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石神様の仰ることは  作者: 黒辺あゆみ
第一話 石のささやき
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その4

楓は本郷と並んで歩いていた。

 ――部活動の生徒以外が、帰っている時間でよかった

 彼と二人きりで歩いている姿を見られでもしたら、明日クラスでなんと言われるかわからない。朝ちょっと言葉を交わしただけでも、探りを入れられるのだから。

 新井先生の自宅まで、徒歩で二十分。その間の沈黙が辛かった。かと言って本郷に質問されでもしたら、楓としてはそれはそれで答えに詰まる。だが黙々と歩くのも、精神的にくるものがある。やっぱり帰ろう、と途中で何度考えたことか。

「ここですよ」

本郷が示したのは、オシャレな外観のアパートだった。先ほど本郷が電話をしていたためか、ベランダから新井先生が手を振っていた。


 新井先生の部屋は階段を上がって二階の角部屋であった。

「わざわざごめんね。具合が悪いわけじゃないのよ」

新井先生は、玄関にて笑顔で出迎えてくれた。

「先生、忘れ物です」

本郷が手に持っていたファイルを、新井先生に渡す。

「ありがとう、学校に取りに戻らなきゃと思ったのよ」

あれが届け物であったのか。楓は納得しつつも、本郷の背中に隠れるように立っていた。ここにきて、気後れしてしまったのだ。

 新井先生は、楓を覗き込むようにして見てきた。

「あなたも、一緒に来てくれたのね。ええと……」

「石守です」

「そう、石守さん。ありがとう」

新井先生はお礼として、お茶に招いてくれた。事前に本郷が電話でどういう会話をしていたのかはあまり聞こえなかったが、ここで追い返される展開でなくてなによりである。


 新井先生の部屋は、アンティーク収集が趣味であると言うだけあって、アンティーク雑貨や家具が置いてある、雰囲気のいい部屋であった。

「くつろいで待っていてね」

新井先生がそう言ってお茶を入れてくれているが、楓は正直それどころではない。

『シネシネシネシネ……』

『ニクイニクイニクイニクイ……』

先ほどから、はっきりと声が聞こえてくる。一つは壁際にあるチェストの上から。そこには昨日のブローチが置いてある。もう一つは、閉められているドアの向こうから聞こえてくる。たぶん、そちらは寝室であろう。

 ――うわぁ、すごいよ

 扉越しにも聞こえる声である。あの声の中で寝ているならば、悪い夢だって見るだろう。この中で暮らしているなんて、聞こえないって恐ろしい、と楓はつくづく思う。

 ――あっちにあるのは、なんだろう

 本郷を見るとキッチンのカウンター越しに、なにやら新井先生と会話をしており、こちらを見ていない。楓はにじり寄るように寝室のドアに近付く。ドア越しに耳を寄せると、よりはっきりと声が聞こえる。そのまま、そうっとドアを開け――

