一瞬、本郷が沈黙した。

「……楓さんはたまに、ちょっとアレな言い方をしますよね」

「アレ、ですか?」

本郷の言わんとすることがわからず、楓は首を傾げる。

「僕のというと、こういう意味にも取れるのですがね」

楓は本郷にとられた手を下に導かれ、ようやく理解した。

「や、そうじゃなくて!せんぱ、違う巽さんの、そう持ち物が!欲しいなと思ってます!」

顔を真っ赤にして楓は言い直した。

「楓さんはたまに、この手の失言をしますから」

「ふぁい、気を付けます……」

結局この後、楓は本郷の腕時計と、ついでにハンカチももらった。


「毎日つけてますね、えっと、巽さん」

「はい、ぜひそうしてください」

本郷につけてもらった時計を、楓は楽しそうに眺めていた。

 実はこの腕時計、本郷が高校の入学祝いに父親から贈られたものだ。なのでこの地元ではあまり見ないデザインになっていた。それゆえその腕時計が誰のものなのか、知る人には丸わかりになっている。

 だがそんなことを、楓が知る由もない。

 楓がこの時背中のキスマークの件をすっかり忘れていたのは、本郷の方が上手だったということだろう。

 そして、本郷の嫉妬はこれで収まったわけでもなかった。

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