その5
夜は榊がご馳走を作ってくれた。梓の祖母が言うには、石神様を迎える宴であるという。
母屋にある小さなテーブルでは足りないので、本郷と音無が離れから大きいテーブルを運んできた。
石神様をもてなすので、上座に座るのは石神様を身に付けている楓である。その隣に、客である本郷が座る。
「わあ、豪華ですね」
分厚いステーキや冷製スープの他にも、様々なメニューが並んでいた。まるで高級レストランのような食卓に、楓は歓声を上げる。
「ご近所さまに、食材をわけていただきました」
榊がにっこり微笑んだ。どうやら榊の手料理らしい。
――この家で洋食って、食べたことないな
早速箸をつける楓の視界に、榊に料理の感想を一生懸命に喋っている梓の姿が映る。その横で、音無が無言で食べている。本郷は楓が感動するのに、いちいち相槌をうってくれる。それぞれの食事ポリシーがわかる食事風景だ。
『馳走を食す者の念は、また格別だの』
石神様も間接的にご馳走を食べることができて、とても満足そうだ。
夜がふけると、本郷は音無の生活する離れに泊まり、楓は母屋に泊まる。
風呂に入りパジャマに着替えた楓は寝る前に、梓の部屋でおしゃべりをすることになった。
「楓ちゃん、恋人同士ってなにするの?」
梓が突然そんなことを聞いてきた。
――なんだかこの流れ、経験あるよ
楓はぐっと息をのむ。梓は恋人同士の過ごし方に、興味深々であるらしい。のらりくらりとかわそうとしても、梓はごまかされてくれない。結局楓は本郷とのお付き合いを、赤裸々に告白することになってしまった。
「お色気霊気バンバン、楓ちゃんは大人」
感心している梓だが、楓は枕を抱えてじたばたしていた。
――恥ずかしい、恥ずかしいよ私!
他人に話して改めて、自分の行動の大胆さと恥ずかしさを実感する楓であった。
「でもあの本郷さんから、楓ちゃん大好き霊気が出てる。楓ちゃんたちは両想い」
楓から聞き出した話に満足気な梓が、そんなことを言った。
「……うん」
本郷の気持ちは、言葉と態度で推し量るしかない。なので、梓がそう断言してくれて楓はとても嬉しい。
「よかったね、楓ちゃん」
「ありがとう、梓ちゃんこそ、音無さんと仲よさげだよ?」
女子トークを梓にも振ってみた楓だが、ものすごく怖い目付きをされた。
「あ、梓ちゃん?」
「アレはライバル」
低い声で梓が言った。
「ライバル?」
「そう、ライバル」
梓が重々しく頷く。
二人の関係性は、ちょっと難しいものであるようだ。
次の日の朝、音無は梓を連れて山に登っていった。
「霊気が最も澄んだ場所で行うがよい」
という梓の祖母の助言により、山の頂上にある滝で、願抜きとやらをするらしい。ひょっとして滝にうたれたりとかの、修行っぽいことをするのだろうか。想像すると楓はちょっと見てみたい気がした。
ちなみに、梓が同行する理由だが。
「溺れた時の連絡係」
だそうだ。梓自身で救出はしないらしい。
山に入っていく二人の姿を見送ると、楓は本郷とつかの間の二人きりの時間となる。
楓と本郷は母屋の縁側で涼んでいた。
「二人で出かけてもいいんですよ」
と榊は言っていたが、自分のことで山に登ってもらっている本郷が、それに頷けるはずもない。
なのでこうして、二人で団扇片手に縁側に座っているのだ。
音無がネックレスを持っていったので、本郷は落ち着かないのか、そわそわとしている。
「先輩、大丈夫?」
心配する楓に、本郷が苦笑した。
「……実はあまり、大丈夫ではありませんね」
弱音を吐くことのあまりない本郷が、珍しく素直に言った。
「すぐに終わるといいですね」
本郷を元気付けようと、楓がぴたりと本郷にくっついた。すると本郷が体勢を整え、楓を後ろから抱きしめるように座る。そして楓の首筋に鼻先を埋め、深呼吸をしている。