「寝室を勝手に覗くのは、関心しませんね」

「ひゃっ」

楓の耳元で声がした。振り向くと、すぐ後ろに本郷がいた。もう会話は終了していたらしい。この距離で気付かないなんて、どれだけ自分は注意力散漫なのだろうか。


「なにをしているのですか」

本郷が楓を見る目が、非常に怖い。まるで不審者を見ているようだ。なにか言い訳をしなくてはと思うものの、楓の口からは一言も出てこなかった。

「こら、本郷くんおどかさないの」

キッチンから、新井先生の声がした。

「そっちは、ただの寝室よ」

怒っている様子ではない新井先生に、楓は少し恐怖が和らいだ。

「えと、寝室も、アンティークなのかな、とか思ったりして」

どもりそうになりつつも、楓は必死に言い訳を考える。どうにかして、寝室の中を見たい。

「まぁ。自慢しちゃっていいのかしら」

新井先生が、若干嬉しそうにこちらに来た。そしてドアを開けてくれる。


「うわぁ……」

いろいろな意味で、楓は声が漏れた。本郷に対する恐怖が飛んでいった。

 寝室はちょっとしたお姫様気分になれる、とても素敵な雰囲気だった。楓としても、ちょっといいな、と思ってしまった。

 その一方で、例の声は強烈だった。

『ニクイニクイニクイニクイ……』

声の発生源は、ベッドのサイドテーブルに置いてある、手の平サイズの石の置物であった。楓はゆっくりと近付いて、その置物を手に取る。ユニコーンを象ったものである。

「あ、それは最近買ったのよ」

楓が見つけたのがうれしいのか、新井先生が近寄ってくる。本郷も興味があるのか、こちらにやってきた。

「ああ、これが……」

「本郷くん」

なにか言いかけた本郷を、新井先生が遮る。しかしそのような二人のやり取りを、楓は聞いていなかった。


「先生、これを、そう、お祓いしましょう」

これらを持ち出すためにずっと考えていた言い訳を、楓は口にした。本郷と新井先生は、唐突な楓の提案に目を丸くしている。

「これは古そうですし、なにか曰くがあったら大変です。うちの神社で無料でしますから。ついでに昨日のブローチも」

途中で言いよどんだりしたら、絶対に心が折れる。楓は考えていた台詞を早口に言った。

「君は、神社の人間なのですか?」

本郷が質問してくる。

「石守神社の娘です」

楓は若干、胸を張り気味に答える。後ろ暗いことは何もないと、アピールせねばならない。だが楓の内心はビクビクものであった。

『そうしていると、よけいに胸でけぇな』

だがそのような緊張感を、あの声が台無しにした。そう言われると、本郷の視線が少しだけ下を向いている気がしてくる。楓は胸を張るのをやめた。

 ――もう嫌だ、この人の副音声

 楓は泣きたくなってきた。


「まあ、石守神社の人なのね!さっき名前を聞いて、そうかもしれないと思ったのよ!」

本郷の視線から楓を救ったのは、新井先生だった。

「古い神社だそうだから、一度伺ったことがあるのよ。桜がとてもキレイだったわ」

「ありがとうございます」

褒められると、やはりうれしいものである。たとえ石神様のせいで楓がこのような体質なのだとしても。

「古いものって、やっぱりそういう心配をするものかしら?今までも、ちょっと気にしたことはあるのよ」

不安そうにする新井先生に、楓はつとめて明るい口調で説明する。

「やっておくと安心です。うちの神社の厄除けお祓いは、定評がありますし」

なんと言っても、石神様が悪い念を食べてしまうのだ。気休めとはわけが違う。

「ああそれで、アンティークを気にしていたのですか」

楓の不審な行動に、本郷の中で理由付けがされたらしい。楓としても無理矢理である自覚があるので、彼が納得してくれるのであればホッとする。

「……ちょっと、強引でした。ごめんなさい」

自分の事情に付き合わせた形になる本郷に、楓は素直に謝った。

「謝ることなんかないわ。以前から、必要かなと考えてはいたの。きっといい機会なのよ」

楓の言葉を誤解した新井先生が慰めてくれた。


 その後ダイニングに戻って、楓は本郷とお茶を飲む。その間に新井先生は、楓が指摘した二つの品物と、ついでに部屋の中の他の物もいくつか、紙袋に詰めていった。

 お茶も頂いたところで、そろそろお暇しようとなり、楓は本郷と並んで玄関に立った。

「昔から、古いものには魂が宿るというものね。お願いするわ石守さん」

「お預かりします」

楓は新井先生の差し出した紙袋を受け取ろうとした。だが一瞬早く、横から本郷が手を出し、紙袋を持った。

「女性に荷物を持たせるわけにはいきません」

本郷に真面目な顔で言われては、楓は受け取ろうと差し出した手を、元通りにしまうしかなくなる。

「さすが、本郷くんは紳士ね」

「それでは、失礼します」

一礼して玄関から去っていく本郷を、楓はあわてて追った。


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