その4
木崎も含めて、全員で蔵の中身を確かめることになった。
電気の明かりなどない蔵の中は、昼間であっても薄暗い。なので昼間でも懐中電灯を持っての作業となる。
木崎がすでにいろいろと漁ったようで、物が散乱していた。その奥に、存在感のあるものが置いてあるのが見える。
「おー、武者鎧だ!」
蔵の奥に鎮座するように仕舞われている武者鎧に、寧々が嬉々とした反応を見せる。
「立派なものですね」
本郷もこういったものは初めて見るのか、懐中電灯に照らされた武者鎧に、目を凝らしている。
「ご先祖様から代々伝わるものだけどね。家に飾っておくには、とても嵩張るんだよ」
重森氏がそう説明した。確かに、床の間に飾ると迫力があるだろうが、楓みたいな怖がりは、まず床の間に入れなくなるに違いない。それに手入れも大変そうだ。
「ううーん、これって夜中に動いたりしないのかな」
寧々がなにやら物騒なことを言っている。楓はそれを想像するだけでも怖いので、心底やめて欲しい。
だがそんな寧々の話に乗ってきた人物がいる。
「ああ、武者鎧の伝説としては定番だねぇ」
「そうでしょ、一度見てみたいよね!」
どうしよう、寧々と木崎の話が盛り上がっている。
「この二人、趣味が似ているようですね」
本郷が二人の様子に、とても嫌そうにしていた。
とにかく、蔵の整理が始まった。物を汚してはいけないので、全員手袋着用である。
とても古い時代の文献や、置物の類がたくさんある。古い家柄だというのは本当のようだ。莉奈が興味深そうに、レポート用紙にメモしている。
「状態がいいですね。文献は展示できそうだ」
「内容は、土地の年貢の納め具合みたいね」
莉奈が手に取っているものを、新井先生が後ろから読んでいる。さすが古典の先生だ。
平井先生は重いものを動かす係だ。郷土歴史研究会のメンバーだけでなく、木崎にも使われている。明日はきっと筋肉痛になるだろう。
そしてそんな中、楓には不幸なことに、小さな石像が見つかってしまった。両手で抱えるくらいの、龍の像である。
「まあ、龍の石像ね。昔雨乞いにでも使ったのかしらね」
新井先生曰く、龍と言えば、昔から水の神様といわれているらしい。
『南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏……』
その水の神様の龍の石像から、念仏が聞こえる。信心深い人が彫ったのかもしれない。
「楓さん、これは?」
本郷に小声で尋ねられる。
「……ひたすらお念仏を唱えてます」
おそらく無害だろうということで、放置することとなった。せっかくなので、どこかの公園の池にでも飾ろうか、と重森氏が話していた。お念仏効果で、悪いことをする人が減るのではないだろうか。
一緒に蔵の捜索をしている木崎も、自分好みなそこそこ珍しいものが見つかったようだ。ご機嫌でいろいろなものを見ていた。木崎は骨董屋としては目がいいらしい。これは本物、これはコピーだと、いろいろなものを振るいにかけていく。
「これでも、鑑定で食べているんだよねぇ」
不審そうな本郷に対して、特に堪える様子もなく、飄々としている。
日差しが傾いてきて、そろそろ終わりにしようか、という時刻。
「あ、お札発見!」
とうとう、寧々が目的の物を見つけてしまった。お札の張られている箱が、本当にあったのだ。
「ああこれこれ。なんだろうね、この箱」
木崎も興味深々で近寄ってくる。
「あの、そんなの、放っておきませんか……?」
楓がささやかな抵抗を試みるも、寧々と木崎は聞こえていなかった。
「諦めろ楓、楽しそうな寧々は止まらん」
莉奈が楓の肩を叩く。
「そんな曰くのありそうなのが、うちの蔵にあったんだなぁ」
重森氏も関心していないで、どうにか止めてほしいと楓が願っていると。
「こういうのは、とりあえず開けてみるといいよぉ」
木崎が箱に手をかける。鍵などがあるわけでもない箱は、あっさりと開いた。
「紙束が入ってるね?」
「なにかの書き付けだねぇ」
書き付けと聞いて、新井先生がそちらに寄っていく。
「うーん。これは状態が悪いわ、読めそうにないわね」
