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石神様の仰ることは  作者: 黒辺あゆみ
第七話 本郷巽の友人

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その6

それから楓は、本郷と一緒に夏の休暇を過ごした。

 楓は兄が東京に帰るのに合わせて、帰省する予定である。兄もバイトがあるので、十日ほどしかいないと聞いている。あれから電話で聞いた話だと、兄は楓がいなくなって両親と話をした後、友人の家に出かけたりしているらしい。兄もせっかく地元に帰ってきたのだから、そのまま友人との交流を深めて欲しいものだ。

 本郷も、本来なら用事が済めばすぐに帰る予定だったが、楓に合わせて帰ることにしたらしい。梓の祖母に滞在延長をお願いすると、快く頷いてくれた。

 ちなみに楓は到着の電話をした時点で、梓の家に偶然本郷が滞在していたことを両親に話してある。

「やましいことなどないのですから。オープンにしておきましょう」

と本郷が言ったからだ。電話を本郷にも代わり、本郷が滞在しているのは離れであり、響家の祖母に迷惑をかけるような真似はしない、と両親に誓っていた。


 無事ネックレスの件が解決した翌日、楓は本郷や梓たちと一緒に山の滝に行き、水遊びをした。響家に滞在する時は、いつもこのために水着を持ってくるのだ。本郷も音無から水着を借りていた。

「小さい頃は、よくここで遊んだね」

「うん、楓ちゃん足がつかなくて溺れそうになった」

梓と滝の水の冷たさを満喫していると。

「巽お前、ああいう女が好みか」

「類、見ないように、楓さんが減ります」

男二人は水辺に浸ってそんなやり取りをしていた。

 その他は、近所にある牧場に遊びに行き、乳搾り体験をさせてもらったりもした。ここで、本郷は器用さを発揮していた。初めてとは思えないと、本郷が牧場の人から絶賛されているのを横で見ると、楓はとても不思議な気持ちになった。

「先輩、どうして料理できないんですかね?」

「言わないでください、僕も謎なんです」

本郷と二人でそんな会話をしながら、牧場で作っているというソフトクリームを食べさせてもらった。


 このようにして、普段学校の生徒に会わないようにと外デートをできないぶん、楓はここでの本郷との外出を思いっきり楽しんだ。

 そして夜は本郷が滞在している離れで、ゲームをして遊んだ。楓も本郷もテレビゲームなどを持っていない。だが本郷が音無とシューティングゲームで対戦すると、意外と強かった。

「先輩、強いですね」

「昔から、つき合わされましたから」

その横で、楓は梓と本を読んでいた。これらも音無の物らしい。見た目純文学少年な音無だが、サブカルチャーに強い人のようだ。

 その上音無から約束通り、小さい頃の本郷の話を聞いた。本郷は母親似であるそうで、幼い頃は女の子と間違われる容姿であったという。

 ――写真が見たい!

