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石神様の仰ることは  作者: 黒辺あゆみ
第一話 石のささやき
5/66

その5

楓はあれから結局、しばらく本郷と並んで帰る羽目になった。なにせ本郷が紙袋を渡さないのだ。徒歩通学である本郷の家が、新井先生のアパートから近かったことが幸いした。楓は本郷の自宅マンションの玄関で、ようやく紙袋を受け取ることに成功した。思いがけず、本郷の家を知ってしまった楓であった。

 こうしていつもよりも時間をかけて帰宅した頃には、空は夕暮れが終わろうとしている時間になっていた。


 楓は家に帰ると、すぐに父親に声をかけた。

「お父さん、これ、お祓いしてもらえる?」

リビングでテレビを見ていた父親の前に、楓は新井先生から預かった紙袋を置いた。

「なんだ、これはどうしたんだ?」

父親が最もな疑問を投げかけてくる。

「学校の女の先生の私物なの。アンティークを集めるのが趣味なんだって。私が神社の娘だから、お祓い頼まれちゃって」

実際は順序が逆なのだが、言わなければ本当のことはわからないだろう。

 本当なら、楓が一人で勝手に石神様のところに持って行ってもいいのだ。しかし、後々新井先生が神社を訪れたときのことを考えて、ちゃんと父親を通すことにしたのだ。

「先生のか、じゃあしてあげなきゃ楓か困るか」

「後で、ちゃんとお礼にくると思うよ」

新井先生はいい加減な人には見えなかったし、石守神社に興味を示していたようである。理由はなんであれ、あの人はおそらくそのうち訪ねてくるだろう。

「じゃあ、夕飯の前にお祓いを済ませるか」

父親が立ち上がったので、楓も急いで着替えに自分の部屋へ行った。


 楓が神殿に行くと、父親はもう準備を整えていた。新井先生の紙袋の中身が、神前に並べられている。

「それじゃあ、やるぞ」

父親の祝詞を聞きながら、楓は神妙に頭をたれる。

『ふむ、これは昨日の味じゃな。こちらは、ちと刺激的で濃いな』

石神様の、そのような感想が聞こえてきた。

 ――そういえば帰り道、石の声が気にならなかったな

 楓は本郷と並んで歩く手前、ヘッドフォンもつけられなかったというのに。


***


「あー、つっかれたー」

玄関から聞こえる声に、巽は自室の机から顔を上げた。部屋から顔を出すと、リビングのソファにだらしなく座る男が一人いる。

「遅かったですね、兄さん」

「おう、ただいま巽」

座っている男――巽の兄がスーツの襟元を緩めながら、こちらを見た。

「夕食はどうしました?」

「ああ。駅前で食ってきた。お前は?」

「スーパーの惣菜ですませました」

巽の料理スキルはゼロに等しい。掃除洗濯は便利な機械があるが、料理はそうはいかない。むしろ危ないから台所に立つなと、常々兄に言われていた。

「あの人のところには、寄ったんですか?」

「あん?帰ってきたメールは入れたけどな。明日でいいだろ」

兄は本当に疲れているようで、そのままソファに寝そべる。その背中に、巽は小声で言う

「具合が悪そうだったと、学校の後輩が言っていましたが」

巽の言葉に、兄はむくりと起き上がった。

「そうなのか?」

「ええ、一年生で、冗談を言う人物には思えません」

巽は実際顔を見て確かめたのだが、それは言わないでおく。

「巽が後輩の話をするのも珍しいな」

「そうですか?」

「まあいい、ちょっと行ってくる」

そのまま、兄は着替えずに出て行った。


 兄を見送った後、せっかくなので、巽は勉強を一時中断して休憩することにした。温かくなってきたとはいえ、夜はまだ冷える。インスタントのコーヒーを入れて、ダイニングに座る。

「変な娘でしたね」

巽は石守という女子生徒について、思い返した。

 彼女は時折、こちらを警戒するような行動を取る。まるで巽が不審者であるかのように。自分のなにが彼女をそうさせているのか、巽にはさっぱりわからない。巽からすれば、彼女の方こそ不審者に見えるのだが。

 今日も、彼女が挙動不審な行動を取っていると思って見張ってみれば、新井先生が集めてるアンティークの品物を、お祓いすべきだと言い出す。これだけ聞けば、霊感商法の類ではないかと疑いたくなるが、彼女は品物を無料で引き取って行ったし、聞けば神社の娘だとか。

「これからも、注意しておきますかね」

どこか浮世離れしているように感じる彼女のことだ。今後もなにかことを起こしそうな気がした。

 ――でも、臭くなかった

 彼女は化粧臭くも、香水臭くもない。しいて言えば石鹸やシャンプー剤、そしてほんの少しの汗の香りがした。

 そんなことが脳裏を過ぎった巽は、そこで己の思考に驚いた。女性の香りに思い耽るなど、自分はなんというふしだらなことをしているのだろう。思考ごと飲み込むように、巽は残りのコーヒーを一気飲みした。

 なんにせよ、明日の校門チェックで、彼女の様子を見るべきであろう。

「また明日ですね」


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