「汗臭くないですか?」
なにしろすだれで日陰になっているとはいえ、開け放たれた縁側に座っているのだ。楓は当然汗をかいている。
「楓さんの汗は、香りますね」
だが本郷はそれに構わず、ぎゅっと力を込める。
「楓さん、しばらくこうさせてください」
本郷が楓に懇願する。
正直、二人でこうしていると、とても暑い。けれども、楓は本郷を跳ね除ける気にはならなかった。楓はお腹に回された手を、軽く叩いた。
「じゃあ先輩、代わりに、その、キスしてくれますか?」
せっかくの二人きりなのだから、楓だって甘えたい。他の住人に見られるかもしれない中での楓の勇気を出したおねだりに、本郷は口付けによって応えてくれた。
二人で団扇で扇ぎ合いつつ、時折口付けを交わす以外、しばらくずっと無言でこうして抱きしめられていた。
そんな二人を邪魔しないためか、榊も梓の祖母も縁側に近付くことをしなかった。
そうして時が経つに任せていると、山の方から人影が見えた。
「先輩ほら、戻ってきたみたいですよ」
楓が声をかけると、本郷は楓の首筋から顔を上げた。
「本当ですね」
音無と梓が、ゆっくりとこちらに歩いてきている。それを認めると、本郷が腕を緩めた。
「楓さん暑かったでしょう。汗でぐっしょりしてますよ」
本郷とくっついていた箇所の服が汗で変色していた。それを確認して、本郷は申し訳なさそうにした。
「服は着替えればいいんですよ。私は服よりも、先輩が大事です」
言ってしまった後で、なにやら大胆なことを言った気がして、楓は照れたように微笑んだ。
「そうですね、僕も服より中身が好きですよ」
「もう、先輩ったら」
微笑んで冗談を返す本郷に、楓は頬を膨らませて見せたものの、すぐに笑ってしまった。
白い着物を着て、全身ずぶ濡れの音無と、朝と変わらぬ格好の梓がこちらにやってきた。やはり滝修行だったのだろうか。
――イケメンは、ずぶ濡れでもイケメンだね
楓は変なことに感心してしまった。
「巽、いいご身分だな、あぁん?」
とてつもなく不機嫌そうに、音無が本郷に声をかけた。腕を緩めたとはいえ、楓はいまだ本郷に抱きしめられた体勢である。慌てて離れようとした楓を、本郷が腕の中に閉じ込めた。
「ネックレスのない不安を、楓さんに補ってもらったまでです」
そして音無の目の前で、楓の頬に口付けた。
――人前だと、照れる……!
羞恥で顔を真っ赤にした楓を、本郷が満足そうに見つめる。
音無が本郷になにか言ってやろうと口を開いた時。
「うまくいかなくて手間取った。音無類はそれが恥ずかしい」
音無の後ろで、梓が音無の心境を解説した。
「あ~ず~さ~」
「いたいたいたいた……!」
梓が拳でこめかみをぐりぐりされている。
――やっぱり、仲良しさんだと思うな
楓は本郷の腕の中から、梓たちの様子を見守っていた。
「ほれ」
梓とのじゃれ合いがひと段落した音無が、本郷にネックレスを放り投げた。
「これでいいはずだ、石神様に確認してもらえよ」
願抜きとやらは終了したらしい。楓の目では、ネックレスの石が以前となにか変わっているのかわからない。
『うむ、奥深くにあった念は消えておる。変わりに新しい念を感じる』
「古い念は消えたけど、新しい念があるそうですが」
楓が石神様の意見を伝える。
「ああ、新しく破邪の術を込めたからな。役に立てろよ」
ひらひらと手を振って、音無は離れに着替えに戻った。
「よかったですね、先輩」
「はい、これで石神様を煩わせることもなくなりました」
二人で縁側に座っていたので、お互い大汗をかいていた。なので本郷も離れに着替えに行き、楓も同じく着替えた。




