その5
武者鎧は石守神社に送られることになった。もう動かないだろうと木崎は言っていたが、念のためのお祓いをすることになったのだ。
「もしかすると、重要な書類の番人をしていたのかねぇ」
木崎が暢気に推測している。
「歴史が古いと、いろいろあるでしょうしね」
大事な書類の保管を任されていた可能性もある。時代劇のように、悪行の証拠とは限らない、と新井先生が重森氏に説明していた。
「まあ大昔のご先祖様の話ですから。今の私にはなんともね」
思いがけない事件に、重森氏は苦笑していた。だが少なくとも、今後の酒の肴にはなると言っていた。なんとも強い人である。
武者鎧が石守神社に運ばれることに、楓がぷるぷると首を振って反対したが、本郷が楓の父親と電話で話をつけてしまった。
――ひどいよ先輩!
涙目でむくれる楓に対して、本郷が一生懸命に機嫌をとってくれたので、それでよしとすることになった。
木崎は帰るらしく、何故かみんなで見送った。確実に帰ったということを、本郷が確かめたかったのかもしれない。
「名残惜しいねぇ。ぜひまたの機会に」
「二度と会いたくないので、そのような機会はありませんよ」
にやりとした笑みの木崎と、冷風吹き荒れる様子の本郷が、玄関前でしばし睨みあっていた。
それからすぐに夕食の時間となった。重森氏が近所の料理屋から料理を取り寄せてくれたらしい。豪華な御膳が目の前に並び、みんなで歓声を上げながら食べた。
「美味しいねぇ」
「盛り付けが綺麗だね」
楓は寧々と感想を言い合いながら食べる。野菜が飾りのように皿に飾られていて、食べるのがもったいない気分になる。
ちなみに重森氏は、
「お前の息子の嫁と食事をしたぞ」
と本郷の父親に写真つきでメールをしたらしい。とても羨ましがられたそうだ。彼ら二人の間では、楓はもうすでに本郷の嫁で決定のようだ。
食事の後は、男女に分かれてお風呂タイムである。楓は橋本姉妹と一緒に入った。
屋敷の広さに比例して、お風呂も広かった。ちょっとした温泉旅館のような風呂場に歓声を上げる。
「手足が広げられ、なおかつ数人同時に入れる湯船が自宅にあるとは、贅沢の極みだな」
莉奈が湯船に身体を沈めると、はーっと息を吐いた。
「広いお風呂っていいねー」
「うん、気持ちいい」
寧々と背中の流し合いをしながら、長風呂をする。幼少の記憶を除けば、こんな風に誰かとお風呂に入るのも、楓は初めてだ。本郷と風呂に入ったことがあるにはあるが、あれは楓の中ではノーカウントだ。
風呂から上がると、楓は最近の日課である柔軟体操をする。
「楓ちゃんて、身体かたいね」
「うう、がんばる」
寧々に背中を押してもらいつつ、楓は懸命に前屈をした。
楓たちが泊まっているのは屋敷の離れであり、部屋は女部屋と男部屋に大人部屋という風に分かれている。とはいえ、女部屋と男部屋の仕切りは障子戸一枚である。なので、
「こちらは男子禁制だ」
と莉奈が障子越しに、本郷に宣言していた。
寧々と枕投げ合戦を行い、莉奈の判定で引き分けに終わったところで、女部屋の消灯に来た新井先生に明かりを消された。
これからが女子トークの始まりだ。
ペットボトルのお茶を飲みながら、持ってきたお菓子を摘む。
「ねー、楓ちゃんと本郷先輩って、二人でいる時どんなことするの?」
純粋な好奇心で尋ねてくる寧々に、楓は言葉を詰まらせる。
「……えーと」
正直に答えるには、少々難がある。
「宿題見てもらったりとか、晩御飯つくったりとか。……ちょっとだけ、触り合いっこしたりとか」
莉奈の「それだけではなかろう」という視線に負けて、最後に少しだけ加えた。
「ほうほう、触りあいっことな」
「ものは言い様だな」
二人の視線が痛い。それもこれも、あんな紳士な顔をしている本郷が悪いのだ。
