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石神様の仰ることは  作者: 黒辺あゆみ
第七話 本郷巽の友人

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その8

本郷の父親と一緒に食事をした後、三人で一緒に家に戻った。

「誰かと一緒に家に帰るというのは、いいもんだな」

と本郷の父親が漏らしていた。いつも暗い家に一人で入るのは、とても寂しいらしい。それに本郷が同意していた。本郷も中学までは、誰もいない家に帰る生活だったらしい。

「ぜひ、いつでも遊びに来てくれ」

と笑顔で言われては、楓もつい頷いてしまった。

 その日は電車移動で疲れていたのか、風呂を借りた後すぐに寝てしまった。

 次の日は、東京観光である。

 楓は梓の家に滞在するだけのつもりで家を出たので、それほど多額の現金を持っていない。すると本郷の父親が、東京観光の小遣いを渡してくれた。

「いいんですか!?」

「無理に東京に誘ったのは私だからね。なに、高校生が遊ぶのには適正金額だよ」

とにこやかに笑っていた。どこかで昼食を食べて名所観光できるくらいの金額だとか。東京の相場がわからない楓は、大人しくその好意に甘えることにした。


 東京の街並みを、本郷と手を繋いで歩いていく。

「先輩、思ったほど混雑してないですね」

楓はもっと人が溢れているイメージを持っていたのだが、それほどでもない人通りである。

「テレビのイメージが強いんでしょうね。確かに平日でも常に混雑している場所もありますが、時間と場所を選べば、それほど混雑に引っかかることもないですよ。第一いつでもどこでも混んでいたら、日常生活に支障が出ますし」

「確かに、そうですね」

本郷の説明に、楓は納得した。

 楓は本郷の案内で名所巡りをした。まずは東京タワーとスカイツリーは外せない。登らずとも、前で写真を撮るだけでも十分である。そして楓と同じように地方からの観光客が、本郷とのツーショット写真を撮ってくれた。


 次に浅草の浅草寺にいくと、ここはさすがに人が多かった。はぐれないように本郷にぎゅっとしがみ付いたまま雷門を潜り抜け、無事お参りすることが出来た。

 昼食は楓たちの地元にはないチェーン店に入った。

「ふふ、街中デートって初めてですね」

「外デート自体をあまりしませんしね、僕らは。まあ僕が卒業すれば、そんなことも考えなくともいいんでしょうがね」

食事をしながらそう言う楓に、本郷が苦笑している。本郷と外で堂々と歩けるまで、あと一年半だと思えば、楓は今のデートを満喫しなければならない気がする。

 そして、二人きりだが足りないものもある。

「石神様が一緒だと声が聞こえないのはいいですけど。先輩の副音声が聞こえないのは、寂しいですね」

楓の本音に、本郷が目を細めた。

「おや、僕の下心が聞きたいのですか。だったらいつでも直接囁きますよ」

そう広くないテーブルに、本郷が身を乗り出すようにして、楓の手をとった。

「外デートもいいですが、本当は楓さんと部屋で密着して過ごすデートも、結構好きですよ」

本郷がそう言って楓の指先に口付けた。

「……わたしも、結構好き、かな」

楓も頬を赤らめつつ告白すると、本郷が嬉しそうに笑った。



夜、楓は本郷にアルバムが見たいとおねだりしていた。平井先生に頼まずとも、ここには本郷の写真があるのだから。

「そんなに見たいですか?」

「はい、とっても!」

期待に目をキラキラさせる楓をしばし見つめて、本郷が思案していた。

「じゃあ僕も、楓さんのアルバムが見たいです」

本郷が出した交換条件に、楓はぐっと息をのんだ。

 ――でも、先輩の小さい頃の写真が見たい!

「わかりました、約束です」

愛らしい本郷の子供時代を見るために、楓は自分の恥ずかしさを捨てた。

 こうして、本郷は本棚から大きなアルバムを出してきた。ぱらりと表紙をめくると、産まれたばかりの赤ん坊の本郷が写っていた。

「わぁ、かわいい!」

ページをめくっていくにしたがって、赤ん坊がだんだんと大きくなっていく。楓が目を止めたのは、ちょっと泣き顔で、大きな熊のヌイグルミを抱えている本郷の写真だった。

 ――なにこれ、すっごい可愛い!