書き付けの紙は変色が激しく、ボロボロだった。一番湿気の多い場所にあったようだ。
「なにか重要な書類を仕舞っておいて、見られないように脅しのために、お札を貼ったのかねぇ」
開けても何も起こらない箱に、木崎が首を傾げる。そういうこけおどし的な使い方が、たまにあるらしい。
「なぁんだ、残念」
寧々には悪いが、楓がホッとしていると、
ガシャリ
蔵の奥から物音がした気がした。重ねていたものが崩れたのだろうか、と楓は奥を懐中電灯で照らす。
「楓さん、どうしました」
「えっと、音がしませんでした?」
楓がそう言うと、本郷も一緒に懐中電灯で照らす。そこにあるのは、武者鎧だ。
「うーん、なんとも……」
本郷が答えると同時に。
ガシャリ
また音がした。今度は気のせいではない。何故ならば、その音の源は武者鎧だからだ。
そう、武者鎧が動いたのだ。
「ひいぃぃ!」
楓の悲鳴に、その場の全員がこちらを向いた。その眼前で、武者鎧はまた一歩を踏み出す。
「で、でたでた……」
楓はその場にぺたりと座り込む。そして手の届くところにある本郷のズボンの裾を、ぐいぐいと引っ張った。
「楓さん、大丈夫ですか!?」
「せんぱ、なにあれなにあれ……!」
這いずるようにして、本郷の脚にしがみ付く。腰が抜けたようで、楓にはそれで精一杯だ。
「うおぉぉ!?」
「寧々、止めないか突撃するのは」
興奮している寧々を、莉奈が羽交い絞めにして引きとめる。新井先生も悲鳴を上げて、平井先生の下へと逃げている。
「楓さん、とりあえず脚を離しましょう。抱えられません」
「むりむりむりぃ!」
本郷が楓に言い聞かせている言葉も、楓の耳に入らない。
一同が混乱の最中にある状況で、一人飄々としている人物がいる。
「ちょっとそこの。責任をとってどうにかしていただきたいですね」
動く武者鎧を観察している木崎を、本郷がギロリと睨んだ。しかしそれに対して、木崎は肩をすくめてみせた。
「無理だねぇ。なにせ見るのと聞くのが専門で、お祓いはできないし」
木崎は実行犯のくせに、あっさりと白旗をあげる。
「無責任にもほどがある!」
ガシャガシャと音をたてて、武者鎧は何故かこちらに近寄ってくる。
「やだやだやだ!」
「おやあ、巫女様の気配に反応したかなぁ」
本郷は暢気な木崎にもう構わず、強引に楓を脚から引き剥がした。
「とにかく、ここから出ましょう」
楓を抱きかかえて本郷が声をかけた時。
『俺のムッチリちゃんが怖がってんじゃねーか!』
本郷の胸元が、目映い光を発した。光の元は、本郷のネックレスの霊石である。
「きゃっ!」
すぐ側での光に、楓は思わず目をぎゅっと閉じる。
「……なんだ?」
霊石の持ち主である本郷自身が一番驚いている中、武者鎧は動きを止めた。そして重力を思い出したかのように、突然その場に崩れ落ちる。
「きゃーー!!」
その音に驚いて、楓は本郷にしがみ付く。目を固く閉じて震えていると、本郷が楓の背中を叩いた。
「楓さん、動かなくなったみたいですよ」
「……ほんとに?」
本郷の呼びかけに、楓は恐る恐る薄目を開ける。確かに蔵の中ほどで、武者鎧は地面に落ちていた。
「もう動かない?」
「さあ、とにかく出ましょうね」
楓が本郷に宥められていると。
「おおぉ!いまのは除霊の光だね!?珍しい、大変珍しいではないかぁ!」
木崎が興奮した面持ちで、本郷を見つめている。本郷は素早く木崎と距離をとる。
「寄らないでください」
「せめて、一目見たいねぇ!」
『寄るな!俺は変態は嫌いだ!』
本郷と木崎がせめぎ会っている間に挟まれた楓は、どうすればいいのか迷う。
結局本郷と木崎を先生たちが宥め、平井先生が木崎の名刺をもらっていた。それで木崎は一応引き下がったようだ。
ようやく楓が蔵から出ると、辺りは夕暮れに染まっていた。
「先輩、なにがどうなったの?」
ようやく本郷の腕の中から降りた楓が、ことの成り行きを聞いた。ほぼ目を閉じていたため、どういう結果になったのか知らないのだ。
「さあ、僕にもさっぱり。ただ、これの送り主に、急遽確認しなければならないことは、確かですね」
本郷が胸元からネックレスを出し、難しい顔で見ていた。