 楓は今度こっそり、平井先生に頼んでみようと心に決めた。


「そういえば先輩、あれから調子はどうですか?」

夜いつものように離れに行った時、霊石の呪いを消してもらってなにか変化があったのか、楓は尋ねてみた。

「表現が難しいのですが。不安がなくなった気がします」

「不安、ですか?」

本郷の答えに、楓は首を傾げた。

「はい。いままで理由もなく不安を感じることが常でした。不安の原因がわからないため、とにかく不安材料になるものをしらみつぶしに消していったりしてましたね」

「もしかして、それで極端に真面目になったんですかね?」

不安の元になりうるものを、全て消した結果が今の本郷なのかもしれない。

「今にして思えば、そうだったんですかね。それが今はなくなりました。とてもいい気分です」

変化があったのならば、本郷がここまで来た甲斐があったということだ。


『なるほどの』

お守り袋から呟きが聞こえた。

「石神様、なに?」

『心を失うことは、己の存在を徐々に消されるも同然だ。不安は心の防衛反応だろうの』

本郷の不安を、石神様が解説してくれた。楓が今の話を本郷に通訳しようとすると。

「石神様は、なんて言ったんだ」

楓と本郷のやりとりを聞いていたらしい、音無が会話に割り入ってきた。

「楓さん、僕も聞きたいです」

本郷と音無に注目され、楓はドキドキしながら説明した。

「えと、心を失うのは、自分の存在が消えることと同じなんだそうです。だから不安になるんだって」


楓の説明に、音無が難しい顔をした。

「類、だから謝る必要なんて……」

本郷が以前と同じ問答を繰り返そうとした。しかし、

「謝ってもらった方がいいですよ、先輩」

楓は本郷の台詞を遮った。楓がこのようなことをすることはないので、本郷が驚いている。

「あのね、先輩は何度も私に謝ってくれたでしょう?あれと同じことだと思います。音無さんに、ちゃんと謝るチャンスをあげましょうよ」

楓は思いつくままの心情を本郷に語った。目を見張る本郷に、楓は俯いてしまう。

「……ごめんなさい、私偉そうですね」

だがそんな楓の頭を、本郷が強引に上げさせる。

「楓さんの言う通り、必要な儀式かもしれません。だから楓さんは俯かないように」

「……はい」

「楓さん、少し強くなりましたね」

本郷が楓に微笑みかけて抱きしめてくれた。梓や音無がいる前で、楓は少々照れくさい。

「おう、謝るくらいさせろや。巽、子供のしたこととはいえ、辛い思いをさせた。悪かったな」

音無が本郷の正面に正座して、深々と頭を下げた。梓がその様子を、意外なものを見たという表情で観察していた。



そして、明日には帰るとなったころ。

「楓さん、実は相談があるのですが」

夕食後、本郷がそんなことを言ってきた。

「なんですか?」

楓が尋ねると、本郷が困ったような顔をしていた。

「明日、僕と東京に行きませんか?」

「……はい?」

突然のことに目を丸くする楓に、本郷が苦笑する。

「実は父が東京行きの切符を送ってきまして。楓さんをぜひ、東京へ招待したいらしいのです」

先日友人の重森氏に自慢されて、本郷の父親がなおさら楓に会いたくなったのだという。

「交通費はうちの父が持つそうですから。一度ご両親に伺ってもらえませんかね?無理には行かなくてもいいですから」

本郷の言う通り、楓が勝手に決められることではない。


「両親に相談してみます」

すぐに楓が電話で両親に東京行きについて尋ねる。すると、どうせ夏休みなのだから一日二日くらいは構わない、と了承してくれた。その代わり、本郷の父親と話をしたいそうで、本郷が電話番号を教えていた。

「あちらの親御さんに、迷惑をかけないようにね」

と母親に注意された。親同士の話し合いで、楓は東京に二泊することになった。

「東京って、初めて行きます」

「ならば、いろいろ案内しますよ」

こうして、楓の突然の東京行きが決まった。

 その夜楓は、梓らと四人で夜更かしをして遊んだ。

 今までで一番楽しい夏休みであるかもしれない、と楓は思うのだった。

 翌日、楓と本郷は榊に駅まで送ってもらった。見送りに梓と音無もついてきていた。


「楽しかったよ、梓ちゃん」

「楓ちゃん、また来るといい」

楓は梓と握手を交わす。いろいろ変わったところはあるが、楓はこの幼馴染が大好きだった。

『世話になったな』

石神様も、梓に挨拶をする。聞こえなくとも感じるらしく、梓がお守り袋に向かって手を振った。

 本郷も音無となにか話していた。

 電車の時刻になったので、みんなで無人駅のホームに入った。楓と本郷が電車に乗り込むと、見送りに梓たち三人が立っている。

「またね!」

「お世話になりました」

電車の中で手を振って、楓は梓たちと別れた。


 楓が駅舎が遠ざかるのを眺めていると。

「楽しかったですか?」

向かい合わせに座っている本郷が聞いてきた。

「はい、あの、梓ちゃんは大事な、幼馴染ですから」

子供のようにはしゃいだ自覚のある楓は、少し照れるようにして答えた。

「そのようですね。楓さんが無理をしていない様子が、見て取れました」

「そうですか?」

「ええ、隠し事をせずに済むことがどれほど得難いか、僕もわかるつもりですよ」

本郷がそう言って微笑んだ。だが楓から見ると、本郷もとても自然体でいるようだった。

「先輩だって、音無さんと幼馴染でしょう?」

「そうですね。性格は全く違う相手なのですが、不思議と付き合いが続くのです」

確かに、本郷と音無しは性格も言動も間逆に思える。

「そんなものなんですかね」

「自分でも不思議です」

二人で笑いあった。


 それから電車や新幹線を乗り継いで、楓はようやく東京駅に到着した。

「……遠い」

「むしろ自宅から直接来た方が、乗り継ぎが減って楽なのですよ」

梓の家が辺鄙な場所にあるのが、移動が辛い理由なのだ。

 電車に長時間揺られたせいで、楓は少々腰が痛い。楓がそう愚痴ると、本郷が腰を揉んでくれた。

 こうしてふらふらの身体で東京駅に降り立った楓に、声をかける人物がいた。

「……楓?」

聞き覚えのある声に、楓は振り向いた。そして驚きで固まる。

「楓さん、誰ですか?」

固まったままの楓に、本郷が尋ねる。楓は喘ぐようにして答える。

「……兄です」

東京駅で、ばったり兄に会ったのだ。

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