 楓が興奮している横で、本郷はこの写真に覚えがないらしい。

「何故泣いているのか、まったく思い出せません」

この写真を携帯電話の中に収めたい気がするが、誰かに見せたいとも思わない。一人で楽しみたい類のものだ。

 ――この写真を脳裏にしっかり焼き付けておこう

 一人真剣に写真を見つめる楓を、本郷が不思議そうに眺めていた。


***


巽が思い出に浸りながら写真を眺めていると、隣でいつの間にか彼女が寝ていた。うつぶせの姿勢で、スースーと気持ちよさそうに寝息を立てている。

「楓さん?」

ちょんと頬を突いても、寝息を返すばかりだ。

「悪戯をしてしまいますよ?」

そう言って頬に口付けても、彼女は「むぅ」と唸っただけでまた寝る。

 巽はアルバムを片付けると、眠る彼女の姿を見て考えた。

 ――今日父さんは仕事で、家に帰らない

 考えたのは一瞬で、巽は眠っている彼女の体勢を整え、その上に布団を掛けた。

「何もしませんから。抱きしめて寝てもいいですか?」

眠る彼女が答えの代わりに、巽に擦り寄って腕を絡めてきた。巽は眼鏡をベッドサイドに置くと、素早く彼女の隣に身体を滑り込ませた。暑い夏の夜、クーラーの効いた室内で彼女の体温を感じることができる。すると、彼女が全身で巽に抱きついてくる。

「これは、肯定の返事と受け止めますよ?」

本郷は彼女の唇に口付け、しばらく幾度もその感触を味わった。抱きついたままの彼女の、その薄いパジャマ越しの感触が巽に染み込むようだ。巽も抱きしめ返すと、彼女は満足そうに笑みを浮かべた。

「おやすみなさい、楓さん」

彼女のやわらかさに包まれて、巽は眠りについた。


***


楓は暑苦しさで目が覚めた。外は夜が明けようとしている時刻である。

 ――暑い、なんで?

 窓を閉めたまま寝たのだろうか。そう考えつつ、楓は布団の冷たい場所を求めて寝返りを打とうとした。だがそれを、暑いなにかが阻止しようと、楓を引き寄せる。楓はさらなる暑さに襲われた。

「暑い……」

「ではクーラーの温度を下げますか?」

「お願いします……」

そう会話した後で、楓はおかしなことに気付く。自分は今誰と会話をしたのだろうか。楓が眠気で閉じそうになる目をちゃんと開いて前を見ると、そこは誰かの胸板だった。正確には、本郷に抱きしめられた体勢で、楓は寝ていた。

「……あれ?」

「楓さん、まだ早いですから寝ていましょう」

本郷が寝起きのかすれ声で、楓を宥めるように抱きなおす。楓は至近距離で本郷の顔を見ることになった。眼鏡をかけていないので、目元がはっきりと見える。


「先輩?」

本郷も眠いのだろう、いつもよりも伏せ目がちな目が、色っぽい雰囲気を演出している。

 ――寝起きが色っぽいとか、なんかずるい

 楓が改めて自分の状態を確認すると、本郷に抱きしめられ、脚まで絡められて、向き合った状態で密着している。道理で暑いはずである。

「楓さんは昨夜、アルバムを見ながら寝てしまったのです。せっかくのチャンスなので、こうして同衾させていただきました」

「あの、せんぱ、その」

ぎゅっと抱きつく力を強める本郷に、楓が身じろぎすると。

「楓さんは、今から運動するほうを御所望で?それならば期待にこたえたいと思いますが」

そう耳元で囁く本郷の両手が、妖しい動きで楓を撫でまわしている。


「や、もうちょっと寝たい、かな」

楓は胸に触れる本郷の手をぺちぺちと叩いた。ここでいう運動とは、たぶん早朝ウォーキングに行くわけではない。楓が素直に答えると、本郷は薄く微笑んで唇に口付けてきた。

「それでは、もう少しだけおやすみなさい」

「はい、先輩おやすみなさい」

暑いことは変わらないが、楓も本郷にぎゅっと抱きついて眠った。

 こうして二度寝をした二人は、朝をだいぶん過ぎた時間に起きたのだった。

 一緒に起きて遅い朝ごはんを食べた後、楓たちは荷物を持って本郷の実家を出た。

「では楓さん、帰りましょうか」

本郷がそう言って、手を差し出した。

 実家から旅立つのに、「帰る」と言った本郷。楓はそれが、とても嬉しかった。

「はい先輩、お家に帰りましょう!」

楓は本郷の手をとり、大きく頷いた。そして軽い足取りで、駅まで歩いていく。

 自分たちが帰るのは、あの場所なのだ。

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