「やっぱり楓ちゃんのおっぱいが大きくなったのは、先輩が揉んだからか」
お願いだから寧々には、大発見したような顔をしないで欲しい。
「おっぱいって人に揉んでもらうと大きくなるって、本当だったんだね」
「胸の小さな女性には、朗報だ」
「もう許してください、恥ずかしいです」
楓は顔を真っ赤にして、枕に伏せた。
楓の恥ずかしがる姿が見たかっただけらしい二人は、この話はここで終わりにしてくれた。
楓は以前から気になっていたことを、この際に聞いてみた。
「莉奈先輩は、本郷先輩のことを、詳しく知っていたんですか?」
生徒指導室での件で、新井先生が莉奈を追い出さなかったことが、ずっと疑問だったのだ。
「楓は本郷が、事情があって東京から越してきたことを聞いたか?」
「はい、あの、謝罪の時に」
莉奈が質問を返してきたのに、楓は頷いた。寧々はこれに口を挟まない。そんな寧々にもわかるように、莉奈が説明した。
「本郷は東京での生活で、ストレス過多だったようでな。精神的に病んでいると家族が判断し、身内である平井先生を頼ってこの土地に越してきた」
「へぇー。でもうつ病とかいうのも、真面目さんがなりやすいっていうもんね。本郷先輩、超真面目さんだしねー」
莉奈の簡単な説明に、納得したように寧々が頷いていた。
「そう、入学当初も生真面目が過ぎる男でな。私は新井先生の実家の近くに住んでいて、昔から親しかった。なので新井先生経由で、平井先生に頼まれたのだよ。本郷の挙動がおかしければ、すぐに知らせてほしいと」
「そうだったんですね」
楓はようやくあの時のやり取りが理解できた。新井先生は、もしもの時の楓のフォロー要員として、莉奈を残したのだ。先生よりも生徒の方が、楓との接触はたやすい。
「だが一年の時は平井先生が懸念するような事件を、本郷は起こさなかった。しいて言えば、極度の女嫌いがトラブルと言えたな」
「女嫌い?」
寧々が不思議そうな顔をする。橋本姉妹や楓に対して、険悪な態度をとったことがないからだろう。
「とにかく女に対して偏見が強かった。よほど東京で極端な女たちに囲まれていたのだろう。化粧と香水臭いだけの生き物など、近寄りたくもないと言っていたな。幸い私はそれに当てはまらず、近寄っても拒絶されなかったわけだ」
「うーん、東京にも普通の女子っているんだろうけどさぁ。あんだけ美形な人だから、そういう女子をひきつけるんだろうね」
「おそらくはそんなところだろう」
女嫌いという言葉を、楓はなんとなくわかる気がする。一年女子が本郷がクールだと評するのが、おそらく女嫌いの裏返しなのだろう。
「そっかぁ。そんな女嫌いの本郷先輩を、楓ちゃんのおっぱいが解きほぐしたわけだ!」
寧々のにこやかな笑顔での発言に、楓は飲んだお茶を噴出しそうになった。
「ゴホゴホッ、寧々ちゃん、なに?」
「楓、大丈夫か」
咳き込む楓の背中を、莉奈が撫でてくれた。
「えーだって。先輩、楓ちゃんのおっぱいが絶対に大好きだよね?いっつも見てるし」
寧々に断言されてしまった。
「え、そうなの?」
「そうだよ、楓ちゃんを見る先輩の視線って、必ず最初におっぱいにいくもん」
それに気付いていない楓は、本郷に常々気をつけろと言われていた意味が、ようやくわかった気がした。鈍すぎだ、自分。
「まあ、本郷の視線が、必ず楓の胸を確認しているのは、変えようのない真実ではあるな」
莉奈にまで言われた。
「女など基本視界に入れない本郷が、惹かれてやまないのが楓の胸というわけだ。誇ってもいいことだぞ、楓」
本郷が楓の胸を好いていることを、周囲の人間に認識されていた。これって実は、すごく恥ずかしいことではなかろうか。
――先輩のバカ
だが困ったことに楓はそれが、嬉しい気がしなくもないのであった。




